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第二話 誰にでも起こる、当たり前の現実


ネズミの魔物が死んだ瞬間に俺にも意識が遠のくほどの激痛が走った。死ぬほどではないが、それでも行動不能にするには十分な苦痛だ。


 「カインさん! だいじょう―――」

 「あいつの事なんかかまうな! 集中しろ!」


 倒れた俺に、パーティーへと加入してまだ日が浅い女剣士が声をかけようとした。しかしレヴィスがそれを遮る。やつは魔物を使役できるという効果を持つ俺の魔法、テイムの欠点を承知の上で俺に偵察を命じたのだから、驚いたり俺のことを気遣ったりするはずがないのだった。

 欠点はいくつかある。一つは使役できる魔物には限りがあること。これは俺が弱い魔物しかテイムできないという事だ。理由は不明だが強い魔物はテイムできない。


二つ目は、多量のマナを流し込むため使役した魔物は一日と絶たず死んでしまう事。俺が持つマナは膨大であるらしいのだが、俺自身はその膨大なマナの操作が下手なのだ。何度やってもうまくいかず、俺が流す膨大なマナに耐えられる魔物が居ない。


そして最大の欠点である三つ目。これは、魔物と俺が魂同士で結びついているせいで魔物が大ダメージを負ったり死亡したりした場合、俺にその影響、死の衝撃が跳ね返ってくることだ。これの威力はすさまじく、受ければ俺はたちまち戦闘不能になる。


 うずくまる俺を差し置いて、戦闘が始まった。剣戟の音が鳴り響き、爆風がゴブリンたちを吹っ飛ばしたらしい。俺が気絶していた三分ほどのうちに、戦闘はオークを倒すだけというところまで進んでいた。


 「こいつ、普通のオークよりもしぶとい……?」

 「どーするー? 一度撤退したほうがよくないかー」

 「確かに。依頼はあくまでゴブリンの討伐。ここでオークを見逃しても、私たちにお咎めはない」


 予想以上に強力なオークの個体だったようで、レヴィスたちは既に撤退ムードだ。だが、あそこにはまだ捕まっている人がいる。家族を失いこそしたものの、あの人はまだ生きているんだ。俺にはそれを見過ごすことはできない。


 「ま、待ってくれ。まだ生きている人が―――」

 「ああ? あいつか。あんなの助ける必要なんかないだろ。助けても何の得があるんだ」

 「そういう問題じゃない! 俺がオークの動きを止める!」


 そう言って俺はオークの魂と自分の魂を接続した。当然オークをテイムできるわけではない。だが、魂同士を接続して無理やりマナを流し込んだことで、一瞬だけオークの動きが止まったのだ。


 「ぐ、ぎゃああああ!!」


 だが、その代償は大きい。魂同士が接続された瞬間、魔物の魂に対して俺の魂が拒絶反応を起こす。そして俺はすさまじい吐き気やめまい、それに全身に鳥肌が立つほどの嫌悪感に襲われて立っていられなくなった。


 「チィッ」


 舌打ちを打ったレヴィスがオークの首をロングソードで切り落とす。どす黒い血が噴き出すとオークは倒れてそのままみるみるしぼんでいった。

 魔物は死ぬとしぼんで小さくなる。その小さくなった死骸からレヴィスたちは討伐の証であるゴブリンの耳とオークの牙を回収した。


 「おいカイン。何喚き散らしてんだ? うるせえんだよ!」

 「そうよそうよ! 倒れたら連れて帰らないといけないアタシたちの迷惑を考えたことないの? メンバーが失踪したら、真っ先にアタシたちが疑われるんだから!」


 レヴィスと女魔術師が俺を罵倒する。だが俺はその二人よりもゴブリンに捕まっていた男性のことが気になっていた。どうにかして立ち上がるとゴブリンたちの死骸を踏み越えて男性のもとへと駆け寄った。


 「大丈夫ですか?」

 「あ……」

 「しっかりしてください! わかりますか!?」


 男性の目はうつろで、返事ははっきりとしない。俺が男性の方を掴んで激しく揺さぶることで、ようやく男性は俺の存在に気が付いた。


 「あ、あなたは……」

 「魔物狩りの者で、カインといいます。あなたを捕まえていたゴブリンはもう死にました……その、一度目をつむって―――」

 「目を? ……ああサーシャ!  エリヤ!!」


 その名前を絶叫すると男性は女性と娘の死体に泣きすがった。やはり彼の家族だったらしく、男性は嗚咽を漏らしながら号泣した。

 だが、二人を運ぶことはできない。俺は張り裂けそうな胸を何とか抑えながら男性に声をかけた。


 「ここは危険です。一度町に戻って―――」

 「ふ、二人を。二人も連れて行ってください! 妻と娘なんです!」

 「それは―――」

 「できるわけねーだろ」


 言葉を選ぼうとした俺だったが、レヴィスは男性の悲しみなどお構いなしに吐き捨てた。「なんだと!」と食って掛かる男性に平然とレヴィスはつづけた。


 「死体なんて気味の悪いもの、載せられるわけねーだろ。魔物どころか野犬に襲われるかもしれないしな。そいつらはここに捨てていく」

 「す、捨てるだと!? 貴様!」

 「抑えてください! ここに置き去りにされれば、あなたまで死んでしまう!」


 男性をどうにかしてなだめる。どうにかして説得が終わる頃、レヴィスたちは既に馬車に乗り込んでおり、俺と男性は慌てて後を追いかけてギリギリで乗り込むことができた。


 「ま、待ってくれても―――」

 「待つわけねーだろバカ。大体、死にかけのおっさんと役立たずのおっさんなんて拾う意味ないしー?」


 女魔術師がバカにしたように言う。言い返せずに歯噛みしていると、助けた男性が俺に声をかけてきた。


 「あの……あなた、どうして私を?」

 「え? ああ。実は、俺も魔物に家族を殺されたんです」


 「え?」と男性が驚きの声を上げた。だが本当のことだ。俺は父親と貧しい皮なめし屋を営んでいたが、ある日俺が返ってくると魔物に父親を食い殺されていたのだ。

 その後俺は国教である女神教の教会に引き取られて育った。魔物狩りになったのは金を稼いで有名になり貧しい生活から抜け出すためだったが、それはそれとして家族を魔物に奪われた者として男性に同情したのだ。


 「そうでしたか。私も、家族でモークアの王都に引っ越す途中を襲われたんです。雇った護衛たちはあっという間に殺され、妻から真っ先に食い殺されました……」

 「あ、あの。無理に話さなくても―――」

 「いいんです。娘は生きたまま串刺しにされ、焼かれました。私は、見ていることしかできなかった―――」


 やがて馬車は森を離れ、崖沿いに差し掛かった。断崖絶壁というわけではないが、かなり切り立っており、まだ魔獣の森に近いため魔物も出没する地帯だ。


 「オークがいたんだから仕方ありません。とりあえず、王都についたら騎士団を頼って奥さんと娘さんの遺体を―――」

 「騎士団に? ハハ、ハハハハ」


 男性が不気味に笑い出す。その笑い声は感情を宿さないほど乾ききっており、それを聞いた俺はぞっと背筋を冷たいものが走るような感じがした。俺は何か、選択を誤ってしまったのだろうか。


 「いつ動いてくれるんです? 私以外にも魔物に遺体を奪われた方はたくさんいる。順番を待っていたら一体何か月後になるやら。その間に妻と娘は骨も残らず食われるに決まっています」

 「そ、そうだとしても、せめて―――」


 骨だけでも拾ってやってほしい。そう言いかけた俺に対して、男性は突然目をむいて怒鳴り散らした。


 「せめて!? ふざけるな! 私は何の役にも立たなかった! サーシャもエリヤも殺された! 財産も全て失った! そんな男にせめて生きていろと!? これ以上生きていて何になる!」

 「ち、違います! せめてって言ったのは―――」

 「アハ、アハハハハ、ギャァァァアッハハハハ!!」

 「だめです! 馬車がまだ走っているから座って―――」


 絶望のあまり、馬車の中で男性が発狂して笑い出す。揺れる馬車の中で立ち上がった男性を俺はどうにか座らせようとしたが、男性はもの凄い力で暴れると俺の手を振り切って馬車の外に身を乗り出した。


 「危ない!」

 「ア? ウワァァァァ―――」


 そう叫んだ俺が手を伸ばす。しかし時すでに遅く、男性は馬車から転落すると勢いそのままに崖の下へと転落していった。


 「そんな……」

 「おいカイン、うるせえぞ! こちとら疲れてんだから少しくらい寝かせろよ」

 「レヴィス。お前……!」


 人が目の前で死んだ。にもかかわらずあんまりな言いようのレヴィスに食って掛かった俺だったが、レヴィスはそんな俺の胸倉をあっさりと掴むとすさまじい腕力で地面へと押さえつけた。


 「ぐあ!?」

 「カイン。お前いい加減にしろよ……? トチ狂ったオッサンを載せる、騒ぎは起こす……そろそろ頃合いかもな?」


 レヴィスが俺を投げ飛ばすように話した。のど元を解放された俺がゲホゲホとせき込みながらレヴィスを見ると、その顔にはいつも俺に向ける人を小ばかにしたようなニヤついた笑みが浮かんでいた。


 「カイン、王都に戻ったら俺の部屋に来い。話がある」

 「話? 話って何を―――」

 「口答えするんじゃねえ。来なかったらぶち殺すからな?」


 レヴィスがすごむ。それに対して俺は余計に神経を逆なでしないように大人しく従うことにした。この判断が正しいか間違いかは別として、レヴィスの機嫌を損ねて余計に痛めつけられたり罵倒されたりすることもないと考えたからだ。それに、俺のテイム能力を有用だと考えているうちは、レヴィスが自分を追い出すこともないだろうと無根拠に楽観視していた。

 だが、もうこの時状況は手遅れになっていた。俺がそのことを最初に気づくことができたのは、王都に到着したその夜の事。

 レヴィスに呼び出された先でパーティーからの追放を宣告されたときの事だった。


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