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お着替えリバーシブル

 翌朝、新調してもらった執事服に袖を通しながら、俺は昨日の夜のことを思い出していた。


 俺の胸でむせび泣いていた(みお)お嬢様。しばらくすると泣き止んで「ありがと」と一言つぶやいた後、泣き疲れたのかすぐに眠ってしまった。


 その様子に俺は言葉を掛けることも出来ないまま部屋を後にしたのだが、気になって今もこうして考え続けているのだ。亜希(あき)さんの言葉……『我慢させている』というのが、やはり気になる。


 ネクタイを締めて姿見で全身を確認する。まあ悪くないだろう。見慣れないが、来ているうちに形になってくるはずだ。


 衣装室を出ると、そこには亜希さんが居た。自分が俺を雇った責任者だからと、朝からわざわざ俺の執事服を見に来てくれたのだ。

 ……ちなみに裕子(ゆうこ)さんも居たけど。


「あら、似合ってますね。サイズは問題ありませんか?」


「はい、大丈夫です」


「よかった。何か問題があれば遠慮なさらずにすぐに言ってくださいね。それでは、仕事の説明は裕子、お願いね」


「かしこまりました、お嬢様」


「あ、あの、亜希さん」


「? どうしました?」


 俺を見る亜希さん。勢いで呼び止めてしまったけれど、澪お嬢様に無断で昨日のことを相談してよいものだろうか? そもそも昨日はお姉さんである亜希さんではなく俺を呼んだのだ、亜希さんには心配を掛けたくないのかも知れない。

 

「い、いえ、何でもありません……」


 今はまだ言うべきではない、という考えに至った俺は、どうにかそれだけ言って誤魔化した。まずはお嬢様の様子を窺うところから始めなくては。


「……そうですか。何かあれば、ちゃんと言ってくださいね?」


「はい……」


 俺の様子に何かを感じ取ったのであろう、亜希さんは少し間を置いてからそう言った。亜希さんが歩いていく後ろ姿を見ながら、昨日の一件を隠していることに少し罪悪感を覚えてしまう。


「仕事はちゃんとしてくださいね?」


「へ……?」

 

 隣に立つ裕子さんの言葉に驚く。どうやら俺の不自然さに気付いているようだ。裕子さんには先日の脅し文句によって苦手意識があるが、今はあの雰囲気は無く、ただ俺が仕事を出来るのかどうか案じている様子だった。


「はい」


 頭を無理矢理切り替えて裕子さんを見る。数秒じっと見つめ合っていたが、やがて裕子さんが仕事を教えても良い状態になったと判断したのか、


「……付いてきてください」


 と言って歩き始めた。案外身内には優しいのかも知れないな、という希望的観測を抱きながら、俺は後を追った。


  ※ ※ ※


 裕子さんに付いて歩くこと数分、裕子さんが立ち止まった。俺に向き直り、掌をドアに向けて指し示す。

 澪お嬢様の部屋だ。


「最初のお仕事です。お嬢様を起こして朝食にお連れしてください。洗顔、着替えなどの身支度を済ませることも忘れずに」


「き、着替えって……男の俺で大丈夫なんですか?」


「それも執事の仕事です。こんなところでつまづいていては先が思いやられますよ? それともあれですか? 小さな女の子に欲情する変態なんですか?」


「ち、違いますよ! ただお嬢様が気にするんじゃないかと思っただけです!」


 辛辣な言葉を浴びせて来る裕子さんに狼狽する。前言撤回、やっぱりこの人俺のこと嫌いみたいだ。


「それはお嬢様次第です。お嬢様が嫌だと仰るなら、朝の支度は私が代わりに引き受けましょう。うだうだ言ってないで、まずはやってみて下さい。ゴー」


「わ、分かりましたよ」


 だんだん雑になって来た俺への対応に顔を引きつらせながら、ドアを三回ノックする。ここで二回のノックをしてしまえば「トイレですか?」というお小言を言われそうなので、しっかり三回叩く。

 ノックをして数秒、返事が無い。まだ眠っているのだろうか?

 

「お嬢様、蒼太(そうた)です。入ってもよろしいでしょうか?」


 もう一度ノックをする。またしても返事が無い。ちらりと裕子さんを見ると、「仕方ありません」と言って入室するよう促した。


「失礼します」


 ガチャリとドアを開ける。電気のスイッチを入れると、昨日はよく見えなかった部屋の全体像が照らされた。家具はどれも高そうなものばかりで、部屋がとにかく広い。もうあんまり驚かなくなったのだから、慣れって怖いな。


 静かにベッドに近づいていくと、すやすやと眠るお嬢様が目に入った。昨日のことがまるで夢だったのではないかと錯覚してしまうほど気持ちよさそうに眠っている。


「お嬢様、朝ですよ、起きて下さい」


「むにゃ……」


「お嬢様ー」


「んーみゅ」


 お嬢様は俺の呼びかけでは目を覚まさず、寝返りを打って背中を向けてしまった。その様子に呆れたような声を漏らし、裕子さんが口を開く。


「澪お嬢様は朝に弱いです。まずはカーテンを開けて、お部屋に日光を取り入れるところから始めて下さい」


 なるほど、確かに日光は目覚めに良いと聞く。そんなことも分からないのか? と言いたげな裕子さんの視線を背に受けつつ、俺はカーテンを開けた。


「むー」


 さっきの寝返りでちょうど窓側を向いていたお嬢様は、差し込んできた陽に眩しそうに顔をしかめてもう一度寝返りを打った。


「お嬢様、起きて下さい」

 

 今度は体を揺すりながら呼び掛ける。中々起きないお嬢様であったが、しばらく続けていると観念したのか、眠そうに目をこすりながら体を起こした。


「おはようございます、お嬢様」


「んー……」


 ぽけーっとした顔で空を眺める。ゆっくりと俺の方を向いたお嬢様は、むむっと首を傾げた。


「おはようそうた……。あれ? どうしたの? ゆうこは?」


「おはようございます、澪お嬢様。今日からお嬢様のお世話をするのは私ではなく、この木偶の坊でございます」


「で、でくッ!?」


 涼しい顔で暴言を言ってのける裕子さんは、俺の視線など意に介さずつんとすまし顔で立っている。そこまで言われると少々傷付くものがあるぞ……。


「あ! そうだったわすれてた! そうたが執事だ!」


 ぽんと合点したように手を叩くお嬢様は、「ほっ」っとベッドから降りてスリッパを履いた。トテトテと俺の元まで歩いて来ると、突然バッっと両手を挙げる。


「そうた、お着替え」


 来た、これが一番の問題だ。この様子からして、お嬢様は俺に裸を見られることを全く気にしていない。


 しかしそれで良いものだろうか? いくら幼いとは言え、親でもない俺がここで平気でお嬢様の裸を見るようになってしまっては、男に裸を見られることを何とも思わなくなる可能性があり、教育上よろしくない。執事たるもの、お嬢様にはしっかりと常識を教えて差し上げねば。


 そう考えた俺は、膝をついてお嬢様と同じ目線になってから、ぴんと人差し指を立てた。


「いいですか? お嬢様。 女の子が、男に平気で裸を見せるものではありません。服は自分で着られるようになってください」


「な、あんた……」


「裕子さんは黙っててください。一般人の俺が執事になった以上、最低限の常識はお嬢様に身に着けてもらいます」


 口が悪くなって来た裕子さんを制止し、お嬢様を見る。バンザイをしたまま、ぽかんとした顔で俺を見ていた。

 やはり唐突な話過ぎて付いて来れていないのだろうか、と心配したのだが。


「なかなかきょうみぶかい話ですな!」


 と、またまたどこで覚えたセリフなのか分からない言葉を目をキラキラさせながら言った。


「お着替えできるようになったら、わたしもお姉さんになれる?」


「なれますとも。ひとりで着替えられるようになれば、お嬢様も立派なレディですよ」


「レディ……」


 ぽわんぽわんと聞こえて来そうな様子で、お嬢様が頭上にレディの図を想像している、気がする。数秒後、一通り想像し終わったのかふんすと鼻を鳴らしてぐっと両手を握った。


「がんばる!」


 そう言って、お嬢様はやる気を見せるのであった。


  ※ ※ ※


 まあ最初から上手くいくわけはなく、案の定着替えには手間取ってしまった。結局裕子さんの手も借りながらなんとか服の着方を教えつつ、今日は特訓終了となった。

 

 その後お嬢様を洗面所、食卓にお連れして、お屋敷に着いた家庭教師の方(お嬢様は幼稚園には通っておらず、勉強は家庭教師の方に教えてもらっている)にお嬢様を任せる運びとなった。


 これで朝の仕事は一通り終わった。これから取り掛かるのはお嬢様の部屋の掃除だ。

 そう言えば、お嬢様の様子を見る限り、昨日の夜のような寂しそうな雰囲気は少しも感じられなかった。そのことに安心しつつも、なればこそ昨日の夜のことが余計に気掛かりに感じる。

 

「なにぼうっとしているんですか。早く次の仕事に取り掛かりますよ」


 俺の様子に苛立ちを隠せないようで、裕子さんは棘のある言い方をした。慌てて裕子さんに付いて行くと、そういえばと思い至り、俺はお嬢様について裕子さんに聞いてみることにした。

 

「あの、裕子さん。お嬢様のお世話は、今まで裕子さんがして来たんですよね? その……今までお嬢様の様子がおかしいとか、そんなことはありませんでしたか?」


「おかしい……というのは、どんな風にですか?」


「例えば、寂しそうな顔をする……とか」


 俺のその言葉を聞いて、裕子さんはピタリと足を止めた。


「その言葉、絶対に亜希お嬢様に言ったらだめだから」


「……え?」


 裕子さんは突然俺を脅してきた時の口調になってそう言った。キッっと俺を睨みつけるその様子に尋常じゃないものを感じながら、俺も立ち止まる。


「別にあんたと私しかいないし、もう敬語は使わないわ。それより、さっきの言葉、絶対に亜希お嬢様には言わないで」


「それは……どうしてですか?」


 敬語を使わなくなった途端、急にこの人は実は俺よりも幼いのでは? という考えが湧いて来る。

 しかし、そんなことは関係ない。俺はさっきと変わらない口調で、努めて平常心を意識して、裕子さんに尋ねた。


「亜希お嬢様は、頑張りすぎるから」


「頑張りすぎる……? って、何をですか?」


 そこで、ぐいぐいと質問を投げかける俺に嫌気が差したのか、裕子さんは「もうっ!」と言って腕を組んだ。


「人には人の事情があるの! もうそれはいいから、早く澪お嬢様のお部屋を掃除しに行くわよ!」


 そう言ってすたすたと歩き始める裕子さん。確かに、これ以上無闇に深入りするのは良くないかもな。この問題は、きっと時間を掛けて解決していかなければならない問題なのだろう。自分の中で落としどころを見つけた俺は、裕子さんの後を追った。


 ――それにしても、キャラ変わりすぎじゃないですかね、裕子さん……?

裕子さんのキャラがぶっ飛んでるなーと書いてて自分でも思います。

やはり彼女はただのメイドさんではなさそうですね。

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