春、芽吹く
その変化をどう例えればいいだろう?
蕾が花開くようにでは、決してなく…
それまで木の枝の節だと思っていたところに、ある日ひょいと見たら、小さな小さな緑色のふくらみが芽吹いていたような、
あれ?
という、ほんのささいな変化から、それは始まったと思う。
気づいた時にはもう芽吹いていて、いつそこに宿ったのかわからない、春の訪れにも似た、微かな、だが確かに人の目を引く小さなきざし。
だが芽吹きから蕾がつくまでの早ささながらに、
どういう奇跡なのか、神のイタズラなのか、あんなに目ばかり大きくてアンバランスだった喜多方みりなの容貌は、
俺の背骨がきしんで背が伸びるスピードさながらに、絶妙な変化を遂げて行っていた。
あきらかに、みりなは痩せすぎてはいた。
少しうつむき加減であまり顔を上げたことは無かった。
だが、ふとした瞬間、春の風の匂いを嗅ぎとったとでもいうように、ふと顔を上げたとき、
そこに居合わせたものを思わずどきりとさせるような鮮烈な何かを、
一言でいうなら鮮烈な美の気配を、彼女は、待ち合わせるようになっていた。
こんなまわりくどい言い方をするのをやめれば、
彼女は、
間違いなく、
短期間に、
綺麗になっていったのだった。
それも、とても、綺麗に…。
誰もがそのきざしからの変化に気づいたころ、あれらは、始まったのだ。
いろいろな想い。
いろいろな感情。
ややこしい想い。
ややこしい感情。
それは、みりなを、
あえて、みりなを中心として考えるなら、さまざまな変化が、始まりだしていたのだ。
それを、俺を中心にして考えるなら、まだ俺の胸の中にかすかなかすかな気持ちの変化こそあれ、何も始まってるとは言えなかった。
彼女にとって残酷な物語はもう始まり始めていた。
俺にとっての初恋物語は、まだ始まってもいなかった。
あの頃の俺という人間を振り返れば、いささかのほほんとしすぎていた。
知ろうとすれば知れたはずの事柄に目を向ける事なく、ただ彼女の横顔をときおり盗み見ては、女子というものは時がくればこんなにも変わるものなのかと、ただそういうものだと受け入れ、勝手に納得していた。
俺は幼かった。
幼いという罪を犯しているとさえ知らぬほどに、幼かった…
大人たちに期待するものなどなにも持たず、かと言ってその大人たちから与えられるもの全てを当然のように受け入れていた。
本当に…幼かったんだ…