第三話 追放
「カイン、お前はクビだ」
俺より二十歳も年下の相手にそう言われて、俺はさぞ間抜けな顔をしていたのだろう。その証拠に、俺にクビを宣告した男、レヴィスはニヤニヤ笑いを隠そうともせずに続けた。
「聞こえなかったのか? クビだよクビ! もうお前は俺たちのパーティーにはいらないんだよオッサン!」
「どうしてだ! 俺はずっと───」
「しつけぇなあ」
レヴィスはおもむろに俺に近づくといきなり俺の髪を掴んで振り回した。頭がぐらぐらしてきたところで顔面を壁にたたきつけられ、その圧倒的な膂力の前にたちまち俺は地面に這いつくばらされた。
吐き気がする。首と髪が痛い。すさまじい理不尽の前に、俺は何もできずにいた。
「テメエみたいなおっさんはもう用済みなんだよ。最近は俺たちの動きについていく事すらできないじゃねぇか」
「そんなことはないはずだ! 俺が斥候をして───」
「ふーん、斥候ねえ……」
イラついたようにレヴィスの手に力がこもる。俺が逃げられないほど床に押し付けるとレヴィスはもう片方の手を顎に当てながら考える動作をした。
「ロクなもんじゃなかったなァ。使役できる魔物はザコばっか。魔物で魔物を殺せるわけでもなく、しかも魔物が死ねばお前は足手まといになる。いても居なくても同じじゃねえか?」
「だが、斥候が出来たのは俺が魔物を先に行かせたからだ! 今日だって───」
「で? それ以外は?」
いたぶるようにレヴィスが俺に訊いた。斥候以外のこと。返答に詰まった俺をレヴィスは嘲笑交じりに罵った。
「ないよな? なーんにもないだろお前。おまけに魔物と同類だ。善意で俺の仲間にしてやったが、役に立たないどころか俺たちにまで悪いうわさが立つ始末じゃねえか。いてもらっちゃ困るんだよ」
確かに俺は、魔物を使役する以上そんな偏見を持たれることもあった。だが、それは俺が一人で魔物と戦っていたころからずっとそうだった。レヴィスはそれをわかっていて俺を仲間にしたはずなのに。
「い、今更そんなことをいうのか!?」
「魔物を操れるって聞いて期待したんだぜ? 悪評があっても使えるだろうって……だが何の役にも立たなかったなあ!!」
そこまで言ったところで俺は後頭部を掴まれて顔面から地面に叩きつけられた。視界に星が舞い、痛みと共に唇にぬるりとした血の感触が流れ落ちる。
それでも、レヴィスは俺を何度も地面に打ち付けた。鼻血が床板を染め、顔が真っ赤に腫れ上がるころ、俺の顔を覗き込んでレヴィスが嘲笑った。
「無様だなぁおっさん? え? 抵抗できないどころか俺たちについてくることもできない! ま、年のせいならしょうがないよな?」
「そ、そんなことは……」
「お前と違って俺たちは前途有望なわけよ。それに引き換えお前はもうすぐ四十歳だ。おっさんは大人しくしていたほうがいいんじゃねえか?」
嘲笑と罵倒が続く。確かに俺は来年で四十歳だ。おっさんと呼ばれるのが妥当な年齢かもしれない。レヴィスや他の三人の仲間たちはまだまだこれから成長していき、成功に恵まれるチャンスはあるが、年を重ねた自分にはないと俺自身どこかで自覚していたのかもしれない。
「俺たち……そ、そうだ。お前以外の三人は承知しているのか?」
「ああ?」
「俺を追放しようだなんて、どうせお前の独断に決まっている! 三人の前で俺を追い出すと言ってみろ!」
レヴィスは俺が加入した当初から、俺に対して道具を使うような態度で投げかける言葉も罵倒か命令のどちらかだった。しかし、他の仲間は違った。年長者だからという事もあったろうが、まだ少なくとも対等に接してくれたのだ。彼女たちなら、まだ話を聞いてくれるはずだ。
だが、そんな俺の期待を見透かしているかのようにレヴィスは余裕の笑みを崩さなかった。むしろこれから起こることを楽しみにしているようにすら見える。
「はーぁ。ったく、しょうがねぇな。そろそろ、哀れなおっさんに現実ってもんを教育してやるか」
「ぐぎゃっ!」
レヴィスは俺が逃げられないように背中を踏みつけにすると外に向かって「入れ!」と叫んだ。部屋に入ってきたのは魔術師と剣士と武闘家の三人。だが、だれも俺のほうを見てはいなかった。
「い、いつから!?」
「最初からだよ。おう三人とも! 役に立たねえばかりか俺たちまで悪評の巻き添えにするような奴なんざ、いてもらっても困るだけだよなぁ!! 出て行ってもらおうと思うんだがどうだ!」
レヴィス言った。その口調、その態度。まるで反対など起きないことを予め予期しているかのようだった。
「レヴィスの言う通りよ。あんたが仲間だなんて、私たちにまで変な噂が立ちかねないわ」
女魔術師は完全にレヴィスに同調しているようだった。最初からこいつの弁護は期待していないから俺としても大したダメージはない。
しかし、それを受けて東の国から来た女剣士が言った言葉は、俺に強く突き刺さるものだった。
「言い方がきついぞ。そこまであしざまに言う必要は───」
「えぇ? 私なにか間違ったことでも言った? それにあんただって薄々このおっさんに前線はもうキツイってわかってるんじゃない?」
「それは……」
反論できずに女剣士が口ごもる。リンカが勝ち誇るように俺を見下したところで、武闘家が間延びした声で言った。
「まーなー。なあカイン、悪いことは言わないからもう引退したほうがいいぞ? 無茶をするとアタシたちもカインも危険だし」
がんっ、と脳みそを殴られたような気分だった。あるいは、最後の頼みの綱が目の前で断ち切られたかのような絶望。
「ギャハハ! みんなもそう思うよなぁ、そうだよなぁ! そういうわけでオッサン。もうお前は用済み。俺たち四人だーれもお前にいて欲しいなんて思っちゃいねぇんだ。わかるか?」
「そ、そんな……、待て! 待ってくれ三人とも!」
藁にもすがる思いだった。何かの間違いであって欲しい。三人に、今の言葉を訂正して欲しい頭の中にはそのことばかりだった。
だが、三人とも俺に用済みだと告げるだけが用事だったのか、俺が引き止めるのも無視して歩いて行ってしまった。絶望する俺の視界に、またレヴィスのニヤニヤ笑いが映る。
「残念だったなあ。三人とももう俺の女だ。安心しろよ。お前が抜けても使えるやつをちゃーんと補充しとくからよ」
「こ、この野郎……」
だが、そこまでだった。抵抗できない俺を相手にレヴィスの容赦ない暴力が始まる。鬱憤を晴らすという様子ではない。まるでいくら殴っても、怪我をさせてもいい。殺しても構わないような態度でレヴィスは俺を殴り続け、そして俺はいつの間にか意識を失っていた。