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交通事故を機に異世界に『勇者の母』として召喚された双子は宰相という肩書のヨハンシュトラウスに『子供を産んで下さい』とストレートに告げられ、驚愕する。
「どぉぉぉいうことよぉぉおおおおお!!」
「お、落ち着いてっ、咲ちゃん」
「こぉれが、落ち着いていられるかぁああああ!!!」
暴れる一歩手前の咲と、諫める幸。元凶の男は呆れたような息をつく。
「そんなに騒がれることもありますまいに」
子供が産めない歳でもありますまいにと言うのに、怒りが沸く。
「私はまだ18よ!子供なんて・・・っ」
もちろん元の世界では18歳はまだ子供だ。そろそろ法律が変わって18歳から大人になるらしいが、それでも今はまだ子供だ。結婚も出産もできるけれど子供だ。
「18、ですか・・・それはまた・・・」
思ったより随分と年上なのですねとの言葉に怒髪天を突く。
「年って・・・っ」
「この世界では15歳で成人。その前後で結婚し、20歳までに出産するのが普通です」
「は?!」
目が点になる。異世界の常識は自分たちの常識とは違っているだろうと薄々分かっていたはずなのだが、実際耳にすると衝撃を与える。
「18歳なら問題ありませんね」
にっこりと笑われるが、そこじゃない、問題は。
「そうじゃないわ!なんで私がアンタなんかと・・・っ」
「違いますよ。私とではありません」
さすがにこんなおじさんとでは失礼でしょう?と言う。この宰相と名乗る男、見た目は30代半ばといったところか。18歳からすればおじさんでもいいのかもしれないが、自分たちの世界でも30代なんてむしろ婚活真っただ中なのだから警戒するに決まっている。
言葉に、安堵に近い感情が走るが、いや待て何も解決していない。
「じゃあ誰となのよ?そもそも・・・」
「咲ちゃん、ちょっと黙ってて」
食ってかかろうとした姉を制したのは後ろに控えていた幸だ。
「あの・・・すみません。最初から順番に話していただけませんか?」
このまま姉の怒りのままに断片的な話を聞いても仕方がないと思ったのだろう。小さな声で、けれどはっきり幸は言った。
「そちらから聞いてくださるのはありがたいです。実は・・・」
彼の語り始めたことに驚きは振り切れて、頭が追いつけなかった。
話は場所を変えて行われた。確かに、アウェーの地であんなに大勢に囲まれていてはどんな話も落ち着いて聞けと言うのが無理な話だ。
別の部屋で椅子やテーブル、飲み物もお菓子も用意される。リラックスの為だろうが、とても口をつける気にならない。例え喉が渇いていても、口にできない。
警戒心の塊の咲と少し怯えたような幸を交互に見て、宰相は口を開く。
「まず、この世界には所謂『魔族』とその王『魔王』が居ます」
貴女様方の世界にも居たかどうかは分かりませんがと言うのに「いるわけないでしょ!」と反射で返すと、幸に諫められる。
「魔族と私達人間は対立しております。ずっと、ずっと昔から。最近は大きな戦争こそないものの、今も小競り合いが続いております」
「まるっきりゲームかお話の世界ね」
「げぇむ?」
思わず漏れた言葉に首を傾げる宰相に「お気になさらずどうぞ」と幸が先を促す。
「大きな戦争は長く起こらなかったのですが、緊張は常に高まっており、いつかは来るとそんな不安に国中が怯えていました。そんな折、今から約20年前、ある聖人が神のお告げを聞いたと、王に陳情しました」
曰く、
『この国の王子と異界から来た女性との間に生まれた子が勇者になるだろう』
「・・・まさか、そんな予言を信じて・・・?」
声には呆れたような、信じられないという風な調子が見て取れた。
「勿論、私たちも最初は信じていませんでした。しかしその者は別の予言も残しました」
宰相はゆっくりと息を吸う。
「勇者の父となる可能性の王子は五人。その王子は全て同じ日に生まれると」
「?!」
驚きが衝撃のレベルで襲い掛かる。一人や二人ならまだしも、五人なんてそんな・・・
「まさか、それ・・・」
「ええ、本当に『そうなった』んですよ」
子供が生まれる時期なんて計画してできるものではない。まして世継ぎとなる王子だ。誰もが一刻も早く生みたい、生まれて欲しいと願うもの。意図的に調節するなんて不可能。
「上の二人の王子の母君は一緒ですが、下の三人の王子はそれぞれ母親が違います。受胎した日は違うと推測されるのに、しかし五人の王子が生まれてきたのは同じ日だったんです」
まず第一王子と第二王子が生まれた。双子だった。次いで第三王子、第四王子、日付が変わる直前に第五王子が生まれたという。
「信じられない、というかありえない・・・」
「そうでしょう?だから予言は真実と思われたようです。・・・それでも、一部には否定する者達もいたのですが」
おおよそどこにでもどんな出来事に対しても、否定したい者はいる。それは自己の利益の為か、それともただ単に疑り深い性格故か。
そこから不信不満が流れるのも想像はついた。
「しかし、貴女様方の召喚が成った今、予言はますます信憑性を高めたのです」
だからこそあの歓声だったのかと、得心する。それはもう怖いほどだったから。
いや実際怖いものに違いない。だってあの拍手の中の期待は、自分たちに子を望むものなのだから。
「異世界からの召喚など、初めてのことだったのです」
「・・・え?」
「そもそも異世界なんてものが本当にあるのかすら、誰にも分からなかったのです」
ここは魔法の世界、異なった世界、不思議の世界。だが、何でもできる何でも可能な世界ではないようだ。
「王子たちの事以上に、貴女様方も不思議な存在なのです」
見たことのない服装、珍しい髪色、姿形こそこの世界の人間と変わらないように見えるが、一目で分かった。
この少女たちこそが異世界の女性なのだと。
だが、疑問は残る。何故、勇者の母をわざわざ異世界から呼ばなければならなかったのか。何故、二人現れたのか。何故、勇者の父候補となる王子は五人から選ぶのか。
何故?何故?だがそれは考えても恐らく出ない答え。神の思し召し、などと言えば聞こえはいいかもしれないが。
けれど、歯車は既に動き出している。
「念のため伺いますが、どちらが勇者の母君となられるのか・・・ご存じないですよね?」
「あるわけないでしょ。そもそも勇者の母親にならされること自体初耳よ」
そうかと深いため息をつく。宰相の悩みがまた一つ深くなった瞬間だ。
「それで、その王子とやらは?」
当然そこが気になるのは仕方ない。結婚させられるかもしれない相手のことは一大事案件だ。
自分たちの世界の自分たちの国には王子なんていない。けれどお話やテレビやアニメ、ゲームにはそれこそ腐るほど出てくる。すごいのから碌でもないのまで千差万別。
昔憧れた王子様。勿論大きくなるにつれてあんな人が自分の前に現れるわけがないと分かっていたけれど、今その機会が訪れてしまった。
心がざわつくのは仕方がない。
「王子は、お歳の頃は18。貴女様方と同じです」
その言葉にほっと息をつく。すごい上でもすごい下でも嫌・・・もとい困るところだ。いや、重要なのはそこではないけれど。
「ご尊顔は・・・男の私から見ても、どの方も『かなり良い』部類に入られると思います。まぁ好みはあるかと思いますが、どの王子にもファンがいる位には人気がありますよ」
「へぇ・・・」
そんな話に興味をそそられるのは仕方ない。だってまだうら若き乙女だし。
だが小さく笑われたのに、カチンと来る。
「もちろん結婚自体、する気ないけど!」
やっぱり女は美形なら良いんだな、なんて思われるのは癪だ。相手の都合も考えない理不尽な召喚に生贄的結婚など認められない。
「ああ、結婚は必ずしも必要ありません。子を成して下さればそれで」
「んなっ?!」
さらりとした爆弾発言に軽いめまいを覚える。しかし、あまりにも悪びれた様子がないところから、配慮など期待するだけ無駄なのだろうとうっすら悟る。
まぁ、宰相職なんてやってるからには汚くて悪辣なものを沢山見てきただろうし、小娘の恥じらいなど吹けば飛ぶようなものだろう。
「容姿以外では、どのような方なのですか?」
姉の殺気にも似た気配をまずいと思ったのか、妹が話を進める。
「どのような、ですか・・・」
その問いに彼は今まで見たこともないような難しい顔をして、ふむと唸った。そんなに難しい質問をしたつもりがなかったので、こちらの方が困惑してしまう。
「・・・そんなに、表現に困る方なんですか?」
声が不安げに曇る。それに気づいて宰相は取り繕ったように否定する。
「いえ、何と言いますか・・・私がどうこう言うと誤解を生ませてしまいそうで・・・」
何せまぁ色々ある方々なので、その言葉はひどく重い。
「実際に会っていただく方が話は早いでしょう」
殊更大きなため息をついて、彼は開き直ったようにそう言った。
「はっきり言って不安しかないわ」
「咲ちゃん・・・」
気持ちは同意だがはっきり口に出すものではないと諫める。仮にも相手は王子。対して自分たちは常識も法も通じない世界に来た、人権も力もない異邦人。不興を買えばどんな処遇が待っているか分かったものではないのだから慎むべきだろう。
「大丈夫よ。この世界の奴らは私たちに子供を産んでもらわなきゃならないんだから」
そのために呼んだのであれば、多少のことでは何があっても殺されたりはしないはず。主導権はこちらにあると咲はふんぞり返るが、妹の顔は晴れない。
世の中には殺されるよりもっと恐ろしいことが沢山ある。国という巨大機構にかかれば、何の後ろ盾もない小娘を孕ませるなど造作もないことだろう。ただ、こうしてお願いという手段に出ているのは、恐らく・・・その考えにぞくりと背が奮えて、幸は頭を振った。
そこを考えても仕方がない。考えるだけ不安にしかならないのだからと幸は考えるのを意識的に止めた。
「本当によろしいのですか?やはりもう少しお休みになってからの方が」
御召し替えやお風呂、お食事なども用意させていたのですがと言うのに咲は鼻を鳴らす。
「でも、今日中に王子たちに会わないといけないんでしょ?」
「はい、それだけはどうしてもお願いしたいのですが、まだ異界からお越しになっていらっしゃったばかりでお気持ちの整理もつかないのではないかと」
「こんなことの気持ちの整理なんていつまで経ってもつかないわよ」
気持ちの整理をつけるってことははっきり言えば諦めるということだ。そんなの簡単になってたまるか。
「私は嫌なことは早めに済ませておくタイプなの。後回しにしたって、無くなってはくれないんでしょ?」
「はい」
「だったらとっとと済ませましょ」
胆が据わっているというべきか、それとも。
宰相は小さく、しかし重い息をつく。
「まずは第一王子と第二王子の所に行きましょう」
長い長い廊下を歩きながら、すみませんと口にする。
「どうして謝るの?」
「本来なら、貴女様方をお迎えするのは王の役目で、御前に五人の王子をお呼びすべきでしたのに」
「ああ、そう・・・」
異界から呼ばれた少女たちの身の安全の為にも、どちらに選択権があるのか、どちらが上かをはっきり示しておく必要があったのだが。
「王は緊急の首脳会議が開催され、行かざるをえなくなりました」
「緊急の?何かあったの?」
「あった、と言いますか、これから起こると言うべきでしょうか・・・」
言葉を濁す。
「そちらは王がお戻りになって事実関係がはっきりしてからお伝えできるかと思います。今は曖昧な情報でお二人にご負担をおかけしたくありませんので」
「もう既に不安だらけだから、一個二個増えても変わらない気もするけど」
その言葉に宰相は苦く笑う。
「まぁ・・・王がいたらいたで面倒な面もあるんですけどね」
ぼそりと呟いた言葉には深い闇が感じられた。そのあまりの黒さに、本能で聞かなかったことにする。
「しかし王が不在であられると、私どもでは王子の我がま・・・もとい、お願いを覆せなくて・・・」
今思いっきり「我が儘」って言いかけましたねと思いながらもさすがにまだツっこめる間柄にない。
非力な私をお許しくださいと、その言葉に中間管理職という悲しい文字が駆け抜けていく。
「お気になさらないでください、宰相さん。私たちが行けばそれで良いのなら構いません」
「ユキ様・・・」
優しい妹に深く深くため息をつく。
「はぁ~・・・こんなやつらに優しくすることなんてないのに・・・」
「咲ちゃん」
そんなこと言うものじゃないわと言われるのに眉間に皺を寄せる。
「私たちは別の世界の人でしょう?警戒されても仕方ないと思うの」
「警戒ねぇ、ただ見下されてるだけじゃないの?」
「咲ちゃん!」
ずばりと言うと宰相が困った様に笑う。
「・・・そうですね、サキ様の仰る通りですよ」
「宰相さん・・・」
「ここから先、少し・・・いえ、かなりご不快な思いをさせてしまうことがあるかもしれません。いや、きっとあるでしょう。ですがどうか、我慢してくださいませ」
先に謝罪させていただきますと深々と頭を下げて、宰相は眼鏡を押し上げた。
いまだに投稿も設定もよく分かってなかったりするので少しずつ勉強していきます。
よろしくお願いします。