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第十五話 ハーディン王の再誕


 「助かった……?」


 パイアの光線攻撃は、俺の頭上を通り抜けていった。仰向けに寝そべる俺の目には、天井がえぐり取られて夜空が見える光景が映っている。一体何が起きたのだろう。

 不思議に思ってあたりを見渡してみると、そこには石の台座に突き刺さる真鍮の杖があった。


 「ここって……まさか、あの地下の小部屋?」


 部屋の間取りや自分が助かった理由から想像して、それ以外に答えはなかった。だが、凍小部屋は中庭にあったはずで、俺がパイアに吹っ飛ばされた方向にはない。不思議に思った俺だったが、エリーの言葉を思い出して納得した。


 「そうか。この部屋、ハーディン王の生まれ変わりに反応して扉が開くってだけで、どこに扉があるかは決まっていないのか。だから、扉の場所や位置は特に定まっていない……」


 だとすれば、あの時エリーが俺を探し回った理由も説明がつく。どこに現れるかもわからない扉の中に消えたのなら、どこでいなくなったかなどわかるはずがない。俺は勝手に反応して開くこの部屋に、命を救われたのか。

 だが、その幸運をかみしめる暇はなかった。外から勝ち誇るようなパイアの高笑いが響いてきたのだ。


 「ハハ、ハハハハ!! 死んだ! ハーディン王の生まれ変わりを殺したぞ! これで魔王様の懸念も晴れようというものだ!!」


 残念だったなパイア、俺はまだ死んでいないぞ。それどころか、いま俺の目の前にはエリーが持ってきてほしいと切望した号令の杖がある。まだ、逆転の可能性は消えていないのだ。

 台座に歩み寄る。そこに鎮座する杖を今度こそ引き抜こうと握ったその時、俺の頭の中にまた様々な記憶が浮かび上がった。


(……いや、負けない!)


 今の自分が塗り替えられる恐怖が俺の中に蘇る。しかし俺はそれに耐えながら、力を求めて杖を握りしめた。

 すると、自分が塗り替えられる恐怖が別な物へと変質した。新しい記憶を植え付けられるのではなく、色あせた記憶が元に戻るかのような感覚。そして、俺の中に自らの原点ともいえる一つの感情が芽生えていた。


 「ああ、やっぱりそうだ」


 思い出したのは、やはり怒りと悔しさだった。家族を殺した魔物への怒り。家族の窮地に間に合わず、間に合ったとしても何もできない無力な自分への怒り。エリーの姿によって揺り動かされたそれらの感情は、今はっきりと俺が戦う動機としての形を得た。


「情けないなぁエリプマヴ。城も、主人も守れない無能め! お前が戦う意味など、ありはしない!」


 またあの耳障りな声が響いてくる。うるさいブタだ。俺のために戦ってくれたエリーを、よくもそこまで罵れるな。

 両手に力をこめると、号令の杖はいとも簡単に引き抜けた。階段を上って地上に出た俺は、楽しそうにエリーを罵るパイアを睨むと真鍮でできた号令の杖をカァンと地面に打ち鳴らした。


 「ずいぶんと楽しそうだな」

 「なに? ……き、貴様っ! 生きていたのか!?」

 「ご主人様! ご無事で!」


 歓声を上げるエリーに俺は来いと命じた。その言葉を待っていたかのように、エリーが飛んできて俺の背後に控える。

 それで彼女がいつでも飛び出せると確認した俺は、パイアの巨体に向けて声を張った。


 「一つ聞かせてもらおうか。パイア」

 「な、なんだ」

 「お前たち魔物はなぜ人間を襲う。お前たちに何のうらみがある」


 自然と高く声を張り上げる俺に、パイアは少しポカンとしたようだったがすぐに笑い出すと楽しそうに答えた。


 「そんなこと決まっているだろう。ただ楽しいからだ」

 「たの、しい……?」


 あまりの答えに背後のエリーがオウム返しをする。そんな彼女の様子がますますおかしかったのかパイアは嘲笑いながら続けた。


 「ああ! 人間を殺すのは楽しい! オレたちが栄えるのは最高だ! 同じ魔物たちは意思表現こそできないが、みんなそう考えているだろう。魔王様が力をお与えになるのも、オレたちを栄えさせるために違いない」

 「意味が、分からない……それでなぜ……ご主人様を、私たちの城を踏みにじれる……」


 パイアが首を傾げた。そして、まるでエリーが物分かりの悪いバカであるかのように、見下した態度で言い直した。


 「そうだなァ。一言でいうなら……オレたちは『自分さえよければそれでいい』っていう考えで動いている。この城を壊すのも魔王様と魔物が栄えるため。人間を食うのも旨いから。お前たちも楽しいから遊ぶだろ? それと同じだ」

 「お前、お前ェ!!

 「……落ち着け、エリー」


 その落ち着き払った俺の言葉に、エリーがはっとして黙り込んだ。だがそれは、俺が冷静だったからではない。

 実のところ、俺にはパイアの答えがわかり切っていた。こいつの所業を見れば、ろくでもない理由からこんなことをしているのは簡単に想像がつく。

 では、どうして俺は質問をしたのか。それは


 「そうか、わかった」

 「ほう! ではそろそろ死んで―――」

 「もういい。お前が死ね」


 怒りのあまり一周回って静かだった俺の中で、怒りの感情が再燃させるためだ。こんな奴に今世で家族を殺された。こんな奴がいるせいで、俺と同じ悲しみを負う人たちがいる!

 自分の中で怒りを燃やす。確固たる決意をする。

 目の前のデカいブタを、エリーとともに問答無用で叩きのめす決意だ。


 「エリー、行ってこい!」

 「はい!」


 俺の合図にエリーが風のように飛び出す。それに合わせて俺は杖を構えると、杖を介してエリーと自分を魔力パスで繋げた。


 「右から牙を振り上げてくるぞ! かわしてアゴに一撃叩き込め!!」

 「了解しました!!」


 パイアの攻撃を難なく回避したエリーが、俺の指示通りにメイスを叩き込む。この時俺は、エリーが主観で感じている視界やスピード感、攻撃の手ごたえまでもが手に取るように感じとることができていた。号令の杖が俺にエリーが感じているものをほとんどそのまま、俺に伝えているからだ。


 「プギャァ!? ば、バカな! 攻撃が強くなっているだと!?」


 しかも、号令の杖は俺の魔力供給を補助する機能も持っている。ボルゲアと戦った時よりもはるかに多くの魔力が、エリーの身体能力を劇的に上昇させたため、小さなメイスでも大ダメージが入るようになったのだ。

 さらに


 「エリー、上だ! オークたちが矢を射かけてくるぞ!」

 「ご主人様は!?」

 「俺のことは気にするな!」


 それと同時に、俺には自分の視点も見えている。いままで魔物を使役してその視界を覗くには、全神経を集中させて魔物と自分の意識を一致させなければならなかった。しかし、その役割を号令の杖が肩代わりすることで、俺はエリーの視点と自分自身の視点という二つを同時に見ることができる。エリーを狙って奇襲を仕掛けても、俺が気づいて回避を指示できるというわけだ。

 射かけられた矢の雨に対して、エリーは距離をとることで回避した。そして助走をつけると再びパイアに殴りかかった。


 「エリー、右側だ! 俺がさっき右目をつぶしたから、奴は右側が見えなくなっているはず。そこを狙うんだ!」

 「かしこまりました!」


 俺の指示に従ったエリーがパイアの右目側に回る。思った通りパイアは右側が見えていないようで、一方的に攻撃を通すことができた。


 「ぬぅ、ちょこざいな! 今に撃ち落としてくれる!」


 身体の側面を乱打されたパイアだったが、まだ余力があるらしい。やつがそう叫んだ瞬間、体毛が全て逆立つと、まるで矢のように四方八方に打ち出されて俺とエリーに殺到した。その間一秒未満。普通なら回避は不可能。俺もエリーも串刺しだ。しかし


 「エリー!」

 「『黒き帳の加護』!」


 エリーが物理攻撃を防ぐ黒い防御結界を展開して俺の前に立った。エリーが戦う間、俺はその二人を俯瞰する視点を持つ。急な攻撃が来ようと、簡単に先読みして回避や防御を指示できる。

 そして、それらの思考は号令の杖を介して瞬時にエリーへと伝えられる。それこそ号令をかけるように、ただ名前を呼ぶだけでエリーは俺の支持を理解して、攻撃を防御したのだ。


 「今の攻撃を、防いだ……だと!?」

 「もはやあなたに勝ち目はありません。さあ、死ぬ覚悟はよろしいですか」

 「おのれ……こうなったら最後の手段よ!」


 そう吠えた直後、パイアが俺のほうに向かって突進してきた。すさまじい勢いだが、しかし距離が遠すぎる。俺は難なく回避することができたが、パイアはまるで最初から俺が狙いではないかのように突進し続けると、中途半端な場所で停止した。


 「いったい何を……?」

 「ギャアアアア!!」


 パイアのいる場所から悲鳴が響き渡った。エリーに高く飛んで様子をうかがわせると、そこにあったのは信じられない光景だった。


 「オークを……食っている……!?」


 パイアは地面に顔を突っ込んで逃げ惑うオークどもを貪り食っていた。地面に飛び散った血しぶきすら舐めとっている。

 何より恐ろしいのは、パイアから放たれる魔物特有の気配がオークを食うたびにどんどん増大していることだった。やがて生き残っていたオークどもを全て平らげると、パイアは地面に足を食い込ませて自分を固定した。


 「残念だが……ここを魔王軍の拠点にするのは止めだ。オレの渾身の一撃で、この城もろともお前たちを跡形もなく破壊してくれる!!」


 そう宣言すると、パイアが雄叫びを上げた。そしてそれを合図に、二つの牙の間に赤黒く禍々しい雷のようなエネルギーが球体となって集まっていく。それを見た俺は、それが先ほどの極太光線の攻撃の亜種であること、あれが炸裂すればこの辺一帯を跡形もなく吹き飛ばすだろうと直感した。

 エリーにも防御手段はある。しかし


 「エリー、お前の持つ『帳の加護』は―――」

「残念ながら、規模と威力が強すぎます。今の姿では、とても……!」

 「なら、元の姿に―――」


 俺は号令の杖で彼女をもとの神獣の姿に戻そうとした。しかし


 「できない!?」


 元の姿に戻れ。そう念じても彼女は元の姿には戻らなかった。まるで彼女の身体事態に何かがまとわりついて、本来の力や姿を封じているかのようだ。

 そうこうしている間に、とうとうパイアの攻撃が発射体制に入った。エネルギーの球体がそれ以上大きくなり、パイアがその球体を振り上げたのだ。


 (どうする……!!)


少なくとも今のエリーでは防御できない。このままでは城も俺も、そしてエリーもまとめて木っ端みじんだ。

 考えろ。自分の記憶をひっくり返して突破口を探せ、なければ作り出せ。そうだ。なぜなら―――


 (俺はもう二度と、目の前の理不尽に負けたくない―――!!)


 理不尽には奪わせない。大切な人を亡くす悲劇を食い止める。それが、俺が戦いたいと願った最初の理由だ―――!!


 「カァァァァ!!!」

 「エリー! 防御しろ!!」


 パイアの咆哮と俺の叫びが重なり、黒い球体が爆発して城を飲み込んだ。


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