フツーに可愛い
みりながチャイムを押す。
俺は、ドアとみりなの間に自分の体を置いた。
いざというとき、みりなと茜の盾となるように。
ほどなく、ドアが開いた。
俺の心配は杞憂だったようだ。
顔を出したのは、みりなの父親、獅童さんだった。
「やあ、健くん、こんばんは。みりな、すまない、急にお客さんが来てしまって……」
「お客、さん?」
みりなが俺の後ろから進み出て、ドアの向こうを覗く。
「……誰?……あの、女の、ひと…」
「みりなは、初めて会うね。僕の遠い親戚なんだ。猿川流水さんというんだ」
聞き覚えのある名前に、俺は、びっくりした。
「おとうさんの、親戚、なの?」
「そうだよ。さあ、中に入りなさい。少し寒かったろう?」
みりなは、戸惑いを隠せないらしく、ドアの前から動こうとしなかった。
俺は、茜と顔を見合わせた。
「突然お邪魔してごめんなさい。はじめまして、みりなさん…」
ドアがもう少し開いて、獅童さんの後ろから、声がかかった。
たしかに、聞き覚えのある声。
獅童さんが、またドアをもう少し開いた。
獅童さんの背後に現れたのは、確かに俺が三度夕暮れ時にであった、妖麗な美女だった。
流水さんも、俺と茜に気づいたらしく。
「あら…健くん。それと、あのとき一緒だったお嬢さんね。二人はみりなさんのお友達だったの…?」
なぜだろう、その声が、少し演技っぼく感じたのは。
この人が、映画俳優並みの美女だからだろうか…?
「君たちは知り合いだったのかい?」
と、驚いた顔の獅童さん。
美男美女がこうして並ぶと、本当に映画のワンシーンを見ているようで、どこか現実味が薄れて感じられる。
「健ちゃん、知ってる、ひと?」
と、みりなが俺に問う。
「うん、ときどきコタローの散歩中に会う人…」
「そう、なんだ…」
そこで、みりなは、ようやく流水さんに向き直り、
「こんばんは」
と、小さくおじぎした。
「とにかく中に入りなさい、みりな。君たちはーー」
「あ、俺たちはもう帰ります!」
「あたしも、家で心配してるだろうからーー!」
と、俺と茜は、慌てて言った。
「じゃあ、また明日な!」
「また明日ね、みりな!」
「また、明日。健ちゃん、茜、ちゃん…」
ドアの外に立ったまま、みりなは俺たちを見送ってくれた。
「は〜驚いた!あの美女と、獅童さんが親戚だったなんてね!」
二人きりになった帰り道、茜が言い出した。
「美少女の親は美男子で、その親戚は美女なのね〜」
と、感心したように言って、ため息をついた。
「あたしも美男美女から生まれたかった……」
「おまえもそこそこ可愛いから、悲観するなって!」
「へ?」
茜がびっくり顔で俺を見た。
「ば…ばか」
赤くなった茜から、返って来た言葉がそれだった。
「ばかって、おまえねぇ、いちおう、褒めてやったのに、ばかはないだろ、ばかは」
「むぅ」
「獅童さんたちが別次元すぎるの。おまえだって、フツーに可愛いよ」
「……あんた、いつからそんなスケコマシみたいなセリフ、サラッと言えるようになったの?」
「スケコマシはよせって、人聞きの悪い!」
と、俺が言うと、
「あんたのそういう正直でまっすぐなとこ、背が高い以外の唯一の長所ね!」
と、茜は憎まれ口をたたいた。
「この状況で正直って……おまえ自分で自分を可愛い言ってるようなもんだぞ……」
「ふふーんだ!」
俺たちは、顔を見合わせ、笑い合った。
そのままなんとなく会話は途切れ、茜の家まで俺たちは無言だった。
茜を送り届けた俺は、走って家に帰り着いた。
コタローが出迎えてくれた。が、コタローはかがみこんだ俺の匂いをフンフン噛んだ後、嫌っそ〜な顔をした。
「あ、おまえ、獅童さんキライだったな!でもほら、流水さんにもあったんだぞ!ほら、あのときあった綺麗な人!」
「綺麗な人がなんだって?」
そこにちょうどトイレから出てきた父さんが現れた。耳ざとい!
「父さん、コタローの散歩まだだろ?ウンチさせてくる!」
と、俺はごまかして、家を飛び出た。
流水さんのことは、いかんとも説明がしづらい。
みりなには、コタローの散歩中にときどき会う人と言ったけど、実際にはコタローの散歩中に会ったのは一度きりで、ほかのときは、あの人がなぜあんな場所にあんなふうに突然あらわれたのか、わからないーー知らない。
「ものすごい美人だけど、悪い人じゃなさそうだよな……コタロー?」
流水さんと対面したときのコタローの態度を思い出し、俺はそうコタローに問うた。
コタローは知らんぷりで前を歩いている。
「でも、それじゃコタロー基準で言ったら、獅童さんは悪い人なのか……?」
それに返事したみたいに、コタローがワン!と吠えた。
タイミングの良さにちょっとびっくりした俺だった。
冷たい風が吹いた。
季節は、晩秋から初冬へと移り変わりつつあった……。




