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第十二話 否定と現実逃避


 (なんだ……? またあの夢か)


 それは、何度も見たはっきりとわかる夢だった。エリーに曰く前世の記憶だというそれがまた俺の目の前で流れ出す。感覚としては他人の日記を見ているようだ。間違いなく起きたことなのだろうというのは漠然と理解できるが、自分の実感には何も伴ってこない。

 だが、その夢はなんだか気味が悪かった。これ以上その夢を見続けることに嫌な予感を覚えた俺だったが、夢は俺の意思とは無関係に進み続ける。


 (誰かいる)


 俺の目の前には、見上げるほど大きな黒い異形のシルエットが立ちふさがっている。 

 困惑した俺は、次に自分の周りに誰も居ないことに気が付いた。神獣たちの姿さえなく、ここには俺と黒いシルエットの誰かがいるだけ。そればかりか、何か焼け焦げているかのような異臭まで感じる。

 これは何を示しているのだろうか。俺が困惑していると目の前の異形が変形しだした。見上げるほどの大きさは徐々に縮んでいき、黒いシルエットから鎧を身に着けた見覚えのある姿へと変貌していく。


 (レヴィス……!?)


 それは間違いなくレヴィスだった。俺を魔獣の森へ突き落したあの日と何も変わらないニヤニヤ顔を浮かべながら、こちらに見下した視線をよこしている。


 (でも、なんでレヴィスが俺の夢に……?)


 ドクン、ドクンと心臓が跳ねるように伸縮を繰り返す。俺の中でレヴィスは存在それ自体が完全なトラウマだ。言いしれない不安と嫌悪を感じた俺は今すぐ目が覚めるようにと祈った。


 「いいご身分だな? カイン。お前なんかがかいがいしく世話を焼いてもらって? 広い風呂に入って? うまい飯を食って? いいベッドで寝る? まるでお貴族様みたいだ」


 だが、夢が終わることはなかった。目の前で夢中になってもがく俺をレヴィスがあざ笑う。やめろ。俺を踏み台にした卑怯者のお前に、そんなことを言われる覚えはない。


 「俺が卑怯? じゃあお前はどうだ? 四千年も一途にご主人様を待ち続けたエリプマヴをだましているくせに?」


 仕方ないじゃないか。この城以外俺にはいくところがない。それに、エリーが俺をハーディン王だと勘違いしているのも俺のせいじゃない。だって、向こうが勝手に勘違いしているんだから仕方ないじゃないか。


 「だが自分がハーディン王であることを否定もしなかっただろ? 相手の勘違いを利用するのは騙しているのと何が違う?」


 それは……


 「はっきりと自分はハーディン王じゃないと表明もせず。なあなあでその辺を流して本物のハーディン王が得るべきだったものを横取りしている。まるで泥棒だな?」


 夢の中で罵るレヴィスに、俺は何も言い返すことが出来なかった。確かに言うとおりだ。俺はエリーに自分がハーディン王じゃないことを伝えず、何ならこのままズルズルと彼女の世話になろうとしている。それを否定することが出来なかったのだ。


 「だよなぁ? じゃあ、お前はどうしなきゃいけないのか分かっているだろ?」


 いつの間にか足元から地面の感触が消えていた。気が付けばあたりには夕暮れの景色が広がり、レヴィスは片腕だけで俺を宙づりにして魔獣の森に落とそうとしている。あの処刑の日の再現だ。


 「お前は死ね。カイン」


 レヴィスの顔が恐ろしくなって俺は直視することが出来なかった。そんな俺をますます嘲ると、レヴィスは俺を放り投げた。


 「ああ、お前のかわいいペットたちだけどな。ちゃんと俺が面倒を見てやるよ」

 「なんだと?」


 夢の中で、初めて声が出た。その言葉。それだけはなぜか聞き流せないように思えたからだ。

 だがそんなことはすぐに考えられなくなった。あの気持ち悪い浮遊感が再び俺を襲い、体がものすごいスピードで落下していく。その中で、俺の視界に地上の様子が映った。


 (な、なんだこれは!!)


 地上はうっそうと茂る森ではなかった。火の海と瓦礫の山。無造作に転がされている人々のバラバラ死体。どこかで見たような光景が眼下に広がっていた。

 崩れた建物の上を魔物が我が物顔で闊歩している。口元は犠牲者の血肉で汚れており、死体の山に首を突っ込んで夢中でむさぼる魔物や巨大な翼で空を飛び、人間を高い場所から落としてつぶれたところを食う魔物もいる。

 そんな悲鳴と瓦礫の中に、一軒のあばら家があった。そこでは中年の男が一人、魔物に頭から食い殺されている。


 (親父……!!)


 見間違えようがない、その男は俺の父親だった。もう二十年以上も前に、魔物に食い殺されてしまった父親。

 助けようと手を伸ばす。しかし俺の手が届くわけもなく、父親はあっけなく八つ裂きにされてしまった。


 「うわあああああ!!」


そして俺は、この地獄のただなかへと悲鳴の尾を引きながら転落していった―――



 「ご主人様! 起きてくださいご主人様!!」


 激しく体を揺すぶられて目が覚めた。目の前に必死の形相のエリーが俺の服を掴んでいるのが見える。起き上がって窓を見てみるとまだ夜空に月が輝いている時間帯で、俺が眠ってからまだ一時間も経っていないようだ。


 「エリー、俺はいったい」

 「ご主人様はひどくうなされていました。何か、悪い夢をご覧になったのですか?」


 心配そうにエリーが俺の顔を覗き込む。先ほど見たレヴィスに詰られる夢は、自分への劣等感や他人のものを盗んだかのような罪悪感で息ができないほど苦しい夢だった。どうやら現実でもエリーが飛び込んでくるほどひどくうなされていたらしい。

 だが、夢の中で見たことを話すわけにもいかない。心配してくれるエリーには悪いが、俺はごまかすことにした。


 「ごめん、よく思い出せない。でも、起こしてくれてありがとう。よく気づいたな」

「いえ、偶然でございます。ご主人様に添い寝をして差し上げようと参りましたところ、お部屋の中からご主人様の呻き声が聞こえました。何かあったのかとお部屋に入りましたところ、うなされていらしたので、起こして差し上げたのです」

 「……添い寝?」


 はい、と、さも当然のように答えるエリーは目には毒なほど薄いネグリジェだけを着ていた。この格好で添い寝をするとは言うが、そんなことをされて眠れるわけがない。


 「な、なにを考えているんだ!? それとも何か? ハーディン王は君たちにそんなことをさせていたのか!?」

 「いえ。この人間としての肉体はご主人様の死の間際にたまわったもの。であれば、ご主人様に捧げるのは当然のことでは?」

 「頼むから年齢を考えてくれ!」

 「私のほうが年上ですが?」


 実年齢は、な! でも俺は普通の人間でもうそろそろ四十歳のおっさんだ! 見た目が十代の女の子と添い寝するのはおかしいだろ!

 などと俺が考えていてもエリーはお構いなしに迫ってくる。そして、彼女が腕を俺の首に回し、しなだれかかってきたところでたまらずに俺は叫んだ。


 「一体何のつもりだ!」

 「え?」


 エリーがあっけにとられて俺を見る。そのすきをついて、俺はエリーを突き飛ばした。


 「ご主人様……」

 「世話をしてくれるのはありがたいが度を越しているだろ! 何が目的で俺に何をさせたいんだ!」


 いっそのこと、何か裏があってほしいと思った。今までの暮らしとはまるで違う華やかな生活だが勝手が違いすぎてついていけない。おまけにエリーが身体さえ差し出すほど俺に尽くすのも理由がわからないせいで不気味でしかない。

 つまるところ、もう俺はこの城の暮らしが嫌になっていたのだ。そうしてたまっていた不安や鬱屈が噴出した叫びだった。


 「……ご主人様。私はご主人様がお戻りになられただけで十分に幸せなのです」


 だが、そんな俺とは裏腹にエリーは落ち着き払っていた。もう一度俺に近づくと、彼女は優しくいたわるように俺の頭を胸に抱く。俺が顔を上げると、まっすぐに俺の目を見つめる彼女の赤い瞳から目が離せなくなった。


 「私のご主人様。十二神獣は離散してしまいましたが、このエリプマヴだけは最後までこの城でご主人様をお守りすると誓います。ですから、もうどこに行かないでくださいませ。どうか、私を一人にしないでくださいませ」

 「…………」


 その言葉に、俺はどうして目を離せなくなったのかを悟った。彼女の思いが俺には恐ろしかったのだ。四千年の間に形作られた孤独への恐怖。それを受け止める覚悟が、俺にはない。


 (ああ、やっぱり俺じゃだめだ)


そして、俺は彼女を突き放すことにした。彼女を傷つけることになっても、嘘をつき続けることに俺は耐えきれない。


(そうだ。そっちのほうが、きっとエリーのためだ)


心の中で言い訳を重ねる。結局俺はダメな奴だった。実力がないばかりか自分一人がかわいいような奴だ。彼女の覚悟に応える資格どころか、生きる資格もない。


 「エリー、俺は―――」


 そして俺が口を開くのと同時、激しい地震のような振動が古城全体を揺るがした。


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