第十八話 思わぬ遭遇
パイアとの戦闘から数日後、俺はエリーに背負われて空を飛んでいた。体験した事のないようなスピードで、広大な魔獣の森の森林が眼下を過ぎ去っていく。
それにしても、何度見てもエリーの膂力には驚かされるばかりだ。背中にしがみついている俺の重量に加えて、かなりの重量になったある荷物を彼女一人で全て抱えている。そのうえで、この高速の飛翔なのだ。パイア戦の時にオークどもとパイアを、宙を舞って翻弄して見せたのもうなずける。
振り返ると、白と黒がシャボン液の表面のように入り混じる結界に包まれたウラル城はもう見えなくなっていた。
「ご主人様、ご不便はございませんか?」
エリーが荷物から水筒を取り出すと俺に差し出しながら尋ねた。彼女にとっては飛行しながら俺の世話をするくらい造作もないことらしい。
「いや、大丈夫だ。それにしてもエリーは早いな。本当に日が沈む前に到着しそうだ」
今俺たちが目指しているのは魔獣の森から東に位置するガニーシュカ帝国だ。俺が住むウラル地方には三大国家と呼ばれる三つの大国があり、ガニーシュカ帝国はそう呼ばれる国のうちの一つである。
どうして俺たちがそんな場所に向かうことになったのか。それは数日前、パイアを倒した後に行われたエリーの提言がきっかけだった―――
パイアとオーク軍団の死体を丸一日かけて処理し終わった後、俺はエリーの案内で城の図書館に連れられていた。半壊していたものの図書館は非常に広く、エリーの説明によれば古代ウラル王国時代には一般市民にも開放されていたという。
「ご主人様、以前わたくし以外の十二神獣の所在についてお尋ねになられたのを覚えておいでですか?」
「ああ。でも全員行方不明らしいじゃないか」
「紛らわしい回答をしてしまい申し訳ございません。ですが一体だけ、所在が分かっている神獣がいるのです」
エリーは俺に答えながら一冊の分厚い本を書棚の奥から取り出してくると後半部分のページを開いて俺に見せた。
「これは?」
「王命によって編纂された百科事典です。もちろん、神獣のことについても民衆に教えても問題ない範疇に限られますが記載されています」
本をのぞいてみると様々な固有名詞の中に一つだけ『ラファ』という人の名前のような項目がある。下の解説を見てみると、思った通り十二神獣の一体であることなどが説明されていた。
「ラファ……」
「十二神獣の中でも知恵者として知られていた者です。ご主人様や家臣たちに政治について助言し、十歳未満の子供向けに教室も開いておりました」
「そのラファっていう神獣の居場所を知っているのか?」
「はい。ここより東、ガニーシュカ王国のある雪山に引きこもっております。二百年ほど前までわたくしとともにこの城を守っていたのですが、ある日わたくしに別れを告げて出ていったのです」
うなだれた様子で彼女が語るところによれば、エリー自身はこの城を保全しなくてはならないため、追いかける訳にもいかなかったそうだ。それにしても、どうしてラファは城を出ていったのだろうか。
それを聞くが、エリーの答えは芳しいものではなかった。
「わかりません。私と違う点といえば、よく人里に出ていたという点くらいでした」
「そうなのか。それで、ラファが力になってくれるのか?」
「はい。前回ハーディン王が魔王に立ち向かった際には十二神獣全員で立ち向かって相打ちに持ち込まれました。ですので、ご主人様が闇王討伐を望まれるのでしたら、ラファを含めた十二神獣を再集結させるのがよろしいかと」
それを聞いて俺はエリーがパイアやオーク軍団を相手に互角以上に立ちまわっていたことを思い出した。確かにラファを含め、他の十二神獣もエリーと同じくらいの力を持っているとすれば、頼もしい味方になってくれるだろう。
「加えて、ラファは十二神獣の中でも知恵者。ほかの行方不明となっている十二神獣を探すために、きっと良い方法を思いついてくれるはずです」
「なるほど。それなら会いに行こう」
こうして俺とエリーは城が荒らされないように結界を張り、ラファに会うために一路ガニーシュカへと向かうのだった―――
日が傾きだしたころ、夕暮れの中に町が見えてきた。エリーが怪しまれないように町の手前で着陸し、俺とエリーは旅行者を装いつつ、今晩はこの町の中で休むことにした。
町の名前はビングリといい、人が活発に行きかう発展した町だった。酒場や宿屋、武器防具を売る店が多く立ち並び、路地を一つ入ったところには扇情的な服を着た娼婦が客引きをやっている。
町の中に入って早々に、エリーが周囲の光景を見渡して感心したように俺に言った。
「それにしても、ご主人様の言う通りでございましたね。これほど賑わう町であれば物も多く、旅の支度も容易でしょう」
「そうでもないさ。前から魔獣の森の周りにある宿場町は、よく使っていたからな」
実をいうと、この町は俺が指示した通りにエリーが探して見つけた町だった。これから旅をするにあたって、俺達にはどうしても解決しなくてはならない問題があったからだ。
「当然といえば当然だけど、あの城の物は全部ダメになっていたからな。使えそうな物もだって、盗まれたり壊れたりしていいような物じゃないし」
「わたくしとしては、宝物庫の財宝もできる限りそのままにしたかったのですが……」
「路銀を確保するためだ。わかってくれ」
そう、それは旅をするための道具も路銀もないことだった。それらがなくては旅を続けることはできない。その問題を解決するべく、城から持ってきた財宝を路銀にするために換金所を探して魔獣の森に近い町を見つけたのだ。
「魔獣の森に近ければ、魔物狩りや遺跡の調査団が宿場町に訪れる。これだけ発展していれば換金所もあるはずだが……今日はもう遅いな。寝る場所を探そう」
「はい。ですが、オークが戦利品にしていたお金で足りるでしょうか」
「まあ、大丈夫だろ。最悪、馬小屋で寝てもいいし」
「そういうわけには……あ、ご主人様。宿がありました。あそこに入りましょう」
エリーが俺を馬小屋には寝かせまいと目についた宿屋に入った。俺は苦笑しながらもわざわざ馬小屋に寝ることもないと彼女の後に続く。
そうして入った宿屋だったが、かなり広いつくりをしていた。一階は酒場として兼業しているらしく、従業員もたくさんいる。だが、ふるまわれている料理はどれも同じで、内装はそれほど豪華という様子ではない。おそらく、大量にいる節約したい魔物狩りや調査団向けに安く経営している宿屋なのだろう。
「では、座る場所を見つけてお食事を―――」
「席は俺が確保しておくよ。宿と食事を頼んでもいいか?」
「かしこまりました」
エリーがカウンターに行くのを席に座って見送る。一息ついたところで俺はさっと周囲を見た。どうやら俺がモークア王国で追放刑になったことはここでは知られていないらしく、こちらを見ている人間はいなかった。
とはいえそれも当然だ。モークアでの罪を他国であるガニーシュカが咎めるはずもない。そう考えてゆっくりと背もたれに寄り掛かったその時だった。
「ぎゃあ!?」
突然、椅子から蹴り落された。何事かと起き上がろうとしたところでそのまま胸を踏まれて床に押さえつけられる。
「なーにしてんだよ、おっさん。てか、よく生きていたな?」
頭上から降ってきたのは聞き覚えのある声。足を覆うブーツもよく見れば見覚えがある。俺の動作がトロいと言っては何度もこのブーツに蹴り飛ばされたのだ。忘れられるはずもなかった。
「レギン……!!」
俺に国家反逆罪という濡れ衣を着せ、あげく踏み台にしてのし上がっていった男。レギンのニヤニヤといやらしく嗤う顔が、俺の頭上にあった。
追放された無能のおっさん魔物使い、実は最強の神獣使いでした ~転生した神獣使いによる大器晩成の成り上がり~
第一章はこれにて完結です。次回は用語解説やキャラクターの設定をイラスト付きで掲載します。




