1
武術バカの姉、咲。女子力高く聡明な妹、幸
二人は異世界に『勇者の母』となる者として召喚され、『勇者の父』となると予言された5人のくせのありまくる王子と交流、もといどつき合いしながら伴侶を選んでいく、はずが?
あの時、手を離していれば良かった。
「幸・・・ッ!」
「き・・・ちゃ・・・」
そうすれば、犠牲になるのは一人で済んだかもしれないのに。
私にはワタシがもう一人いる———
いわゆる双子として、生まれる前から一緒にいた二人。
姉の名は「咲」、妹の名は「幸」。そっくりな、似てない双子だ。
「幸、大丈夫?」
「うん・・・だい、じょうぶ・・・だけど」
周りを見渡し、安堵よりも呆れが勝った息をつく。
「咲ちゃん・・・やりすぎ、じゃない?」
「何言ってるのよ!私の妹に手を出したんだもの、万死に値するわ!」
「万死って・・・」
ただナンパされただけなのだが、姉の「万死」レベルは随分低いようだ。
確かに、今日のナンパはしつこくて、少々困ってはいたけれども。
「何もここまでしなくても」
累々と転がる屍、いやまだ死んでないけれど・・・もとい男達にいっそ申し訳ない気持ちまで浮かんでくる。
「お母さんもそんなんじゃ嫁にいけないって嘆いてたよ」
「うっ・・・」
言葉が目に見えてぐさりと刺さる。
いや分かってる。嫁どころか、彼氏どころか好きな人さえできたことはない。
我が一族の武術を極めるのに忙しかったのもあるけれど、負けん気の強さと血気早い性格のせい、もといそこは反省すべきと分かってはいるのだが。
「別に、いいもん。弱い男なんて、こっちからお断りだし」
「またそんなこと言って」
とにかくこの惨状はやり過ぎだ。正当防衛通り越して、このままでは暴行罪に問われかねないと妹に急かされ、早々に立ち去る。
「あーあ、つまんない。弱い男ばっかりで」
別に結婚とかまだ現実味もないしどうでもいいけれど、恋愛には興味がなくもない。一応年頃の女の子だし。けれど、自分より弱い男は願い下げだ。
「もう・・・強さって、腕力や剣の腕ばっかりじゃないんだよ」
「・・・そりゃそうだけどさ」
それでも、そこも重要と口を曲げる。
勿論、強さは物理的な力だけじゃないことは知っている。剣術武術にのみ特化した自分と違って、妹の幸は知力や女子力など様々なものに長けていた。
厳格な作法の家で育てられたので、少々古風ではあるが女の子らしく、おしゃれだが清楚でおしとやか、髪を栗色に染めた以外は化粧などしていないのに可愛い。姉の自分から見てもひいきなしで可愛いと思えた。
幸は姉とは違う意味で強い。『強さ』というには少々語弊があるかもしれないが、ナンパされない日はないんじゃないかってくらいに惹きつけている。
対して自分は女らしさと言えば黒髪を結い上げただけ。活動的と言えば聞こえはいいが、いつもTシャツにジーパン。可愛いと言われた事もなければナンパされたことももちろんない。
どうしたら同じ素材でこうも違いが出るのか、我が事ながら不思議でならない。
私も幸のように・・・———
そう思うこともなくもなかったが、その決意と我慢が一日たりともったことはない。おしとやかにと思っても考えるより先に身体が動くのだ。もうこの歳になると無駄に足掻くことを止めた。
自分は自分らしいのが一番いい、と。
そう言ってくれたのは、師匠でもある道場主のおじいちゃんだ。
母方の祖父は道場を開いている。もっとも、門下生は数えるほどしかいないが。一子相伝ではないが、そもそもこの術を使いこなせる素質が居ないのだと嘆いていた。
剣術道場・・・ではなく、生き抜くために必要なあらゆる実戦術を教えている。剣術はそのうちの一つで、咲が得意としているものだ。
とにかくおじいちゃんは強い、強すぎる。よくお話で「チート」なんてものを見かけるが、今この世界のチートはおじいちゃんだと断言できるほど、その強さは群を抜いていた。
そんな祖父に憧れ、研鑽を積んだ結果、こうして対照的な双子が出来上がったのである。
一応、後悔はしていない、一応・・・
「王子様、なんているわけないわよね」
昔母に読んでもらったお話の中の白馬に乗った王子様。星から落ちてきた王子様とかの話や呪いで眠らされたお姫様をキスで起こした王子様。沢山の王子様を見るのが好きだった。女の子向けの人形や玩具にはまったく興味がなかったけれど、王子様のお話だけは好きだった。
「・・・咲ちゃんっ。聞いてる?」
「はいはい、聞いてますー。そんなことより信号変わるよ。ほら、早く」
点滅する信号を渡ろうと、幸の手を掴んで駆け出した。
いつものように・・・
それがいけなかった。
キキキキキキ——————ッッ!!!
唸るエンジン音、次いでタイヤの鳴く音が耳を劈く。
「ゆき・・・ッ!」
ほんの数秒のことなのに、まるでコマ送りの様にゆっくりと感じた。振り返って妹を見て、それから手を・・・手を・・・
最後に映ったのは妹の今にも泣きそうな顔、そして・・・
「き・・・ちゃ」
視界は一瞬にして、紅に染まった。
目を開けた瞬間、包まれたのは割れんばかりの拍手と叫びに近い喧騒だった。
「え?・・・なに?」
そう口に出すのが精一杯だ。あまりにも状況が変わりすぎて、混乱通り越して恐怖が身を竦ませる。
私達を囲む数多の人々、見たことのない色の髪、馴染みのない服装、そして・・・いや、ここにある、ここに居る、何もかもが見知らぬものだ。
二人を中心に円状に囲む人々は口々に「やったぞ!」「まさか、本当に・・・」等と歓喜を上げている。
「・・・幸」
握りしめた手に温もりを感じる。
離さなかった手。離せなかった、手。その手の中はお互い冷たい汗で湿っていた。
「何なのよ、アンタ達・・・っ」
そう叫びかけた瞬間、人の輪を分けて数人が近づき、恭しく頭を下げる。
「初めまして、お嬢様方。私はこの国の宰相をしておりますヨハンシュトラウス・S・ハゥディーと申します」
お見知りおき下さいと優雅に頭を下げる姿はマントにゴテゴテした飾りの多い装束。まるでテレビで見た貴族の役の人の様だ。
「まず、私達は敵ではありません。ご安心下さい。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
その言葉で一気に警戒心が増す。自分で「敵ではない」「安心しろ」なんて言う輩程怪しいものはない。猫のように全身を総毛立たせ、威嚇する。けれど宰相と言った男はどこか否を言わせぬ圧をその笑顔に乗せる。
「・・・私は咲、こっちは幸」
握った手に力が籠められる。幸の奮えが手を通して伝わる。
「サキ様に、ユキ様・・・ですね。了解いたしました」
『ようこそ私たちの世界へ』その言葉に目が点になる。
「私たちの『世界』って、どういうこと?」
彼のそこはかとない圧に負けないように睨みつける。しかしそんなものどこ吹く風と言わんばかりに凪いで、笑みを深める。
「お気づきになりませんか?」
疑問に疑問で返される。もちろん、気づかないわけがない。
髪の色、肌の色、目の色なんてもちろん、服装、持ち物、建物・・・挙げ始めたらきりがない。いや、そもそも自分たちと共通するところを探す方が難しそうだ。
先程まで外に居たはずだ。横断歩道を渡ろうとしていた・・・車に、轢かれかけた。いや、確かに轢かれたと思ったのだが。
その感触を思い出し、ぶると奮える。轢かれた感触が確かに残っていた。
それなのに、今は見たこともない豪奢な装飾の天井の室内にいる。まるで映画のような切り取った場面転換だ。
この異常性を説明するならば、
「ここは、つまり私たちの住んでいたところではない『異世界』という・・・」
認識であっているのかしら?と仰々しく聞くと宰相はにっこりと笑う。
「そうですね。私たちがお呼びしました」
聞き捨てならない言葉に、目を見開く。
「呼んだって、アンタが?!」
「ええ、私たちが」
『たち』を強調する。これは総意ですので、などとさらりと言う。
「冗談じゃないわ!すぐに帰してよ!」
「こちらも冗談で異界からお呼びしたわけではありません」
一段、彼の声が低くなった。
「帰る方法はありません。なので潔く、我らの願いを聞いていただきたい」
先程と違い明らかな威圧を発しながら、それでもあくまでお願い口調で伝えてくる。
「願いって・・・?」
「どうか、この世界の為に・・・」
子供を産んで下さい———
その言葉は全てを真っ白に塗り替えた。
初めまして、摩仁と申します。
初投稿させていただきますのでお手柔らかにお願いします。
この度は読んでくださってありがとうございます。実はオリジナルを書くのはまだ若かりすぎる頃の黒歴史以来です。逆に全部自分で設定作らなきゃいけないって大変ですね。
普段短編を書くのが多く、長文や連載は慣れない上にゆっくりのんびりマイペースなのですが、思い出したように読んでいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。