表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/16

来客

 月曜日、俺は裕子(ゆうこ)さんと共に屋敷の外、庭のさらに先にある大きな門の前を掃除していた。

 箒で落ち葉を掃きながら、しかし俺の思考の大半はそれ以外に向いている。

 悩みの種は無論、お嬢様についてだ。


 思い切って約束をしたは良いものの、具体的にどうすればお嬢様を目一杯喜ばせることが出来るのかまでは考えていなかった。


 プレゼントは絵本の続編として、それをサンタが持ってきたという(てい)で渡したいのだが、お嬢様の父親を説得して渡してもらうか、自分で渡すか。


 だが、そこまですると出しゃばりとして良く思われない可能性だってある。

 他人の家の事情に首を突っ込むのはかなりハードルが高いのだ。


 そもそも、俺はあくまでも雇われの身であり、この屋敷の主人であるお嬢様方の父親に物申せる立場でもない。


 そのため、どのラインまで行動するのが妥当か、慎重に考えなければならないのだった。


「何か考え事?」


 俺の様子に何かを感じ取ったのか、裕子さんが言った。裕子さんはこちらを一瞥したのみで、掃除する手は止めていない。


「はい……。お嬢様のことで、ちょっと」


「ふうん。私でよければ、相談に乗ってあげるけど」


「え? そ、それは嬉しいですけど……一体どうしたんです? 俺に優しくするなんて」


「人聞きの悪いことを言うわね。それじゃあ普段は優しくないみたいじゃない」


「……」


 真顔で言ってのける裕子さんに俺は閉口した。俺を脅していたような人なんですけど。


 まあ、普段のあの感じで本人的には優しくしているつもりなら、そこまで嫌われていないとポジティブに受け取ることも出来るか。

 相当ポジティブに受け取ったら、だが。


「それで、どうしたの?」


「その……クリスマスを最大限楽しんでもらうには、どうすればいいのかな……と。プレゼントを渡したいとは思っているんですけど」


「なるほどね。……そういうことなら、私でも答えられる悩みだわ」


「ほ、本当ですか?」


「ええ。最も、あんたが欲しい答えではないと思うけど」


「え……?」


 そこまで言うと、裕子さんは掃除する手を止めた。振り返り、真っ直ぐに俺を見る。


「結論から言うわ。プレゼントを渡すのは諦めなさい」


「なっ……諦めろって、どうしてですか!」

「この家にはこの家の事情があるってことよ。悪いことは言わない。ここで働いていたいなら……(みお)お嬢様の執事で居たいなら、余計なことはしない方がいい」


「理由を、理由を教えてください! やっぱり、お嬢様方のお父様に関わることなんですかっ……?」


 お嬢様と既に約束をしてしまった手前、簡単には諦められない。

 俺は持っていた箒を握りしめて、裕子さんに詰め寄った。


 裕子さんはしばらく視線を落としていたが、やがて躊躇う様に俺を見た。


「……私からは話せない。この話はもう終わり、わかったわね」


「そんな……」


 そう言って、裕子さんは集めた落ち葉をちりとりに入れ始めた。

 

 納得できるわけがない。ちゃんとした理由を教えてもらえなければ、引き下がるわけにはいかなかった。


 やはり、亜希さんに直接聞くしか無い。長女である彼女だから話せることもきっとあるはずだ。


 その一方で、でも……とも思う。


 そこまで話を進めてしまえば、きっともう後戻りは出来ない。

 家の事情を知るということはそういうことだ。

 

 知りたければ、覚悟を決めなければならない。

 この先どう転んでも、その現実を受け入れる覚悟を。


「ねえ、そこの執事。ちょっといいかしら?」


「え……?」


 うつむいて考えていると、突然声を掛けられた。

 顔を上げると、そこには腰に手を当て、胸を反った見知らぬ小さな女の子が立っていた。恐らく年齢はお嬢様と同じくらいか。隣には執事服を着た男もいる。


「いやぁ、すみませんね。おいお嬢様、いきなりそんなこと言ったら失礼だろ? ほら、頭下げて」


 男は申し訳ないというように頭に手をやりながら、無理矢理女の子にも頭を下げさせた。

 その手を嫌がるように身をよじって男から距離を取ると、女の子は憤慨したように頬を膨らませる。


「子ども扱いするなぁ! だいたい、いっつもきーちは穂波(ほなみ)のこと馬鹿にして……!」


「はいはい、それが子供だって言ってるんだよ」


「にゃ、にゃにおう!」


 むきーっと怒りを露わにしながら、女の子がぽかぽかと執事を叩き始めた。執事は女の子の額に手を当ててそれ以上近づけないようにしている。

 

広幡(ひろはた)様と増住(ますずみ)様ですね。お話は伺っております。どうぞこちらへ」


 いつの間にかごみの回収を終えていた裕子さんはそう言って門を開けた。

 女の子は相変わらず憮然とした表情だったが、仕方ないという様に屋敷の庭に足を踏み入れた。「どうも~」と軽い謝意の言葉を口にしつつ、執事もそれに続く。


「裕子さん、あの方たちは?」


「お客様よ。ほら、あんたも来て」


 裕子さんは塀に立て掛けてあった箒を持つと、二人を追ってすたすたと歩き始めてしまった。

 

 何が何だか分からないが、ここは従うしかなさそうだ。

 そう思った俺は、裕子さんの後を追った。

今回は短めです。

蒼太と澪の関係性とは違う二人ですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ