第二十二話 思わぬ救援
「はあぁ……」
「ご、ご主人様。どうか元気を出してください。次の換金所ならきっと……」
「いや、もう無理だろコレ」
太陽が頭上に高く上る頃、俺はコレスクの広場で号令の杖にもたれながら盛大にため息をついていた。隣ではエリーがおろおろしながらどうにか元気づけようとしてくれるが、今の俺にはネガティブな反応しか返すことができなかった。
だが、それも無理もないことだと自分自身で思う。デリベスに追い出された後、午前中いっぱい使って五件ほど換金所を回ってみたが、どこでも相手にはしてもらえなかったのだ。それもこれも、発掘許可証がないせいである。
「レヴィスから発掘許可証を取り返せればなぁ」
「やはりあの狼藉者がすべての元凶でございますか。ではわたくしが―――」
「いや一回座ってくれ頼む落ち着けお願いします」
しがみつくようにエリーを座らせる。だが、俺は内心で彼女の言う事にも一理あるのかもしれないと思っていた。いよいよというときは、レヴィスから何とかして発掘許可証を盗み出すという手段はありなのかもしれない。
「って、何を考えてるんだ俺は。もう俺の発掘許可証なんて捨てているかもしれないじゃないか。あいつだって、自分の発掘許可証を持っているんだし」
「あれを倒して取り戻してはならないのですか?」
「誰彼構わず殴ろうとするのは本当にやめろ。それにしても、どうしたもんかなぁ……」
「カインってのはお前かぁ?」
肩肘をつく俺とうつむくエリー。途方に暮れる俺達だったが、悪いことは重なる者だったらしく、なんか知らないやつらがこちらにやってくるのが見えた。なんか、チンピラっぽい手合いだ。
「お前は誰だよ」
「ヒ、ヒヒヒ。お前、犯罪者なんだってなぁ。モークアで反逆しようとして失敗したんだろ?」
「それは根も葉もないデマだ。だからお前は―――」
誰なんだよ、とそう問おうとしたところで俺は周囲を複数人に囲まれていることに気づいた。エリーも察知したらしく、俺を後ろ手にかばいながら周囲を伺っている。
数は全部で十五人くらいだろうか。しかし、こいつらはどうして俺が反逆者だと知っているのだろうか。まさか、モークア王国から遠く離れたこの町にまで、俺が反逆者だという噂が届いているのだろうか。
「勇者様が言っていたぜぇ? お前は捕まえなくちゃいけない反逆者だってなぁ!」
「そうそう! お前を捕まえれば勇者様が報奨金を出してくれるってよぉ」
「ヒヒヒ! よく見ればいい姉ちゃんまで連れてるじゃねえか! 金のついでにもらっちまうか!」
俺を見下し、エリー嘗め回すように見て連中が笑う。どうやらまともに話し合う気はあちらにはないらしく、それなら名前などどうでもいいだろうと俺は妙に冷静な気持ちで納得していた。
「そうか。お前ら、レヴィスが俺を捕まえたら報酬を出すって言ったのか?」
「うるせぇ! 勇者レヴィスがあれだけ町の連中にカインという男が危険だって言ってたんだから、捕まえれば謝礼くらいは出るに決まってんだろ! それに、お前ら昨日は酒場で暴れたらしいじゃねえか! 周りを見てみろよ、みんなお前を怖がってるぜ!」
そういわれて周囲を見ると、確かにこの騒ぎを止めようとしている人間は一人もいない。みんな遠巻きに事の成り行きを見ているばかりだ。
おびえた表情は俺たちを囲むチンピラに向けられるものもあったが、その中には俺達に対しても恐れていたり迷惑そうな顔をしていたりだ。周囲は味方してくれないとすぐに悟ることができて俺はため息をつきながら弁明を試みた。
「あれはあっちが先に仕掛けてきたんだ。だいたいあいつが―――」
「イデデデデデ!」
母親の形見を盗んだんだ。そう言おうとしたその時、俺のすぐ隣から野太い男の悲鳴が上がった。何事かと振り返ると、そこには自分よりも二回りは大柄な男の腕をひねりあげるエリーの姿があった。
「エリー、どうした!?」
「この者がつかみかかろうとしたので、殴らずに腕をねじりあげているのでございます」
「だから誰彼構わず暴力はダメだって」
淡々とエリーは答えるエリーを止めようとしたその時だった。俺の死角から誰かの手がにゅっと伸びると、そのまま片手に持っていた財宝入りの袋を奪い取った。慌てて振り返るがもう時すでに遅く、おそらく連中の仲間らしいチンピラがもう逃げようとしていた。
「ハハハ! 悪いなぁ! こいつは頂いて―――」
「エリー!」
「かしこまりました!」
俺は素早くエリーの魔力パスをつなぐとそのまま攻撃を支持していた。俺の指示を読み取ったエリーはひねりあげていた巨漢をそのまま持ち上げ、袋を奪ったチンピラめがけて投げつけた。
巨漢は悲鳴を上げながらほぼ垂直に飛んでいくと、そのまま袋を盗んだ犯人に直撃した。二倍近い重量に衝突されたチンピラはそのまま顔から派手に点灯すると袋を取り落とし、中の財宝が地面にぶちまけられる。
「もうよろしいのですね? ご主人様!」
「武器は使うなよ、素手だけだ。あと殺すのもダメだからな」
待っていましたと言わんばかりのエリーに苦笑しながら俺はうなずいた。何にせよ、周囲の人間の目もある。俺たちは確かに酒場で暴れた危険人物として目されているようだが、こいつらが町の人に好かれているとは考えにくい。
となれば、俺とこいつらは町の人たちから見れば同じようなものだ。こうしているところを町の警備兵に見つかれば俺達も捕まるかもしれないが、自分から騒ぎを起こすのと自分の身を護るために少し手荒な真似をするのとでは心証がちがう。だから俺は努めて平静に、相手が動くのを待っていたのだ。
待っていたのだが……
「ギャアア!?」
「うごぶぎぇ!?」
「うわぁぁぁぁ―――」
そんな俺の考えとは裏腹に、エリーは俺の承認を得るや否やすさまじい勢いで飛び出していた。そしてそのまま目で追うのも困難な速度で一方的にチンピラたちを蹂躙していく。
その蹂躙ぶりたるや、一方的でなおかつ合理的な動きだと俺は思った。力任せに殴るのではなく、動きは抑えめ。しかしその分隙も小さく、手当たり次第に倒すのではなく近い者から一人ずつ戦闘不能にし、また気絶した者を力任せに投げつけて遠くの敵を倒している。
「ずいぶん上手い戦い方だな……」
俺が感心したのもつかの間、気づけばチンピラたちは全滅していた。彼女が手に負えない相手だと気づいた奴はとっくに逃げ去り、挑んで見捨てられたチンピラが現場に散乱している。
「エリー」
「はい」
「やりすぎ」
「なんと」
これではせっかく相手から仕掛けてくるのを待った意味がない。というか、エリーの見た目だけなら彼女一人でこれをやったといっても警備兵が信じるかどうか怪しいくらいだ。仕方なく俺は手早く奪われた財宝を回収してエリーに預けると、まだ意識があるチンピラを探しだした。
「おい、お前」
「ひ、ヒィィ! 殺さないでくれ!」
「殺しはしない。だからいくつか答えてもらうぞ」
レヴィスが出しているという報奨金について俺が聞こうとしたその時だった。遠くから、甲高い笛の音が聞こえ、広場にいたやじ馬たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。見てみると、軽鎧に身を包んだ警備兵たちがこちらに向かってくるようだ。どうやら誰かが通報していたらしい。
「貴様ら! ここで何を……あっ! 中年で真鍮の杖を持った男と長い黒髪の女……貴様ら、勇者レヴィス殿に暴行を働いた犯人か!」
その中の一人が俺とエリーを指さして言った。やはり昨日の事は既に警備兵へと伝えられていたらしく、俺はエリーを連れ立って逃げようとした。しかし
「逃がすな!」
「囲め! 女のほうは人間のふりをした魔物だ。何をしでかすかわからないぞ!」
さすがに訓練された警備兵はチンピラとは鍛え方が違ったらしく、組織だった動きであっという間に俺たちは包囲されてしまう。
「まずいな。エリー、もう一度俺を抱えて飛んでくれ」
「かしこまり―――」
ました、とエリーが言おうとしたその時だった。俺たちの足元に何かが投げつけられると、それは黄色い煙幕を噴出した。そして
「うっ、ゴホゲホッ!!」
「ご主人様!? う、これは……」
「まずい。鎮圧用の催涙爆弾だ……!!」
黄色い煙幕が俺やエリーの顔に届いたその瞬間、俺たちは悶絶して倒れてしまった。鼻と目に激痛が走り、涙と鼻水が止まらない。エリーでさえ戦闘不能になっていることから、この催涙爆弾はおそらく魔物に対しても有効な物なのだろう。この町は広大な魔獣の森の外縁近くにあるから、常備されていてもおかしくはない。
「伏せてください! 煙幕を払います!」
何とか皮膜の翼を展開したエリーが羽ばたいて煙幕を吹き散らす。しかし煙幕が晴れると明らかに人間でない彼女の姿が現れ、警備兵たちには一層の緊張が走った。
「あ、悪魔の翼だ……」
「本当に魔物だったんだ!」
「レヴィス殿に応援を要請しろ! それと増援もだ!」
警備兵たちが口々に叫ぶ。慌ててエリーの容態を確認したが、まだ彼女は目も鼻もやられた状態であり、このまま飛んで逃げるのは無理だ。
しかし、俺たちが動けないと悟った警備兵たちが槍をこちらに突き出しながらジリジリとにじり寄ってくる。杖しか持たない丸腰の俺では、この数の警備兵にかなうはずもない。
(くそっ、どうすれば……!)
焦りを募らせながら俺が脳みそを振り絞っていたまさにその時だった。視界のはずれ、どこからともなく一つの球が俺たちの側に転がり込んでくると、その球が白い煙幕を吹きあげたのだ。
「なんだ!?」
また催涙爆弾か。そう警戒した俺だったが、煙幕は煙たいだけで目鼻に刺激が走る様子はなく、憲兵達には動揺が走っている。どうやらこの煙幕は、俺達でも憲兵でもない誰かが投げ込んだもののようだ。
「ほら二人とも、こっちにきて」
「なんだ!? 誰だ!」
突然、俺たちの背後から煙幕に紛れて声が聞こえた。そして声の主のものと思しき手が、俺とエリーの袖をつかむ。
「私が誰かなんてどうでもいいじゃないか。ほらほら、今のうちに逃げなきゃ」
「げほげほ……ご主人様、このものは……」
「……エリー、ついてこい。今はこいつの指示に従おう」
どこの誰かはわからない。しかし、追い詰められていた俺たちにとって救いの手を差し伸べているのは間違いない。
そう判断した俺はエリーを伴うと声の主が支持するまま、煙幕に紛れて広場から逃走するのだった。




