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前回までのあらすじ
『勇者の母』になるべく異世界に召喚された双子の咲と幸。
混乱の中、宰相のヨハンシュトラウスに事情の説明を受け、『勇者の父』候補となるはずの予言に記された同じ日に生まれた五人の王子に会ってみることになったのだが。
「第一王子と第二王子は双子だって言ってたわよね」
私たちと同じなの?と聞くのに首を縦に振る。
「そうです、同じ母君から生まれましたから」
母は正妃で陛下の従姉妹に当たられるセフィエル公爵家の方ですと言われるが、それがどのくらい偉い人なのかすごい人なのかピンとこない。
「じゃあ二人は似てるの?」
「似てる・・・といえばそうですし、違うと言えば違います」
「何それ?」
一卵性じゃないの?と聞くと「イチランセイ?」と返ってきたので、そういう科学的なことは分からないんだなと察する。
「そもそも第一王子は金の髪金の目で、第二王子は黒髪灰目ですし」
それだけでも印象が大きく変わって見えますと言うのに、幸は首を傾げる。
「そういえばこの世界の方は皆様、色とりどりの髪色をしていらっしゃいますね」
自分たちの世界では自然色では金、茶、黒、白。それ以外は作られた色だ。どれほど綺麗に染めてもなんとなく分かる。しかしこの世界の者たちは根元からきちんと同じ色で、自然に感じられた。
「水色とか紫とかピンクとか、不思議な色も沢山あって」
「おや、そちらの世界にはそんな髪の者はおられないのですか?」
こちらでは属性で髪の色が決まりますからとさらっと言われるのに鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。
「属性で髪色が決まるって、何?」
そもそも属性って何なの?何の属性?と眉根を寄せる。
「属性は属性ですよ。魔法属性と言いましょうか、この世界には動物にも植物にも人にも、生きている全てのモノに属性があるんです」
木、火、土、金、水———その五種の属性に大別される。
「木は緑色、金は黄から金色、水は水から青色、火は赤色、土は白色。特性がある属性の色が混ざって髪や目の色になります」
そうか、だからあんなに極彩色の髪があったわけかと得心する。
「普通は一属性、多くて二属性しか適性がないものなんですが、稀に全ての属性に適性がある場合には全ての色が混ざり合い、黒から灰色の髪になります」
宰相が唐突に振り返り、二人の髪と目をじっと見つめる。
「ユキ様は明るい茶色だから火と木と土の三属性でしょうか?アキ様は、黒だから木金水火の四属性でしょうか?」
高い資質をお持ちなんですねと言われるが、正直よく分からない。だって今まで属性なんてなかったし、まして魔法なんて使ったこともない。属性ルールは生まれ持ったものだと言うが、自分たちの世界の自分たちの国では黒髪が標準だから、当て嵌まらない気がしてならない。
「黒や灰色の髪の方は極端に少ないんですよ。この城の中でも第二王子だけです」
「へぇぇ。じゃあ第二王子はすごいのね」
「ええ、魔法ではすごい才能をお持ちです・・・が」
口ごもり、一つ重い息を吐く。
「何かあるの?」
「・・・第二王子はその・・・すごく、めんどくさがりでして」
すごい才能を秘めているはずなのに、使おうとしないと重く零す。
「許されるの?そんなこと」
「逆に王子だから、と言いますか・・・」
「甘いわねぇ」
吐き捨てるような息をつくとごもっともですと小さく返る。
「第一王子も何度もキツく説教なさっていたのですが、聞く耳をお持ちになっていただけず」
「そう。じゃあ逆に第一王子はまともなのね」
「まとも・・・?まとも、ですか・・・」
呟き俯いてしまい、咲の頬が引き攣る。
「第一王子もおかしいの?」
「おかしく、などと恐れ多い。第一王子は立派な王子ですよ」
自分に厳しく、他人にも厳しい方ですのでと棒読み感に不安しかない。
「カタブツってこと?」
「いえ、そうではありませんが。いうなれば、とても王族らしい、王子らしい方ですよ。ただ・・・故に、今回の事にはちょっと思うところがあるようでして」
私の口からは申し上げにくいのですがと濁す。ぶっちゃけ嫌な予感しかしない。
「とりあえずお会いになって下さい」
それが一番早いと小さく呟いて、宰相は立派な部屋の扉をノックした。
「失礼致します。モノリス様、ジークフリード様。異界からお越しになったお二人をお連れしました」
「ご苦労だった、ヨハン」
ソファーにふんぞり返り、宰相を呼び捨てにする金の髪の男に目を見開く。そこには正に「王子」と言うに相応しい造形が長い脚を組んで座っていた。金の少し巻いた髪に光を弾く金の瞳、整いすぎた貌に乗せた笑みに目を奪われる。これこそ物語の、いやゲームやアニメの世界から出てきたような完璧な王子様だ。
「私はモノリス・ファス・アルガイア。このアルガイアの国の第一王子だ」
王子の自己紹介で今いるこの国が『アルガイア』という名なのだと知る。
「そなたらが異世界から召喚された者らか?」
妹に小突かれて咲はハッとして、軽く頭を下げる。
「渡辺 咲です」
「妹の渡辺 幸です。異世界『日本』から参りました」
映画で見た公爵とか伯爵とかそんな人たちはドレスをふわりと広げてお辞儀をしていたけれど、どんな挨拶が正しいのかなんて分からないので日本古来のお辞儀に留める。だが、その挨拶に第一王子は目を瞬かせた。
「変わった挨拶だな。それに名前も変わっている。苗字が先に来るのだな」
名前はサキとユキか?と尋ねられる。いきなりの呼び捨てに思うところがなくもなかったが、相手は王子だしと割り切る。
「・・・やはり、二人なのだな」
「左様にございます」
「どちらが勇者の母になるかは?」
「分からぬようです」
そうかと小さく吐いて、第一王子は唐突に横を向く。
「ジーク、いつまで寝ている!お前も挨拶をしろ!」
突然、大きな声を出されて肩が跳ねる。第一王子の隣のソファーに丸まっていた黒い物体がのろりと動いた。
「・・・ジークフリード。よろしく」
聞こえるか聞こえないかの声でそんなことを呟くとまた丸まろうとするのを第一王子に阻まれる。
「それだけか?ちゃんと挨拶をしろ!」
引っ張られてのそと顔を上げる。そこにはこれまた息を呑むような美貌があった。双子という話だったが第一王子とは似ていても少し違う、匂い立つような妖しい色香の美貌だ。
「趣味は寝ること、好きなことは寝ること、特技はどこでも寝れること、それから・・・」
ぼそぼそと紡ぐ。ぶっちゃけその情報要らないのではないだろうか?
「挨拶をしろと言ったのだ。そんなことは話さなくていい」
もういいと強くため息を吐くと、第二王子はまたソファーの上に丸まった。あの美貌とこの奇行がアンバランス過ぎる。
「さて、挨拶も終わったところで、早速本題に入る」
第一王子は一つ小さな咳を払う。
「私はそなたらを正妃にすることはできない。既に正妃に相応しい身分の令嬢を婚約者に定めている」
言葉が耳を通過していく。
「更に側妃も一人決まっているので、そなたらは側妃の二番目と三番目になる。だが、特に不自由のないように取り計らうことを約束しよう」
それで良いな?と言われるのに頭の中を大量の?が流れていく。頭が理解を拒んでいる。錆びたように頭が回らない。
何が良いって?良いかどうかって聞いてるの?
そりゃあもちろん・・・
「良いワケないでしょぉがぁああああ!!!」
腹の底から出た声に自分もびっくりしたが周りはもっとビックリしたようだ。にもかかわらず第二王子は安らかな寝息を立てている。
「異界の者とは言え女性が大きな声を出すのは感心せんな」
「アンタのせいでしょうが!アンタの!」
だから女性が大きな声を出すのは云々ともう一度言われるが、そんなのどうでもいいのと一蹴する。
「なによ、側妃って!しかも第二とか第三とか!」
「不満か?しかし世の中には順列や順番というものがあってだな・・・」
「そんな話じゃないわよ!なんで私たちがアンタと結婚するって決まってんのよ?!」
肩を震わせて叫ぶのに第一王子はきょとんとした顔をする。
「私は第一王子だぞ。そなたらのどちらかが勇者の母になるのであろう?」
ならば私以外の誰がいるのだ?と真顔で言うのに軽い眩暈を覚える。
「モノリス様、前にも言いましたでしょう?異界の女性たちは五人の王子のいずれかと結婚し勇者様を授かるのです。貴方様とは限りませんよ」
宰相がため息交じりに言うのに、王子は不快気味に眉を跳ね上げる。
「しかし私は第一王子だ。王位を継ぐのは私なのだから」
「今まではそうでしたが、今回に限ってはまだそうとは決まっておりません。陛下も仰っておられたでしょう?」
『異界の女性に選ばれ、勇者の父となったものが王位を継ぐと』