素人推理
「あたしだって、最初は家出か、悪けりゃ、出会い系サイトで知り合った相手に監禁されたかぐらいに想像してたもの。みんなそうだったんじゃない?」
茜は、さらりと言ってのけた。
「まさか水死体で発見されるなんて、びっくりびっくり!こんな身近で殺人事件が起こりゃ、そりゃあたしだって怖いわよ」
昼休みの教室。
飯食ったあとは睡眠ーーと机に伏せていた俺は、
「うーるさい!消化が悪くなる話すんなよ!」
無視を決めこむことをあきらめて、顔を上げた。
「だいたい殺人って決まったわけじゃないんじゃなかったっけ?死因は未だ不明、今朝のニュースじゃそう言ってたぜ」
茜は、人差しを横に振ってーーそれがこの幼なじみのクセだ。
「水死体って、つい言っちゃったけど、溺れて死んだなら肺に水が入ってるはずだから、死因は溺死って、すぐ言えるんじゃない?」
「…それで?」
「殺されて海か川に捨てられたなら、流されてるうちに遺体の損傷は激しくなるだろうし、腐敗が進めばやっぱり死因の特定は難しくなるわよ」
茜のセリフの中に、俺にはちょっと引っかかるワードがあった。
「…川じゃないだろ、海だろ、今回見つかったのは」
「川に投げ捨てられて海まで流された可能性もあるって言ってんの、あたしは」
茜は続けて弁論をふるった。
「見つかったのはうちの町の海になったけど、川はずっと隣町までも、もっと先までも続いてるじゃない。わざわざ海まで死体を持っていって捨てるより、川に投げ捨てたほうがラクでしょ、犯人にとっては!」
「…おまえ、あくまで殺人説なのな」
「自殺で川に身を投げたとか、うっかり川に落っこった事故だとか、そう考えるほうが、なんか無理あると思わない?」
「さーな…」
川というワードは、俺に、少し前に川辺で出会った妖麗な美女の姿を思い起こさせていた。
「川ねぇ…」
つぶやきながらも、俺は、この一件にあの美女が関係あると考えるほうが無理があると考えた。
普通…かどうか、もしかしたらとんだ不良少女だったかもしれないが、まあどこにでもいる女子中学生が、この世のものとも思われない絶世の美女と、接点があったとは、とうてい思えない。
だいたい川というワードだけで、あの美女と事件を繋げて考えることが間違ってる。
あのとき…たしかに川辺であのひとはしゃがみこんでいたが、死体を捨てているようには見えなかった。
死体を捨てるには適当な時間帯ではなかったし、あそこに死体があれば、俺か、俺にはわからなくてもコタローが気づいていたに違いない。
いや、それにしても、死体死体ってーー
「俺、なに考えてるんだろ?」
つい、口に出た。
「なに考えてたのよ?あんた」
茜に問われて、
「こういう憶測話しは、もうやめよーぜ。どうせすぐ警察が真相をつきとめてくれるって!」
もうこの話は打ち切り、という意味をこめて、俺は伸びをして、あくびも付け足した。
「警察ねぇ…」
まだ何か言いたそうな茜を残して、俺は立ち上がった。
そのとき予鈴が鳴った。
俺は目で、みりなの姿を探した。
みりなは、自分の席に座っていて、こっちを見ていた。
俺と目が合うと、ちょっと口元をほころばせた。
俺は、意を決して、みりなの席に向かった。
「みりな」
俺は、最大の勇気をふりしぼって、言った。
「放課後、一緒に帰ろう」
みりなは大きな目を、パチクリさせたあと、少し赤くなって、
「うん、健ちゃん」
と、微笑んだ。
俺たちの交わしたこの短いやりとりが、その後世間を震撼させた連続殺人事件をも、その日うちのクラスに限って言えば、注目度上回る大事件として、あっというまに知れ渡ったのである。