無残
「やだ、ちょっとお父さん、健。うちの町がニュースに出てるわよ!」
俺はギョッとして、読んでいたマンガ雑誌から顔をあげた。
夕食後、俺と母さんとコタローはリビングにいた。父さんは風呂中だった。
「ほら!」
母さんはテレビのボリュームを上げた。
『ーーなお、引き上げられた遺体は死後数日経っていると見られ、性別年齢などはまだわかっていないということです。ーー続いてのニュースですーー』
「あら、終わっちゃったわ」
母さんは、残念そうに言った。
「速報って言ってたから、短かったのね。22時のニュースで詳しくやるかしら?」
そこに、ちょうど風呂から上がった父さんが、リビングに入ってきた。
「ニュースがどうしたって?また不倫騒動か?」
とんちんかんなことを言っていた。きっと、脱衣場まで母さんの声は届いても、テレビのアナウンサーの声までは届かなかったのだろう。
「違うわよ、海釣りのボートで、遺体が釣り上げられたってニュースよ。…お父さん、耳が遠くなったんじゃない?」
「おれはまだそんな歳じゃない」
父さんのムスッとした声。
「隣町で女の子が行方不明になってるじゃない?まさか、ねぇ…」
「めったなことを言うもんじゃない」
パジャマに着替えた父さんは、ソファにどっかり座りこむと、
「母さん、ビール。枝豆もあるか?」
「いま茹であがったところですよ」
「うん」
「お父さん?」
「うん、ありがとう」
「はい、どういたしまして」
テーブルにビール瓶とコップと枝豆を並べた母さんに、礼を言う父さん。
いつもの光景。いつものくつろぎタイム。
その中で、俺だけが、ぎゅっと唇をかみしめていた。
名前も知らない女の子のことだけど、めったなことなんかであってほしくなかった。
こんなに平和な、こんなぬくもりのある日常のすぐそばに、めったなことなんか、あってほしくなかった。
ーーそんな俺の願いもむなしく、警察が公式に遺体の身元を明らかにしたのは、それから二日後のことだったーー