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第四話 悪意の流布と奇妙な夢


 陽光が窓から差し込み、豪奢な赤い垂れ幕が壁を飾るそこは、荘厳な謁見の間だった。俺は夢の中で、たくさんの人々に讃えられながら玉座に座っていた。周囲に控えるのは無双の力を誇る十二体の獣たち。戦乱の世を彼らの力で平定し、未開の荒野を開拓し、人々を魔物から守るのが俺の使命だ。


 (変な夢だな? 俺は貧乏な皮なめし屋の生まれだったのに)


 そこで俺は、貧乏な生まれや辛いことが重なったせいで、こんな自分が王様になったかのような夢を見ているのだろうと思った。夢だとはっきりと理解できる夢。いや、夢というよりはまるで遠い昔に書かれた誰かの日記帳を見ているような感覚だ。

 だが、そんな感覚とは裏腹に玉座の座り心地は抜群に良かった。いや、玉座というよりは今夢に見ている状況。十二体の獣たちとともにある状態こそ、本来の自分の姿ではないかと思う。


 (あ、目が覚める……)


 水面へと浮かび上がっていくように目覚めが近づいてくる。夢の感覚が薄れていく中で、獣の中の一体がこちらを振り返って俺を見た気がした───




 「あいててて……」


 意識を取り戻した俺が目覚めたのは、路地裏のゴミ捨て場だった。壁にはよくわからない虫が這い回り、汚臭が漂っている。まさにどん底だ。おまけにレヴィスに身ぐるみを剥がされたらしく、シャツとパンツ以外は一文なしときている。


 「はっくしょい!」


すでに冬。しかも明け方の時間帯ときて寒さが身を切るようだ。おまけに半裸。さてどうしたものか。

そう考えたところで、俺は無意識のまま胸元に寄せた右手が空を切ったところで、そこにあるはずのものがないことに気が付いた。


「な、ない! レヴィスの野郎、母さんの形見までもっていきやがった!」


そう、俺が何より大切にしている母親の形見。いびつな形のペンダントまでなくなっているのだ。

だが、残念ながら今の俺にはレヴィスからペンダントを取り戻す余裕はない。なにせほとんど裸。一文無しで今日食べる飯すら危ういのだ。悔しいが、まずはそっちをどうにかして解決しなくては。

そこまで考えたところで、俺は一つだけ頼りになるかもしれない施設の存在を思い出した。


「そうだ教会だ。前にも世話になっていたんだし、あそこなら受け入れてくれるはず」


手厚くとはいかないが、孤児や浮浪者といった貧しい者の世話をするのが教会だ。食事や服をくれるかもしれないそう期待した俺は記憶を頼りに道を進み、青い屋根に白い壁。ドアには女神が持っていたという十字のレリーフがあしらわれた建物を見つけた。俺が身寄りを亡くした時に引き取ってもらった教会だ。


「失礼しまーす……」


子供の頃に聞いた『教会は閉ざす扉を持たない』という教えの通り、扉は開いていた。中には初老の神父が朝の礼拝をしている最中で、邪魔をしたかと思ったが神父は振り返ると俺のあざだらけに半裸という悲惨な姿を認めて、目を見開いた。


「おや……これは、カインではありませんか。一体どうされました……?」

「久しぶり、神父さん。あの、食事と服を施してくれないか? レヴィスに追いだされて……」

「追い出された? ふむ、いまスープと服をもってこよう。話は、ゆっくりでいいから」


神父さんの好意で教会の椅子に座らせてもらう。「朝食の残りで申し訳ないが」と持ってきてくれたスープを飲んでようやく俺は一息ついて神父に事情を話した。


「そんなことが。いやはや、しばらく見ないうちに酷いことになったな……少し待ちなさい。パンとベーコンを持ってこよう。それを食べて、元気を出すといい」


俺がレヴィスに受けた仕打ちや仲間にも見放されたことを話すと神父さんは同情して悲し気に目を伏せた。金も服もない今の俺には、心配してくれる神父さんの優しさがありがたかった。


「ありがとう、神父さん」

「貧しいものへの施しは神に仕える者として当然のこと。それよりも、近頃はどうだ。ここ最近ずっと顔を見せなかったじゃないか」

「ああ。最近はレヴィスにこき使われていたよ」


俺にとって教会は第二の我が家だったが、半年ほど俺は顔を出せずにいた。言わずもがな、原因はレヴィスだ。毎日休みなしで、魔獣の森に行かされて魔物狩りをさせられ、パーティーの仲間だからと言って報酬のほとんどを奪われる。それでも、一人で活動していたころよりも高い収入やいい宿に住む生活は捨てるに惜しかった。

とはいえ、それももうない。レヴィスたちに追い出された以上、教会の施しにすがるしかないのだ。


 「では、ここ最近は働きづめだったと。しかし、そうなると町で流れているあの噂はいったい……」

 「あの噂?」

 「ああ。なんでもお前がずいぶん暴れまわっているとか、気鋭の勇者レヴィスでも相当に手を焼いているとか……」

 「なんだって!?」


 思わずスープを取り落としそうになりながら俺は驚いた。暴れまわるだの、レヴィスが手を焼いているだの一体何の話だ!?


 「どうやらお前の悪いうわさが流れているらしいな。お前、何も知らなかったのか」

 「い、いや、知らない! 忙しすぎて町に出る暇もなかったし……」

 「ヒィィ!? 魔物使いのカイン!?」


 言いかけたところで、教会に入ってきた誰かが悲鳴を上げた。振り返るとそこには俺を見ておびえる老婆がいた。


 「た、助けておくれ! 殺される!!」

 「落ち着きなさいマーサお婆さん。ほら、深呼吸して」


 神父さんが老婆に駆け寄り、なだめるように背中をなでる。だが老婆は一向に落ち着かず、おびえて目を見開きながら俺を見ていた。


 「な、なんだよ。一体……」

 「なんだよだって!? あんた、レヴィス様に迷惑をかけて、さんざん悪さしているじゃないか!」


 老婆が俺を罵る。態度も口調も、完全に俺が悪者だと信じ込んでいるようだった。それよりもレヴィス様? さっき神父さんもレヴィスの事を気鋭の勇者と呼んでいたが、あいつはいつの間にそこまで有名になっていたのか?

 そこではたと気づいた。魔物狩りの依頼をとってくるのはいつもレヴィスだ。ということは、俺が魔物を倒しても報告するのはレヴィス。これではレヴィスが俺の実績をいくらでも奪える仕組みになっているではないか。


 「この間も酒場で暴れたって聞いたよ! 女の子のお尻をなでたり、酔っ払って絡んだりしたって。アンタ最低だとは思わないのか!?」

 「その噂は何かの間違いだ。私が保証する。だから落ち着いてくれないか」

 「神父さん! まさか、こんな悪者の味方をするのですか!? もういいです! 出直しますよ私は!」


 怒り心頭の老婆は神父さんを突き飛ばすとそのまま踵を返して出て行ってしまった。神父さんに怪我はないようだが、立ち上がれず呻いているのを見て俺はレヴィスへの怒りはひとまず置いて駆け寄った。


 「大丈夫か、神父さん」

 「私は大丈夫。それより、うわさはずいぶん広がっているみたいだな。マーサお婆さんはここ最近、庭の世話をしているかこの教会に礼拝をしに来るくらいだったのだが」


 俺に対する悪評は、人との接点があまりない人間にまで広がっているらしい。レヴィスにこき使われ、手柄を横取りされ、おまけに悪評を流されて気づきもしなかった自分の間抜けさ加減が恨めしかった。


 「はぁ……なんで俺ばっかり……」

 「まあそう気を落とすな。生きていればそのうち運も向いてくるだろう」

 「運、だって……?」


 後になって思い返せば、タイミングが悪かっただけのことでしかなかった。勇者パーティーからの追放。身に覚えのない悪評。何をやってもうまくいかない人生。それらの悪い要因が重なり合った俺には、神父さんの優しい声がこの時だけは俺をバカにしているように聞こえてしまった。


 「俺に何の運がむいてくるって言うんだ!? 身よりはない! 金もない! この町にももういられない! もう俺は───」


 「終わりなんだ」激情に任せてそう言いかけたところで、神父さんが俺を驚きながらも憐れんだ目で見ているのに気づいた。頭に突然冷や水を浴びせられたようで、居住まいが悪くなった俺はすごすごと椅子に座った。


 「悪い。つい頭に血が上って……本当にすまない」

 「気持ちはわかる……そうだ、お前さえよければこの教会で手伝いをしないか。私も年でなぁ、手伝いが欲しかったところだ。三食寝床付き、少ないが、給料も出す。どうだ? それに教会で奉仕していれば悪いうわさも消えるだろう。どうだ」

 「……考えとくよ」

 「そうか……」


 いや違う。本当を言えば、神父さんの申し出は涙が出そうなほどうれしかった。だが、俺がこの教会に居続ければ、必ず神父と教会の迷惑になる。その確信があったから、俺は神父さんの提案を受けることはできず、神父さんもそれを察したようだった。


「ほかに何か力になれればいいのだが……」

「うん……そうだ、変な夢を見たんだ。聞いてもらってもいいか?」

「変な夢?」

「ああ。俺はでっかい城の玉座に座っていて、周りには十二体の見たことない獣が並んでいたんだ。なんだか懐かしい感じがする不思議な夢だった……神父さん、これは何か女神さまのお告げか何かなのか?」


俺の話を聞いた神父さんだったが、難しい顔をすると黙り込んでしまった。そうしてしばらく考え込んでいるのを見て、俺はもう少し覚えていることを話した。


「そういえば、広間には垂れ幕がかかっていたな……そうだ、ちょうどこの器にがかれているのと同じ紋章があったよ」

「紋章? なるほど……」

 「何かわかったのか?」

「うむ。お告げだとは思えんが……この紋章は古代ウラル王国の紋章だ」

「古代ウラル王国?」


「そうだ」と答えると神父さんは、授業をするように語りだした。


「およそ四千年前、今でいう魔獣の森が広がっているあたりに栄えていた国だ」

「じゃあ、この紋章がそのウラル王国の?」

「その通り。だが、どうしてお前が玉座に座る夢を見たのかは……」


結局、俺が見た夢の正体はわからずじまいのようだ。これ以上神父さんに迷惑をかけられないと考えた俺はそこで話を切り上げて出ていくことにした。


「そうか……また来るよ。ありがとう」

「カイン。お前に女神のご加護がありますように……」


神父の祈りに俺は苦笑いでしか答えられない。今日中に町を出なければならないと俺は道を急いだ。


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