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「無能はいらない」とギルド追放された唐揚げマスター、手から無限に唐揚げを出してSSS級ダンジョンをアゲアゲで成り上がる。今更戻ってこいと言われてももう遅い

「アゲル・ジックリート君、悪いんだけど、君にはパーティを抜けてもらいたいんだ」


ポコポコポコポコ……と、アゲルが右の掌から鶏の唐揚げを出していたときのことだった。


喫茶店の店長がドン引きの表情で見ているにも関わらず。

他の客がひそひそと何かを囁き合ってるのにも関わらず。

止まることのなかったアゲルの唐揚げが――その言葉に、止まった。


今――なんと言った?

アゲル・ジックリートはしばし絶句し、SSS級ギルド『トリプルX』のギルドマスター、マルティンの顔を凝視した。


「ど、どうして――?!」

「う、うん……どうか落ち着いて聞いてほしいんだよね」


マルティンは何かをすごく言いにくそうにしている。

何かをすごく言いにくそうにして、アイスコーヒーのグラスを一口飲んだ。


飲み終わると、マルティンは幾分さっぱりとした表情で話を切り出した。


「うん、ぶっちゃけね、君のスキル《暴虐なる肉塊(アゲアゲマスター)》は今度のクエストには向かないと思うんだ」

「お、俺の手から唐揚げが出るスキルがですか!?」

「うん、向かないな。むしろ向いてると何故思うんかな」


マルティンは身を乗り出し、切々と語った。


「いや、君のギルドに対する貢献は僕だけでなくギルドの全員がわかっているつもりだ。君は優しいし頑張り屋だし、細かいところにもよく気もついてくれる。戦闘以外ならとても頼りになる。人の話は全然聞かないけど」

「じゃ、じゃあ何故追放されるんです!? 俺の手から唐揚げが出てくるスキルじゃギルドに貢献出来ないっていうんですか!?」

「落ち着いて聞いてくれよ、追放じゃない。ただ今回に限ってパーティを抜けてほしいの、わかる? 君の手から唐揚げが出るスキルは面白いし小腹が減った時には頼りになる。でもね、それどう考えたって冒険者向けスキルじゃないだろ? みんなで必死になってモンスターと戦ってる時に、君はちょっと離れたところで唐揚げを掌からポコポコ出してるだけじゃないか。しかも全部地面に落として勿体ない」

「塩味も出せるのに!」

「味の問題じゃないんだ。むしろ醤油味でも胡椒味でもいいんだよ。とにかくパーティを抜けてほしいんだ」


アゲルは絶望的な気分でマルティンを見た。


「お、俺は、貧民街の孤児(みなしご)だった……それをあんたたちに拾われてから五年、恩返しのつもりで必死になってこのスキルを磨いてきたんですよ!? それなのに――!」

「いや磨くところがおかしいと思わなかったかい? むしろ貧民街から成り上がって一財成せたよその能力。なんで何年も貧民街にいたの? なんか活かしなよ」

「つまり俺の鶏の唐揚げはお払い箱ってことですか!? 白身魚の唐揚げがいいと?! 竜田揚げが出せない限り認めないと!?」

「いや白身魚の唐揚げでも竜田揚げでも同じだよ。とにかくね、僕ら『トリプルX』は今度SS級ダンジョンの五十階層に挑むことになったんだ。これはかなり危険なクエストになる。君は連れていけないんだよ」


アゲルの目にうっすらと涙が浮かんだ。

ダメだ、泣いたらますます惨めな気持ちになってしまう。

わかっているのに――意志とは関係なく涙が出た。


「そんな……俺、この五年間で血の滲むような努力をしてきたんですよ? 俺、左手からレモン汁が出せるようにまでなったのに、それなのに……!」

「いやだからなんでそんな唐揚げ中心のスキル伸ばそうとすんの? 剣とか魔法とか訓練してよ。仮にも冒険者でしょうよ君」

「な、なら、ほら! 見てくださいよ俺のステータス! 五年の間にちゃんと成長してるはずだ!」


アゲルは自分のステータスを開いてマルティンに見せた。


「アゲル・ジックリート

Lv.39

HP:320

AP:120

DP:138

MP:120

ボリューム感:5203

オイリー感:6339

風味・香り:4211

ジューシー感:7219

衣のサクサク感:5568

B級グルメ感:9999

コク:7794

キレ:7984

のどごし:8597

泡立ち:6277

カロリー:800(100gあたり)


総合評価:A-」


「うんだから……これ唐揚げのステータスでしょ? しかも後半ビールになってるし。何よ唐揚げの泡立ちって」

「これでみんなを影で支えてたのに……! 俺が無能だって言うんですか?! B級グルメ感なんかカンストしてるんですよ!?」

「いやいやちょっと待ってちょっと待って。話通じてる? もっぺん言うけどこれ唐揚げのステータスでしょ? 余談だけどよく見たらめちゃくちゃカロリー高いじゃんこの唐揚げ。大丈夫かな今まで食べた分。病気になるよこれ。おかずじゃなくてもう一食分じゃんこのカロリー量」

「ということは、俺がギルドの疫病神だと言うんですね!?」

「いやちゃんと話を」

「毎日みんなに食わせてる唐揚げが毒物だってことですか!? だからギルドを追放するって……! お、お願いです、ギルド追放だけは勘弁してください! なんとかヘルシーな唐揚げ出せるように頑張りますから……!」

「話聞けよオラァァァァァァ!!」


バァン! とマルティンはテーブルを叩いた。

アイスコーヒーのグラスが倒れ、アイスコーヒーがテーブルの上にぶちまけられる。


「いいか!? 今度のクエストはめちゃくちゃ危険なの! わかる!? だから唐揚げポコポコじゃ勝てないの! 死んじゃうの君は! だからいっぺんパーティ抜けろって言ってんだよ! こっちだって申し訳なく思ってるよ突然のことだもの! でも仕方ないじゃん君全然人の話聞かないんだから! 唐揚げは! もう! いいの! 鶏からもフグの唐揚げも軟骨揚げも! いらないの! 終わり!!」


大声で捲し立てた後、マルティンは肩で息をした。


パリン! 中身が殻になったアイスコーヒーのグラスが床に落ちて割れた。


同時にアゲルは、頭の中の『信頼』の二文字が粉々に砕け散る音を聞いた。


本当の仲間――今まで自分はそう信じていた。

血で血を洗う高難易度ダンジョンに挑むときも、アゲルはアゲルなりに死ぬ思いで唐揚げを出していたのだ。

休日だって、誰かが腹が減っているという声を聞けば惜しげもなく唐揚げを出してやった。しかもレモンまでたっぷり掛けた。

マヨネーズは出せなかったので、どんなダンジョンにもマヨネーズは必ず持参した。

近所の飢えた野良猫には惜しげもなく唐揚げを出してやった。

そのおかげでアゲルの自宅は猫屋敷という街の有名スポットになった。

後で町内会の人が来て野良猫に餌付けすんなと殴る蹴るの暴行を受けた。

クリスマスには右手の痛みも我慢して、パーティ用のフライドチキンまで出してやった。


なのに――。

それなのに――。


『掌から唐揚げを出すだけのスキル? ウチのギルドに無能は要らねぇ』などと言われたっぽいことになってしまうなんて――。


「うう……! うわああああああああああん!」


アゲルは堪らず駆け出した。

「あ、ちょ! アゲル君! どこいくの!? コーヒーまだ来てないよ!」と呼び止めるマルティンの声も無視して。


拭っても拭っても、涙は止めどなく溢れた。

右手から唐揚げがも止めどなく溢れた。



「ちくしょう……! 俺は無能なんかじゃねぇ、俺には唐揚げがあるんだ……!」


呪詛のように呟きながら、アゲルはダンジョンを駆けていた。


難易度SSS級ダンジョン《ゴッサム》である。


難易度SSS級ダンジョンとは、SSS級の装備とSSS級の魔法を装備し、これまたSSS級の装備とSSS級の魔法を装備したSSS級の冒険者を仲間にしたSSS級の冒険者がSSSっごく頑張ってやっと踏破できるという、高難易度の超危険ダンジョンである。


「ちくしょう、マルティンの奴、俺を無能だとバカにしやがって……!」


もう許さない。

絶対許さない。

唐揚げをバカにした奴らを心から許さない。

ついでにギルドの奴らも全員許さない。

いやむしろ人類全員許さない。

このSSS級ダンジョン《ゴッサム》を一人で踏破して名声を高めてやる。

雲の上まで高めてやる。

そして成り上がってやる。

ビッグになってやる。

必ずグッピーになってやる。

ひとりで成り上がって『トリプルX』の名声を地に落としてやる。

「お願いだ、戻ってきてくれ!」と土下座されてももう戻るもんか。

ざまぁしてやる。

もう遅いとせせら笑ってやる。

靴の裏舐めさせてやる。

犬のウンコ食わせてやる。

キンタマを縮こまらさせてやる。

風呂に入った時にキンタマの皮をゆっくりと手で伸ばさせてやる。


そんな呪詛を吐きながら、アゲルはダンジョンを駆け下りた。

無論のこと素手である。

唐揚げは右手から出るのだ。

剣を握らなければ敵は倒せない。

剣を握ったままでは唐揚げが出せない。

だから素手だ。

俺はこの右腕一本で成り上がってやるのだ。


と、そのとき。

シャアアア! という鋭い嘶きとともに、丸太のような身体をずるり、と引きずって、巨大な影が現れた。


「ユルルングル――!」


早速のお出ましか、とアゲルは口元に笑みを浮かべた。

ユルルングルとはこのダンジョンに住まうSSS級のモンスターだ。

当然、そこらのダンジョンに住むチョロ蛇とは比較にならないほど強力な魔物だ。


ユルルングルは鎌首を持ち上げ、真っ赤な口腔をくわっと広げた。

来る――! アゲルは右手を前に突き出し、掌をユルルングルに向けた。


「チョロ蛇野郎! 五年鍛えた俺の唐揚げを喰らえ! 《斬戯(ザンギ)》!!」


シュパッ! という音とともに右手から放たれた茶色の礫。

ガッツリと胡椒が効いた大型の唐揚げ――《斬戯(ザンギ)》。

600℃の低温の油でじっくりと時間を掛けて揚げた自信作だ。

唐揚げはほこほこと湯気をあげ、亜音速の疾さでユルルングルに殺到する。

これが直撃すれば、並みの魔物などは跡形もなく――!


消し飛ばなかった。


ポコン、とユルルングルの鱗に当たって、唐揚げが4つ、ダンジョンの床に落ちた。


「へ?」


アゲルが呆気にとられた瞬間だった。

鬼の速度で動いたユルルングルの尻尾が鞭のようにしなり、アゲルの顔面を直撃した。

スッッ、パァァァァン! という、実に気持ちのいい衝撃が顔面を突き抜ける。


「あぽプ――!」


間抜けな声とともに、アゲルは信じられないほど吹き飛ばされた。

おそらく10mは飛んだだろう。


ズベァ! という、聞いたことのない音と共に、アベルは床に着地した。


しばらく、視界に火花が散った。

たった一発で三半規管がバグり、どこか上でどこが下やら全く判別がつかない。

仰向けに転がり、松明の灯りに照らされたダンジョンの昏い天井を見つめながら、アゲルは悟った。



えっなにこれ。

俺めっちゃ弱くね?



そう悟ったが、もう遅い。

たったの一撃でアゲルのHPは『2』とかになっていた。

もう戦うどころかまともに立ち上がれやしないだろう。



これにてゲームオーバー――実に呆気なかった。



そう思うと、急に何もかもバカバカしくなってきた。


そうだ――そうだった。

如何に唐揚げと言えど、要するに小麦粉つけた鶏肉じゃないか。

如何に高温の油で揚げていようともたかだか800℃程度じゃないか。

弁当では『私メインのおかずですけど?』みたいにドヤ顔してごぼうサラダの横に転がってる、調子ブッこいた肉塊じゃないか。

唐揚げ1万個と金貨1万枚あったら100人が100人、金貨1万枚の方を選ぶじゃないか。

唐揚げ定食とカレーだったら7割ぐらいはカレー食べるだろう。

ラーメンと唐揚げ定食だったらもう確実に勝ち目はない。

こんな――こんな無価値な肉塊、ダンジョンではなんの役にも立つはずがなかったんだ――!


ユルルングルがズルズルと巨体を引きずってアゲルの目の前にやってきた。

どうあってもアゲルを食べたいらしい。

絶望感に包まれたアゲルの身体は、もはや指一本すら動かせなかった。


さぁ、喰ってくれ。

この惨めな生を終わらせてくれ。

マルティン――アンタが正しかった。

俺はどうしようもない無能だった。

もし誰か俺の死体を見つけることがあったら、俺の墓標にはこう刻んでくれ。


《唐揚げを盲信した男、パーティを追放された男、哀れなる無能、ここに眠る》と――。


ユルルングルが大きく口腔を開けた、その時だった。


シュ――という、空を切り裂く音共に、一陣の風が吹き抜けた。

なんだろう……と薄目を開けた途端、ユルルングルの鎌首が切断され、凄まじい勢いで鮮血が吹き出した。


思わず目を剥いたアゲルに、「あなた、無事?」という鈴を転がす声が聞こえてきた。


「き、君は――!?」

「私はSSSSS級冒険者のリーゼロッテ・ツンツンよ。あなた、こんなところで何をしてるの?」

「えっ、SSSSS級冒険者!?」


アゲルは驚愕に目を見開いた。

SSSSS級冒険者――それは王国内にも数える程度しかいない冒険者の中の冒険者だ。

その事実だけでも驚いたというのに――目の前の少女は美しかった。

透けるような白い肌に輝くブロンドの髪、そして冷たく光る剣の刃。

まるで御伽の世界から飛び出してきたかのような容姿の端麗さだ。


「お、俺はアゲル・ジックリート。一人でこの《ゴッサム》を攻略しようと――」

「一人で? あなた死にたいの? こんな危険ダンジョンで丸腰だなんて……あっ、べっ、別にあなたのことを心配してあげてるわけじゃないんだからねっ!」


リーゼロッテは突然赤面して刺々しい声を出した。

リーゼロッテは忙しい女であった。


「いや、丸腰なのには理由があるんだ。実は俺、《暴虐なる肉塊(アゲアゲマスター)》っていう、手から唐揚げを無限に出せるスキルを持ってて……」

「カラアゲ?」


リーゼロッテはきょとんとした表情を浮かべた。


「カラアゲって何?」

「えっ」

「えっ」

「唐揚げ……知らないの?」

「え、知らない……何それ怖ッ。べっ、別にあんたのために知らないわけじゃないんだからねっ!」

「じゃ、じゃあ見てて……ほら」


ポコッ、と唐揚げを手から出すと、リーゼロッテが驚きの表情を浮かべた。


「な、なによこの茶色い塊は?」

「食べてみるかい?」

「えっ? 食べ物なの、コレが?!」

「遠慮せずに……ほら」


アゲルは床に落ちた唐揚げを拾い上げ、フッフッと埃を払ってリーゼロッテの掌に乗せた。

リーゼロッテは意を決したようにそれを口に運ぶ。

途端に、リーゼロッテの顔が輝いた。


「美味しい……」


リーゼロッテは、ほう、と桃色の吐息を吐きながら言った。


「この芳醇な赤ワインの旨味……」

「いや入ってない」

「新鮮な野菜の甘み……」

「いや入ってない」

「爽やかな柚子の香り……」

「いや一滴も入ってない」


この娘――唐揚げを知らないんだ。そしてめちゃくちゃ味音痴だ。

アゲルは憐憫の思いとともにリーゼロッテを見た。

ふとリーゼロッテの手を盗み見る。

如何にも冒険者のそれというような、少女には似つかわしくない、生傷だらけの手。

きっと――彼女の人生は忙しすぎて、唐揚げに触れる機会などなかったに違いない。


「俺は――このスキルを磨いたんだ。このスキルでこのダンジョンを攻略しようと――」

「ちょ、ちょっと待ってよ! これ凄く美味しいけどあなたの言ってる意味はわからないわ。……べっ、別に私でよければ聞いてあげないこともないんだからねっ!」


アゲルは話した。

ダンジョンの壁に背を預けながら。

パーティを追放されたこと。

唐揚げを出すスキルをバカにされた事。

それがあまりにも悔しくて、後先考えずにダンジョンにやってきたこと。

そして――ユルルングルにぶっ飛ばされたこと。

自分が唐揚げしか出せない、とんでもない無能だったこと――。


長い長い話が終わった。


「……へへっ、そういうことだよ。情けないよなぁ、俺」


アゲルはダンジョンに都合よく存在する水たまりに唐揚げを放った。

ぽちゃん、と音がして、水面に波紋が広がった。


「――そんなに自分を卑下しちゃダメよ。あなたは、こんなに美味しいものを創り出せるんだから」


えっ? と、アゲルはリーゼロッテを見た。

リーゼロッテは抱えた膝に顔を埋めた。


「私、貧民街の孤児だったの。それから単独(ソロ)でダンジョンに潜り込んで、お金を稼ぐために――食べていくために必死に剣の技を磨いた。そうする以外に生きていく方法を知らなかったから――」


俺と同じだ――アゲルは驚きの表情でリーゼロッテを見た。

自分の居場所がなくなってしまうことへの恐怖感。

自分を見てくれるものがいないことへの孤独感。

その生い立ちは、得てして孤児だったものすべての人生に暗い影を落とすものだ。


「でも、SSSSS級冒険者になっても、私は満たされなかった。どんなに沢山のお金を稼いでも、どんなに名声を得ても、どんなにいい女を抱いても、私の心はいつも穴の空いた袋みたいに空虚だった」


リーゼロッテはツンツンしたりデレデレしたり、忙しい女であった。

そしてなおかつ、突然こういう脆い女の一面を見せる女だった。


リーゼロッテは都合よくダンジョンの天井に空いた穴から空を見上げた。

高い高い青空には穏やかに雲が漂っている。


「でも、今あなたの唐揚げを食べたら、なんだか幸せな気持ちになった。こんな気持ち久しぶり――ううん、冒険者になって初めてだった。世の中にはこんなに美味しいもんがあるんだって、心の底から嬉しくなった。よく考えたら私、私のためだけに作られたご飯なんて、今まで食べたことがなかったんだ――」


はっ、と、アゲルはリーゼロッテを見た。

そうだ。彼女が望んでいたのは、カネや名声ではなかった。

自分ひとりのために作られた食事。

自分だけを見てくれる存在。

彼女が欲しかったのは――仲間だったのだ。


「そう思ったら、今まで何してたんだろう、って思ったの。あんなに必死に剣を振るって、陽の光を忘れて地下に籠もって――なんだか急に自分の人生が惨めに思えて疲れちゃった」


あはは……と力なく笑って、リーゼロッテはぼんやりと青空を見つめた。


その表情があまりにも寂しそうで、アゲルはつい言ってしまっていた。


「なぁ、リーゼロッテ。もしよければ――俺とギルドを組まないか?」


えっ、とリーゼロッテはアゲルを見た。

何を言い出すんだ、と自分の発言に慌てながら、アゲルは「あ、いや……ほ、ほら!」と取り繕う声を出した。


「きっ、君、俺の唐揚げを気に入ってくれただろう? 俺、唐揚げしか出せない無能だけど、きっと君の役には立つと思うんだ! それに一緒にギルドを組めば、俺はいつでも君に美味しい唐揚げを食べさせることができる! ど、どうかな……!?」


なんだこれ、これじゃあプロポーズじゃないか。

思わず知らず赤面する顔で返答を待つ。


やがて、リーゼロッテが呆れたような笑みを浮かべた。


「なるほど、唐揚げひとつでSSSSS級冒険者を釣ろうってのね」

「い、いや、別にそんなつもりじゃ――!」

「いいわ。入ったげる。その代わり、給料(カラアゲ)は保証してもらうわよ」


えっ? 今度はアゲルが驚く番だった。

いいの? と重ねて尋ねると、リーゼロッテはそこではっと急に赤面した。


「あっ、でも! べっ、別にあなたのためにギルドに入ってあげるわけじゃないんだからね? 勘違いしないでよね! あなたの唐揚げが食べたいから入ってあげるの! 勘違いしたら殺すわよ!」

「や、やった! ありがとう!」


アゲルは思わずリーゼロッテの両手を取って、ぶんぶんと上下に振った。


後に伝説となるSSSSS級ギルド、《アゲアゲダンジョンA》はこうして誕生した。



《ザンギ5個。コショウ強めで》

「へいまいど! こちらでお召し上がりですか?」

《いえ、テイクオフで》

《ねぇママ、今日のごはんは唐揚げ? 私唐揚げ大好き!》

《こ、こら……あっち行ってなさい!》

「あはは、かわいいお嬢ちゃんだな。唐揚げひとつオマケしておきますね!」

《あ、あらそう? ありがとうね》

「なぁにいいんですよ。――ザンギ6個、テイクオフ!」


 そう言うと、揚げたての唐揚げが6個、シュン、という音とともに消失した。


亜空間転移(テイクオフ)》――それはこの1年、アゲルが新たに獲得したスキルだった。

まるで空へ飛び立つように亜空間を疾走した唐揚げは、注文者の自宅の皿の上に転移する。

通信魔法一本で揚げ立ての唐揚げが届くということで、今大人気のサービスだった。


「リーゼロッテ、新しくパック出して。注文が山積みなんだよ」


そう言うと、エプロン姿でパタパタと走り回っていたリーゼロッテが口をとがらせた。


「ちょっと、今日は昼前から一体何件注文受ける気よ? これじゃ夕食前に全部ハケちゃうわよ?」

「あはは、それならまた何個でも出してやるよ。心配すんなって」


SSS級ダンジョン《ゴッサム》の1階層に開かれたSSSSS級ギルド《アゲアゲダンジョンA》の名声は、今や王国中で知らぬものはいないほどだった。


王国最強クラスの孤高の冒険者・リーゼロッテがギルドを立ち上げたらしい――その噂が王国中に広まるのに一週間とはかからなかった。

そしてその噂が広まるのと同時に、すぐにアゲルの下には大量の唐揚げの注文が舞い込むようになった。


あの《ダンジョンの白薔薇》を籠絡した唐揚げを食べてみたい。

SSSS級冒険者《ダンジョンの白百合》が惚れ込んだ味は如何なるものなのか。

今で誰にも靡かなかった《ダンジョンの白雪姫》が唐揚げ屋を始めたらしいぞ――。


随分一定しないリーゼロッテの二つ名と共に、新進気鋭の唐揚げギルドである《アゲアゲダンジョンA》の名声は瞬く間に高まった。

中には、この唐揚げを食べてクエストをすると儲かる、この唐揚げを食べるとスキルが上昇する、なんて流言飛語まで飛び出す始末。

今や《アゲアゲダンジョンA》の名前は遠く王都にまで響き渡り、連日寝る間もないほどの注文が殺到しているのであった。


「……ふう、昼前の注文はこれで全部ね」


リーゼロッテが汗を拭いながら言う。そろそろ昼だった。


「おう、ご苦労。ここらで昼飯にしようか」


言いつつ、アゲルはポコポコポコポコ……と右手から唐揚げを出した。

味はリーゼロッテが大好きな、ガツンと胡椒が効いた、パンチのあるタイプだ。

まな板の上に出した唐揚げを切り分けてライスの上に載せ、その上に左手でマヨネーズと甘酢タレをかける。刻みネギと胡麻を散らせば、賄いの完成だった。


「ほら、リーゼロッテの大好物の唐揚げ丼だ!」

「わぁ! 私唐揚げ丼大好き!」


リーゼロッテが子供のようにはしゃいだ。

いただきますもそこそこに、リーゼロッテは猛然と唐揚げ丼をかき込み、ほう、と恍惚の表情を浮かべた。


「うーん! このデミグラスソースの甘酸っぱさと深み! 三つ葉の爽やかな香りがアボカドのまったり感と絶妙にマッチするわね!」

「うん、今リーゼロッテが言った食材、一個も入ってないよ」

「これはまさに唐揚げ界のボナペティね!」

「なんの『まさに』なのか意味がわからないよ」


この一年、スキルの方も随分上達した。

念願だったマヨネーズも左手から出せるようになった。

品質が安定しなかった竜田揚げや油淋鶏も、今や満足のいく品質のものが出せるようになっていた。


二人はしばらく、がつがつと唐揚げ丼をかき込んだ。


半分ほど食べたところで、リーゼロッテがしみじみと言った。


「そう言えば、そろそろこのギルドを立ち上げて一年ね。本当に、いろんな事があったわ――」

「あぁ、そうだね。このギルドの創設資金を稼ぐのは本当に骨が折れた――」

「そうそう、流石にティアマット三体撃破はしんどかったわね」

「それそれ。アバラ骨五本折ったよね。しばらく咳するのもつらかった」

「歯を二本差し歯にして」

「内臓も破裂したし」

「でも、生きててよかったわ。こんな美味しいものが毎日食べられるなんて、ソロの冒険者時代は考えたこともなかった――ねぇアゲル」


急に、リーゼロッテが改まった声を出し、ん? とアゲルはライスをかき込みながら顔を上げた。


「本当に、あなたには感謝してるわ。ありがとう、私の仲間になってくれて」


ふっ――と、リーゼロッテが溢れるような笑顔を浮かべた。

滅多にデレないリーゼロッテのデレだった。


全く用意のないところに直撃した破壊力の高い一撃に、アゲルの血圧が急上昇する。

途端に、ろくに咀嚼していない唐揚げが食道に滑り込み、アゲルは盛大にむせた。

どんどん、と胸を叩き、慌てて水で唐揚げを流し込むと、リーゼロッテは不満そうに言った。


「何よ? 今の私、むせるぐらいに気持ち悪かった?」

「あ、いや! 違う違う全然違うよ! ただ俺は――!」


その笑顔が余りにも可愛かったから。


そう言おうとして、アゲルははっと口を噤んだ。


「ただ俺は――何?」

「い、いや……」


バカ、何言おうとしてるんだ俺は。

リーゼロッテは単なるギルドの相棒じゃないか。

決してそんな感情を覚えるべき相手じゃないだろう?

だいたい、単なる唐揚げギルドのギルドマスターとSSSSS級冒険者じゃ全く釣り合わない。

いやでも、それは別に変なことでも不自然なことでもないんじゃないだろうか。

仮に俺たちがそういう関係になったとしても、別にそれは不自然なことでは――。


「おおっ! 久しぶりじゃないかアゲル君!」


不意に――聞き覚えのある声が背後に発して、アゲルははっとカウンターを見た。


「ま、マルティン――」

「やぁ久しぶり、一年ぶりかな! どうだ、随分楽しくやってるらしいね!」


アゲルの古巣、《トリプルX》のギルドマスター、マルティンであった。

誰? と視線で訊ねてくるリーゼロッテを無視して、アゲルは努めて冷静な声で言った。


「――えぇ、おかげさまで楽しくやってますよ。今日はどういったご用件で?」

「いや、久しぶりに君の唐揚げが食べたくなったんでね! 僕にもひとつ分けてくれ」

「それはつまり――《トリプルX》に戻ってきてくれということですよね?」


アゲルは冷たく言い放った。


「いやいや違う違う違う全然違う。ちゃんと話聞いてくれよ。久しぶりに君の塩唐揚げが食べたくなったんだよ。唐揚げおくれよ」

「あんなふうに俺を追い出しておいて今更、ですか?」

「何かとんでもない記憶の改竄起こってるぞ君。だいたい君が勝手に飛び出して――あぁ、もういいよ、追い出したってことでもういいよ。それでいいそれでいい。相変わらずなんで僕の話だけそんな聞いてくれないの? 僕そんなに頼りない? 何か直して欲しいところあったら言ってよ」


あぁ――なるほど。

アゲルはマルティンが置かれた背景を察して、何度か頷いた。


「つまり《アゲアゲダンジョンA》の名声が高まるにつれて、《トリプルX》の名声は地に墜ちたと――ハッキリ言ってそういう理解でいいですか?」

「いやいやそんな事実全くないないしそういう理解は絶対ダメ。だいたいなんでそうなるの? まだ《トリプルX》はSSS級冒険者ギルドだし君は飲食系ギルドじゃん。一個もカスってないよ。全く競合しないから。永遠にすることないから競合」

「つまり……SSSSS級になったからって、たかが飲食系ギルドが調子に乗るなと、わざわざそう言いにきたってことですか?」

「いやそんなことは」

「惨めですね……はっきり言いましょう。俺はもう《トリプルX》には戻るつもりはない。こんなしがない飲食系ギルドでも楽しくやらせてもらってるんでね。金輪際、俺を無能だと追い出したギルドに関わることは一切ない。まぁ、アンタがお詫びに犬のウンコでも食べるってんなら考えないこともないですけど……」

「いい加減にしろよオラァァァァァァ!!」


この言い草には、普段は温厚なマルティンですら激高した。

マルティンは半ば半泣きの声で怒鳴った。


「なんで!? なんでそういう風に邪悪な方向へ、イーヴィルな方向に僕を持ってこうとするの!? なんかすげぇ嫌な奴になってるじゃん僕! 五年も一緒の仲間やってきたのに君の中の僕像はなんでそんなに嫌なやつなんだよ! 唐揚げ買いに来ただけなのになんで犬のウンコ食えとか言われなきゃなんないの!? 何の用意もないところに一体どんな人間の尊厳の踏みにじられ方するんだよ僕は!」


ひとしきりわぁわぁ喚いてから、マルティンは急に何もかも観念したように地面にへたり込んだ。


「頼むよ、唐揚げを売ってくれ! ギルドのみんなに買ってくるって言っちゃったんだよ! 沢山はいらない、塩唐揚げを5パックでいいんだ……! もう僕、これ以上君の邪悪な僕像についてけない……君と会話してると心がバラバラになって死にたくなるんだよ……唐揚げを……売ってくれ……頼む、この通りだ……!」


絶対そんなことをする筋合いではないのに、マルティンが地面に手をついて頭を下げた。

ほいほいと、マルティンは声を上げて泣いた。


たった数分で変わり果てたマルティンを、アゲルは深い哀れみの目で見下ろした。


だが――捨てられた恨みと怒りに凝り固まったアゲルは、どうしてもその懇願を受け入れることができなかった。


いいだろう、唐揚げはくれてやる。

だが、この右手から地面に落ちる唐揚げを惨めに拾って持ち帰るがいい。

それなら許してやる――。


そう思って、アゲルが右手を出した瞬間だった。


「アゲル」


スッ――と、リーゼロッテの手がアゲルの右手を止めた。


「アゲル、ね? 彼に唐揚げを売ってあげましょう?」

「リーゼロッテ、悪いけど俺は」

「あなたの右手はそんなことをする手じゃない。人々を、私を幸せにする右手――そうでしょう?」


優しいその一言と共に、リーゼロッテが愛おしくアゲルの右手に触れ、両手で包み込んだ。


冷たいけれど、温かい手。

まだ癒えていない、生傷だらけの手だった。


ね? というように微笑みを浮かべたリーゼロッテに、アゲルは心の中の氷が一瞬にして溶け出すのを感じた。


それはあっという間に心から溢れ、アゲルの目から雫となって落ちた


「リーゼロッテ――俺は、俺は――」


涙は後から後から溢れ出た。

捨てられた怒り。

放された悲しみ。

凍てつくアゲルの心を癒やしたもの――それは。


リーゼロッテは、呆れたような、安心したような笑顔で言った。


「なにも言わなくてもいいわ、何も言わなくていい。――さぁさぁ、あなたも立って! 唐揚げを美味しいと思う心に、過去のことは関係ないわ!」


そう言うと、涙と泥で汚れたマルティンの顔がパッと輝いた。


「じゃ、じゃあ――!」

「あぁ、塩唐揚げ、持って帰ってくれ! 腕によりをかけてひねり出させてもらうよマルティン!」

「やった! 凄く紆余曲折あったけどやった! ありがとうアゲル君!」


過去の怨念もわだかまりも乗り越えて。

二人の男と一人の女の笑い声が、広いダンジョンを揺るがして響き渡る。



その声は、かけがえのない仲間同士の、止むことのない幸せの笑い声だった。


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[良い点] 唐揚げ食いてぇ [気になる点] マルティンおつ [一言] 難聴系主人公の極み
[気になる点] ”どんなにいい女を抱いても” …リーゼロッテですよね?
[一言] マルティン胃薬必要そうだな
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