凸凹コンビの方が良かったりする
お嬢様と共に一回の玄関前ホールが見下ろせる位置まで来ると、丁度休日出勤のメイドさんがドアを開けているところだった。
中に入って来た人物は二人。執事服を着た男と、如何にもお嬢様学校に通っていそうな優美な制服に身を包んだ高校生くらいの少女だ。
「おかえり、れーかちゃん!」
お嬢様がそう言ってホールに着くと、少女がこちらを見てぱあっと顔を明るくした。両手を広げて駆け寄って来る。
「澪っ! ただいまー!」
ハグを交わす二人。その様子からとても仲の良い姉妹であることは容易に想像できた。
れーかちゃん。つまり、この人が三姉妹の次女である、玲花お嬢様その人なのであろう。
「元気にしてた?」
「うん! そうたがいっしょに水族館に行ってくれたんだよ?」
「そうた……?」
お嬢様が視線を俺に向けると、玲花さんも俺を見上げた。ぱちぱちと瞬きを数回した後、勢いよく立ち上がる。
「こ、この人がそうたさん……?」
「そうだよ」
「ちなみに、澪の執事だったりする?」
「うん」
「……」
絶句する玲花さん。やがてだらりと力なくうつむいた。
「あ、あの……?」
不自然な様子に思わず声を掛ける。すると、玲花さんは顔を上げて笑顔を浮かべた。
「初めまして、そうたさん。澪の姉の玲花です。妹がお世話になっているみたいで、感謝いたします」
「こ、これはご丁寧にありがとうございます。こちらこそ初めまして、澪お嬢様の執事の杉原蒼太と申します」
「それで?」
「はい?」
意味が分からずに聞き返してしまう。玲花さんは相変わらず笑顔のままだ。
「格闘技か何かの経験者ですか?」
「え……?」
どういうことだ? 格闘技の経験者かどうか? それは一体何を意図した質問だ?
俺が呆気に取られていると、玲花さんが無言の催促をして来たのでとりあえず正直に答えることにする。
「いえ。高校の授業で剣道を習った程度です」
「……へえ」
「それがどうかひっ!」
いきなり目の前に竹刀を突き付けられる。剣先をピタリと俺の鼻先に固定したまま、玲花さんは真っ直ぐ俺を見た。
「それならこのお仕事には向きませんよ。こんな風にいつ襲われるか分かりませんから」
「な、なにをっ……」
どうやら玲花さんは、俺が澪お嬢様の執事であることを快く思っていないようだ。つまりはお嬢様を守る腕っぷしが無ければ認められないということか。
そこで、玲花さんの執事と思われる男が呆れたように首を振りながら、緊張感のある雰囲気を壊すように、ふざけるような声音で割って入って来た。
「ま~たお嬢の悪い癖が出てますよ。素直に言えば良いのに。澪お嬢様を取られたくないって」
「なっ……そんなことないわよ! 私はただ澪に相応しいかどうか確かめたいだけでっ……」
「はいはい、ツンデレは皆そう言うんですよ。まあ、私はそんなお嬢が大好きなんですけどねーふふふー」
「ちょっ! やめなさい!」
すり寄ってくる執事(ちょっと怪しくなってきたが)を玲花さんが竹刀でバシッと叩くと、男は不気味にも、笑いながら仁王立ちをしていた。
「はははは! お忘れですか、お嬢? 私にはこの程度の痛み、むしろご褒美になっているということを!」
「くっ! この変態!」
ガードするように体に腕を回して玲花さんが男を睨む。それをまたご褒美だと男は喜ぶ。
一体何を見せられているんだ。
「あの人いっつもへんなの」
「そ、そうなんですか……」
お嬢様が変なものを見るような目で言った。いつもということは、これがこの二人の平常運転と言うことなのだろうか……? 何故そんな人物に執事を任せているのか分からないが、この二人の関係は相当変わっている。
「はあ……もういいわ」
男に何も通じないためか、呆れたように肩を落とした玲花さんは俺に向き直った。
「どうしてあなたが澪の執事になったのか知りませんけど、澪を守れない人を執事と認めることは出来ません。だから……」
ビシッと俺を指差して、玲花さんは試すような眼差しになる。
「私と勝負してください。剣道で」
「なっ……!」
剣道で勝負する。つまり、玲花さんの得意分野で勝負を仕掛けられている。
誰が見たって明白だ。俺に勝機なんて無いことは。
「そ、そんなの、負けるに決まってるじゃないですか! 玲花さんは全国レベルの実力者なんでしょ!?」
「ええ、そうです。でも、襲ってくる相手が腕に自信が無い訳ないでしょう? これくらいの試練を乗り越えられないならば、澪の執事をする資格はありません」
「そんな……」
俺が言葉を無くしていると、お嬢様が俺と玲花さんの間に立った。俺の手を握りながら、玲花さんの方を向く。
「れーかちゃん、そうたは良い人だよ? わたしを助けてくれたの。だから、執事のけいやくをしたの」
「澪は黙ってて。もしそうだったとしても、今後この人に澪を任せられるかお姉ちゃんが確かめないと」
「むー!」
ぷくりと頬を膨らませるお嬢様を気にすることなく、玲花さんは話を続ける。
「選択肢は二つです。私と勝負をするか、尻尾を巻いて逃げるか。最も、逃げた場合は問答無用で執事を辞めてもらうことになりますけれど」
「くっ……」
もはや選択の余地は無い。執事を辞めれば俺は無職となり、現在の住居でもあるこの屋敷から追い出されてしまうだろう。そして始まるのは地獄の就職活動だ。
もうあんな思いはしたくない。それに何より、たった数日だけど、俺はお嬢様の執事で居たいと思うようになっている。
しかし、剣道で勝てる可能性なんて限りなくゼロに近いことは自明。俺は一体どうすれば……。
「もっといい方法がありますよ」
俺が決めあぐねていると、後ろから亜希さんの声が聞こえた。振り返ると、ホールまで降りて来ているところだった。
「お姉さま!」
「おかえりなさい、玲花。ダメじゃない、杉原さんに無茶を言うなんて」
「で、ですが!」
「ちゃんと護衛の人が付いていることはあなたも知っているでしょう?」
「そ、それは……」
亜希さんの言葉に、玲花さんは言葉を濁した。その会話の中で、スルー出来ない単語が出てきたことを俺は見逃さない。
「護衛って……何のことですか?」
俺が聞くと、亜希さんはバツの悪そうな顔で頬に手を当てた。
「ごめんなさい、本当は隠しておきたかったんですけれど。実は、澪が外出する際には護衛の人を付けるようにしているんです。昨日は野島さんに遠くから見守ってもらっていました」
「そ、そうだったんですか!? 全く気づきませんでした……」
「すみません……。お出かけに水を差すようなことはしたくなかったので、隠れるようにお願いしていたんです」
確かに、野島さんに見られていることを意識してしまうと変に気を張ってしまう可能性もあった。知らない方がリラックスが出来るということを思ってのことであったのだろう。
でも、考えてもみれば護衛が付くのは当たり前のことだ。こんな大きな屋敷に住んでいるのだから、お嬢様がさらわれる可能性は十分にある。護衛なしでの外出は危険すぎるだろう。
お嬢様を見ると、当の本人は「ごえい……?」と首を傾げていた。どうやら護衛の意味までは分かっていないようであった。
まあ、知らない方が良いこともあるよな。
「それでお姉さま、もっといい方法って何ですか?」
憮然とした態度で玲花さんが言葉を投げかけた。すると亜希さんは、少女のように目を爛爛とさせながら口を開いた。
「『格ゲー』をしましょう!」
「か、かく……?」
「ええ、格闘ゲームです!」
予想外の言葉だった。まさか亜希さんの口から『格ゲー』なんていう俗っぽ過ぎるワードが出て来るとは。
玲花さんも意外だったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「せっかくのお休みなんですから、みんなで遊びましょう! ね、裕子?」
「そうですね。亜希お嬢様は私以外の人と対戦したくてうずうずしているので、皆様どうかお願いします」
「ゆ、裕子っ!」
赤面しながら亜希さんは裕子さんを見た。
なるほど、亜希さんは普段から格ゲーを楽しんでいるのか。それで色んな人と対戦したくなったと。
人は見かけによらないと言うが、園芸にゲームと、どうも亜希さんは庶民的な趣味を持っているらしい。一般人の俺からすれば、親近感が湧く。
澄まし顔の裕子さんから眼を離すと、亜希さんはひとつ咳ばらいをした。
「こほん。そういう訳ですから、玲花、どうしても勝負をしたいなら格ゲーでしなさい。もちろん、勝ったら杉原さんが執事を辞めるなんて条件は飲めないけれど」
亜希さんの言葉にしばらく釈然としない様子だった玲花さんだったが、少しして、小さなため息とともに口を開いた。
「……分かりました。執事を辞めてもらうことは諦めます」
その言葉に、俺は心底ほっとした。しかし、「ですが」と玲花さんが言葉を続けたので再び背筋が伸びる。
「……私が勝ったら澪との関係性は改めてもらいます。……その、あんまりくっついて欲しくないので……」
「……へ?」
後半はごにょごにょと小声で付け足された。その様子に玲花さんの執事がニマニマと笑っている。
「やっぱり寂しいんですね?」
「ち、違うわよ!」
執事の言葉を否定しつつ、玲花さんはつんと顔を背けた。しかしその横顔はほんのりと赤みがかっている。
俺は確信する。そして喉まで出かかった言葉を何とか引っ込めた。
玲花さん。それツンデレって言うんですよ。
剣道の展開にすることも考えましたが、バトル展開になりすぎな気がしたので格ゲーに落ち着きました。
格ゲーって、指に豆出来ますよね。……そんなことないです?