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第六話 デマゴークの魔の手


 「おい起きろ!」

 「がはっ! げほっごほっ!」


 俺の意識が乱暴に引き戻された。冷や水をぶっかけられて濡れた髪を乱暴に引き上げられると、俺がいるのは薄暗いが真新しいどこかの牢獄だった。


 「起きたか? 悪辣極まる魔物使いさんよぉ」


 こちらをバカにしきったおぞましい声が俺をなじった。どうにか息を整えながら視線を上げると、もはやニヤニヤ顔を隠そうともしないレヴィスの姿が薄明るいランプの灯りにぼんやりと浮かび上がったのはだった。


 「レヴィス……お前、何がしたいんだ! 俺に何の恨みがある!」

 「恨みぃ? ……いや、とくにはないな」

 「嘘をつくな! それならどうしてここまでする!?」


 俺が必死に食らいつくその様に一瞬あっけにとられた様子のレヴィスだったが、急に何かを察したように「ああ」と嗤うと途端にげらげらと腹を抱えて笑い出した。


 「何がおかしい!」

 「あっはははは!! いや悪いな。どうやら誤解させていたらしい」

「誤解だって?」


 レヴィスが何を言っているのかがわからない。俺がポカンとしているとレヴィスは一度周囲を警戒するように見回した後、「せっかくだから教えてやるか」と呟くと得意げに語りだした。


 「お前が俺のパーティーに入れたのは、俺に指名されたからだってのは、覚えているよな?」

 「そうだ、でもそれがどうしたっていうんだ!?」


 それは、半年前のことだった。俺が年齢や実力、それに魔物使いということで立つ悪いうわさから一人での活動に限界を感じていたころ、俺を仲間にしようと近づいてきたやつがいた。それが、魔物狩りの勇者と謳われるレヴィスだったのだ。

 名高い魔物狩りの勇者が声をかけたという事で、俺はもっと稼げるかもと軽い気持ちでこの話を引き受けてしまったのだが……


 「どうして何の役にも立たないおっさんを、しかも悪評が立っていた魔物使いを名指しでパーティーに入れたと思う? 今まで一度もおかしいと思わなかったのか?」

 「それは……」


 ここで俺の脳裏に広場で新聞売りが喧伝していた言葉を思い出した。脱走した魔物使い。勇者レヴィスは魔物使いを監視していた……


 「まさか!」

 「やっと気づいたかおっさん。そうだ、お前を働かせて町に出さずにそれっぽく苦労しているように見せたり愚痴ったりすれば、後は町のバカどもが勝手に噂を立てるってわけよ」


 ま、魔物の軍団を編成しているだのまで噂が広がったのは予想外だったがなぁ。と、レヴィスは俺どころか町の人間までバカにした口調で言い放った。そして俺はといえば、半年前から徹頭徹尾利用され続けていたという事実に呆然とするばかりで言い返すこともできなかった。


「だからよぉ、別に俺の出世に利用できるなら誰でも良かったんだよ。お前はただの踏み台だ。たまたま利用しやすかっただけの、なぁ!」


 ゲラゲラとレヴィスが俺を嘲笑う。その高笑いを見て俺は絶望に打ちひしがれた。いつかよくなる。もっと稼いでいい暮らしができると頑張ってきた結果がこれなのか?


 「嘘だ……こんなの、あんまりだ……」

 「ギャハッハハ!! 『こんなのあーんまーりだー』だってよ! おっさん恥ずかしくねえのかよぎゃはははは!!」


 俺の真似をしてレヴィスがおどけた。怒り以上にさんざん利用されていただけであったという悔しさとそんなことに気づきもしなかった自分への情けなさで涙があふれて止まらない。


 「おいおい泣くなよおっさん。せっかくのメインイベントが控えてるんだぜ?」

 「え?」


 今度こそ、俺は涙もなくレヴィスの顔を見上げた。メインイベント? 一体何をするつもりだ。そう問いかけようとしたとき、部屋の中に新たな人物が入ってきた。白い海軍服を着た女性で、レヴィスの姿を認めると直立して姿勢を正し敬礼を向ける。

 その瞬間、俺の腹にレヴィスのこぶしが突き刺さった。その一撃で俺の肺の中の空気はすべて絞り出され、俺はなすすべなく這いつくばる。だが、その様子は海軍服の女性からは見えなかったようだ。


 「レヴィス様! 監視のお役目苦労様です!」

 「ありがとうございます。操舵士殿。目的の場所には到着しましたか?」

 「は、はい! 航行は問題なく、無事目的地に到着いたしました!」


 本当に同一人物なのかどうか怪しいほどの変わりようでレヴィスが対応した。そこだけは勇者にふさわしい礼節を備えた好人物に見えたようで、海軍服の女性は明らかに頬を紅潮させて答えた。


 「ところで勇者様。こいつが件の……?」

 「ええ。魔物使いのカイン。私も最期に悔い改めてほしいと頼んだのですが聞き入れてもらえず……悲しいことです」

 「まあ、そうだったのですか。結局このものは、何も反省しなかったのですね」


 海軍服の女性がごみを見るような目で俺を見る。だが俺は這いつくばるばかりで何も言い返せなかった。


 「では勇者様。そろそろ……」

 「ええ。よろしくお願いします」


 レヴィスが俺から離れ、代わりにやはり海軍服を着た屈強な男たちが入ってくる。そいつらは縛られたままの俺を両脇から抑え込むとそのまま牢獄の外へと引きずっていく。

 牢獄から外に出されると時刻はすでに夕方で、沈んでいく赤く不気味な太陽が俺と船を照らしていた。


 「なんだ、この船は……?」

 「お前には教えてなかったな。これは魔導航空戦艦。国王陛下が俺の功績を認めて下賜してくださった最新鋭の戦艦だ」

 「功績?」

 「……まぁ、魔物討伐と、ちょっとばかりの献金だな。あとはまあ、生まれの違いってやつよ」


 レヴィスの言う通り、それはまさしく空を自在に飛ぶ戦艦だった。鋼鉄の船体にハリネズミのように供えられた無数の砲門。見る者すべてに息苦しいような威圧感を与えるフォルムをしている。


 「どこに連れていくつもりだ!?」

 「聴きたいのかよ、おっさん。あの世だ。お前の死刑執行が決まった。いや、もともと市長からからお前が手に余るようなら殺して構わないって許可はとっていたんだけどな。この船も俺の物になったし、お前も用済みになったから今日晴れて死刑執行ってわけだ」

 「そのために俺を追放しておいて、『脱走した』ってことにしたのか! さんざん働かせておいて最後はこの仕打ちか卑怯者!」

 「うるさいぞ魔物使い! 大人しくしろ!」


 ささやくレヴィスに俺が必死で言い返すが海軍の男たちに黙らされてしまう。その間も、ヒソヒソと軍人たちが俺を指さして言うのが聞こえてきた。


 「あいつが“魔物使いのカイン”か?」

 「ああ。なんでも、魔物の軍隊を作り上げてクーデターを企んでいたらしい」

 「まじかよ。それって、四千年前にいたっていう魔王と同じ―――」

 「あいつが魔物の王、魔王なら生かしておけないな……」


 その言葉。レヴィスの言葉を完全に信じ込み、俺の言うことは全く信用しない軍人たちの言葉に、俺はたまらず叫んだ。


「違う! 俺はクーデターなんて考えていない! 魔王だっていうのも何かの間違いだ!」

「大人しくしろと言っているだろ!!」


だが、必死の抵抗は全て徒労に終わり、なすすべなく俺は船の縁まで引きずられていった。


 「勇者様、処刑方法は本当にあれでよろしいのですか? 万全を期するならやはり斬首刑が良いと思うのですが」

 「私もそれは考えたのですが……一瞬で楽に死ねる処刑方法はやはり相応しくないでしょう。彼に報いを受けさせるためには、長く苦しみ、しかもあなた達の手を汚すような拷問でない処刑方法がよろしい」

 「さすがは勇者様! 私たちのことまで気遣ってくださるとは、感謝の言葉もございません」


 気持ち悪い丁寧口調のまま上機嫌に語るレヴィスに、そのレヴィスにゴマをする中年の男。胸にじゃらじゃらとつけた勲章から察するに将校以上の軍人……レヴィスに代わって全体に指示を出す船長だろう。どちらも胸糞悪くて吐きそうだった。

 俺の体を押さえていた軍人二人がレヴィスの合図で俺の体を離した。がっしりとつかまれていたために俺の腕は痛くてまともに動かず、しかも周囲を完全に包囲されているために逃げ出すことはできない。


 「ではこれより! 重罪人である魔物使い、カインの処刑を始めます! 皆さん! 危険なので下がっていてください!」


 レヴィスの宣言とともに軍人たちが一歩後ろに下がり、それと同時に俺の襟首が捕まれ、その腕力をもって空中に浮かぶ戦艦の外へとぶら下げられた。夕暮れの太陽はもうすぐ沈みそうで、眼下には森が広がっている。


 「これより、国家への反逆を企てた大犯罪者カインを国外追放、および魔獣の森置き去りの刑に処する!」

 「なんだって!? 嘘だろ!?」


 レヴィスの口から告げられた処刑方法に俺は戦慄した。魔獣の森置き去りの刑。それはこの国で最も古く、最も恐ろしい死刑以上の刑罰だ。何の備えもなく魔獣の森に落とされれば、墜落死を逃れても魔物に襲われて死ぬ!


 「頼む。やめてくれ! それなら斬首刑のほうがましだ!」

 「いいや。お前の罪はあまりに重い。お前を正しい道に戻せなくて残念だ。カイン」


 神妙な顔で、さも悲しげな口調でレヴィスが語る。そして不意にカインは俺の耳元に口を寄せてこうつぶやいた。


 「踏み台ご苦労だったな。おっさん」


 最後までこちらを見下した態度のまま、俺の襟首をつかんでぶら下げていたこぶしがほどけ、俺の体が重力のまま落下していく。


 「レヴィス!!」


 悔しまぎれの叫びが尾を引くように俺の体は空中に放り出され、レヴィスの姿も船も急速に縮んでいく。空中ではどこにも踏ん張ることが出来ず、内臓が浮かび上がるような気持ち悪さと墜落死への恐怖から吐きそうになる。

 そして数秒後、俺の体は高く背を伸ばした枝葉の中に突入し、地面へと激突した瞬間俺の意識は消えてなくなった。


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