表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/30

第一話 魔獣の森にて


 「チッ、魔物がいやがるな。おいカイン。あれ手なずけてこい」


 昼間だというのに薄暗くなるほど鬱蒼と茂った森の中の事だった。醜く肥大化したネズミのような魔物を前にして、赤い髪をした二十歳くらいの男……レヴィスが俺に命令した。その口元は俺を蔑むように口角が上がっている。できるかどうかなどどうでもよく、成功すれば便利に使い、失敗すれば少なくとも笑いものにできる、という程度の考えなのだろう。


 「ちょっとおっさん、なにボーっとしてるのよ。レヴィスが命令してるでしょ? 従いなさいよ」


 魔物の前だというのにレヴィスの腕にべったりと抱き着く女が俺をせかす。ダメだ、こいつは基本的にレヴィスの愛人みたいな状態だから俺の味方になるわけがない。仕方なく俺はため息をつきながらゆっくりと魔物に向かって接近した。


 「気づいてくれるなよ……」


 小さくそう祈りつつ慎重に魔物に近づいていく。幸いにも魔物は目の前の誰とも知れない死体の腐りかけた肉をむさぼるのに夢中で、俺の接近には気が付かない。もし途中で気取られれば魔物が俺に襲い掛かるだろう、かといってレヴィスに逆らえばどんな目にあわされるかわからない。無事にテイムを成功させるしかないのだ。

 だが、そんな俺の努力とは無関係なところでアクシデントは起きた。突然どこからともなく石が飛んでくると木の幹に当たり、跳ね返ると死肉をむさぼる魔物に命中したのだ。


 「おい!」

 「あ、ごめーん。援護してあげようかと―」


 背後を振り返るとそこにはおどけた様子でこちらをバカにする女がいた。その隣でレヴィスは爆笑しながら俺のほうを指さしている。もう一度魔物に目を向けると、魔物はもう既に跳躍しながら俺に襲い掛かっていた。


 「うわぁ!?」


 とっさに両腕でガードするが、魔物は子犬くらいの大きさながらとんでもない膂力でその鋭い齧歯を向けてくる。「助けてくれ!」とレヴィスに叫んだ俺だったが、レヴィスはさらに爆笑すると吐き捨てた。


 「冗談キツイぜおっさん! 二十年も魔物狩りをやってるんだろ? 自分で何とかしろよ!」

 「リンカが邪魔をしたからこうなったんだ! 何とかしろよ!!」

 「ハァ? おっさんの癖になにえらそうに命令してるのよ。役立たずのおっさんの癖に」


 抗議しても二人がまともに取り合う様子はない。そうこうしているうちに魔物は一度体を引くと、再度俺の身体に体当たりを仕掛けてそのまま俺の左腕にかみついた。


 「ぐあああ!?」

 「ぐあーって、ぐあーって! マジウケるんですけど!」

 「ぎゃははは!!」


 二人は何が楽しいんだ! だがそんな叫びをあげても何にもならないので、俺は激痛に耐えながら右手にマナを集中させた。


 「て、テイム!」


 俺がそう叫んだ瞬間、右手に集まった青色のマナが俺の魂と魔物の魂を接続した。そして魔物に俺のマナが流れ込むと、魔物は途端におとなしくなった。そして、魔物は左腕から離れると動かなくなった。だが、死んでしまったわけではない。


 「はぁ……はぁ……」


 荒く息をつきながら成功を喜ぶ。これが俺の魔法、テイムだ。特定の魔物に対して俺の魂を接続し、そこからマナを流し込んで操るという魔法。ただしテイムできる魔物は限られており、しかもその魔物が近くにいると動悸をおこすという妙な現象が起きる。おかげでテイムするにも一苦労だ。


 「ほら。きったない左腕さっさと洗いなさいよ」


 だが、俺が休んでいるのもお構いなしに女は上から左腕に向かって無造作に薬液を振りかけた。高級ポーションだ。即効性があり、本来緊急時に使うポーションがまるで湯水のように惜しげもなく使われている。

今に始まったことではないが、もったいないとは思わないのだろうか。このくらいの怪我なら高級ポーションを使うまでもないはずだし、そもそもこの女が邪魔をしなければ怪我をすることもなかった。

もっとも、俺を長くいたぶるのが目的なら、怪我を治すのは理にかなっているのかもしれないが。


 「ったく、お前は使えねーなカイン。魔物一匹テイムしてくるのにいつまでかかってるんだよ」

 「い、いや。リンカが邪魔しなければ―――」

 「ハァ!? なに? アタシのせいって言いたいわけ? このグズ!!」


 俺が弁解しようとした瞬間、女のほうが俺を蹴り倒すとそのまま顔を踏みつけにしてきた。その様子に呆れたようにレヴィスが口を開く。


 「その辺にしとけよリンカ。一応ここは魔獣の森。人間ばかりを殺して食う魔物の巣窟だ。タニアとカレンもそろそろ目的の―――」

 「待ってレヴィス。そのタニアとカレンから連絡がきた。はいはーい、どしたー?」


 その時、女のポケットから鈴のなる音が聞こえてきた。女がその鈴を取り出して話しかけると、鈴の音に交じって女の声が聞こえてきた。


 『カレンです。目標のゴブリンを発見しました』

 「おう、ご苦労だったな。俺が向かうまで待機してろ」

 『了解。ゴブリンを監視しながら待機します』


 その言葉を最後に鈴の音がやむ。そしてレヴィスは女についてくるように促すとそのまま歩き出した。


 「ほらグズ。さっさと歩け。そいつもつれて来いよ」

 「ま、待ってくれ。マナの安定には時間が―――」

 「聴いてねえよバカ! さっさとこい!!」


 レヴィスによって半ば引きずられるようにして無理やり歩かされる。どうにかマナを操作して魔物をついてこさせるが、魔物の体色はもう不自然な緑色に変化している。それでいて取りも不安定だ。俺がテイムした魔物は一日と経たず死ぬのに、これでは現地に着くまで魔物の命が持つかどうか……


 「おー、きたかー」

 「レヴィスさん、ゴブリンの一団は動いていません」


 待機していた武闘家の女と剣士の女に促されてレヴィスが目を凝らす。俺も後に続いてみてみると、その先には森の中の廃墟でたむろしている緑色の肌に子供くらいの背丈をしているゴブリンの姿があった。


 「あれは遺跡か? こんなところに古代ウラル王国の廃墟があったとはな」

 「どうするー? 奇襲するなら今じゃないかー?」

 「いいや。何かあるかもしれねぇ……おいカイン」


 間延びした口調で武闘家の女が尋ねると、レヴィスはやっとの思いでついてきた俺を振り返って命令した。


 「魔物を先行させろ。偵察させて来い」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ……息を整えさせてほしい。それに魔物が死んだら俺は―――」


 何でもないように言うレヴィスだが、魔物の操作ははっきり言って楽ではない。せめて呼吸が落ち着くまで待ってほしいと言いかけた俺だったが、言うよりも早く魔術師の女が魔物を持ち上げていた。


 「待ってくれ。まだ―――」

 「ああもうウザったいわね……せーの!」


 いうや否や、魔術師の女は俺がテイムした魔物を抱えて放り投げた。風の魔術による追い風も手伝い、ネズミの魔物がゴブリンたちの後ろに墜落する。ベシャッという音ともにゴブリンたちが振り返ったが、慌てて俺は魔物をじっと動かさずに死んだふりをさせて事なきを得ることができた。


 「ぐっ……お、おい!」

 「どうせ長生きしねえんだから文句言うなよカイン。それよりさっさと状況を見ろ」


 声を荒げる俺だったが、反論はレヴィスによって押し込められた。言い出してもどうにもならないと思った俺は仕方なく魔物の視界を通してゴブリンたちの拠点を観察した。

ここで頼りになるのは視界だけではない。魔物には魔物特有の気配があり、テイムという魔術を使える俺にはそれを察知することができるのだ。

使役した魔物を介して気配を探る。最初に感じたのはゴブリン四体の気配。報告に会った通りかと思った俺だったが、その直後ゴブリンよりもはるかに大きな気配を廃墟の奥に感じた。


 「なんだ? ゴブリン……いやゴブリンよりも大きい。しかも猪頭……マズイぞ。オークだ! オークがいる!」

 「はぁ? 見間違いでしょ? 依頼書にはゴブリンだけだって―――」

 「いや、魔獣の森にオークは出る。ゴブリンを手下にして率いている例も珍しくはねぇ。おいカイン。他には何もないのか。見落としがあったらぶっ殺すぞ」


 レヴィスが俺の髪を引っ張りながら頭を揺さぶって促す。それで集中を乱されそうになりながらもなんとか魔物との接続を保った俺は、魔物を崩れかけた廃墟の壁をのぼらせると上から全体の様子を見た。すると


 「まずい。あいつら人を―――」


 廃墟の中には両親とその娘と思しき三人がいた。いや、一人というべきか。父親は絶望した表情で廃墟の壁にうなだれており、母親だったらしい人間は内臓をぶちまけて死亡している。そして子供は、くし刺しにされた状態のまま焚き火であぶられていた。


 「ああもう! まどろっこしい! もう行くわよ!」

 「待て! 中には人が―――」


 人間が捕まっているのなら慎重に動くのが鉄則だ。だがそうであるにもかかわらず、女魔術師は飛び出してしまった。レヴィスが後を追い、女剣士と女武闘家がそれに続く。

 仕方なく俺は魔物をゴブリンたちに突撃させた。少しでもかく乱することを目的にした突撃だったが、俺の魔物はゴブリンたちに蹴り飛ばされるとオークが持つ大ぶりな斧の一撃を受けてあっけなく絶命した。


 そしてその瞬間、俺の身体には斧の一撃を受けたような致命的な衝撃と激痛が走った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ