12:銀の弾丸
「ほう、よくできてるじゃないか」
アンナが小さなてのひらで、これまた小さな銀色のアクセサリーを転がしている。
「よくもまあこんな小さなものに正確に呪言を刻めたものだ」
「手先は器用なほうなんですよ、俺は」
珍しい称賛に、エヴァンはつい得意になる。
「だが、これはこの地でしか使えんな」
「んな、何でですか!」
だが、すぐにケチがつけられる。それはただの嫌がらせでないことがわかっているのが余計に辛い。
「まあ、彫金の技術は大したものだ。刻まれた呪にも紋様にも間違いはない」
「なら――」
「ただ、素材が悪い」
「素材?」
「このアミュレット――土の御印に必要なもの……その一つは豊穣を象徴する動物の遺骸――簡単なところで蛇や蛙、豚などを。少し手を込ませれば山羊の角などを用いる。これはいい」
彼女は銀色の両隣に紐で通された、細く柵状に裂いた蛇革の飾りを指で揺らす。
「意外と高かったんですよ。使い道もそうそうないし……」
「どこぞで捕まえてくればよかっただろう」
「いませんよ、こんなところに」
「山にでも行けばいくらでもいる」
「いや、そこまでは……」
アイビッドの西側には緩やかなパルストル山脈が横たわっている。が、さすがのエヴァンもそこまでフットワークは軽くなかった。
「まあ、いい。問題はこっちだ」
アンナは指で、楕円状の薄い金属プレートを叩く。
「必要とされるのは純銀。こんな混ぜ物入りの金属ではろくに効果はありはしない」
「……え、これ純銀じゃないんですか」
「ああ」
「……」
アクセサリーをアンナから手渡され、じいと眺める。混ぜ物と言われても、何が混ざっているのかがまるで分らない。
「騙されたか」
「……ほっといてください」
銀は近年は貨幣的な価値よりもどちらかといえば工業需要のほうが高い。どちらにせよまとまった量を買おうとすればそれなりの値段がする。
当然、こんな薄いプレート一枚だけ売っているようなことはない。
「まあ、使えないことはない。この地では問題なく使える。アイビッドはこのアミュレットが讃えている豊穣の女神と縁が濃いからな」
豊穣の女神。そう言われて思いつくのは神話等に登場する穏やかな美女の姿。それと縁が深いと言われて悪い気はしないのだが……
「なるほど、だからそれ系の本ばかり読ませていたわけですか」
エヴァンが見てしまった現実は、そう夢を見られそうにない世界だった。だから女神と言われたところで不安のほうが強い。
「そうだ。土地全体に祝福が与えられているから、関連する魔術の習得もしやすいだろうとな。まさか魔道具製作のほうに先に手を出すとは思わなかったが」
「物があれば初心者でもなんとかなるんでしょう? 特にこれは、汎用性が高そうだったので」
「まあ、悪くない判断だよ」
――いつかの日の出来事だ。
***
「当たるかっ! そんなのっ!」
大気を弾けさせて、巨大な拳が振り下ろされる。一部アスファルト舗装がされているはずの地面すら、容易に叩き割る。蜘蛛の巣状に大地が割れ、轟音が耳をつんざいた。
拳は更に続けて一つ、二つと迫りくる。
しかし、改めて向き合ってみれば案外遅い。それらを危なげなく回避し、ティオラスを連れて距離をとる。
殴る、蹴る。
それだけしかできないのならば本当に対処は簡単だ。身に迫る大質量は恐怖心をこれほどないまでに掻き立てるが、それに怯えることをやめてしまえば、冷静な判断さえ持ち合わせていれば暴れ牛を躱すよりかは容易いだろう。
だが相手は化け物だ。歪な人の形をとってこそいれども、その機能は人の持つものに限らない。いや、全動物が持つそれにも、当てはまらない。
一番近いのは、もっと微細な生命体――いつかの生物実験で顕微鏡をのぞいた時に見た姿。人の目では捉えられず、外付けのレンズ越しにしか見えないはずのミクロな存在である原生生物たち。
彼らの持つ単純で、しかし理にかなった姿を重ね合わせてしまう。
「エヴァン、後ろっ」
つかず離れず。執拗にエヴァンを狙う連中の余波に巻き込まれない程度には離れていたティオラスから指示がとぶ。
絶対の信頼を置いたそれに従い、迷うことなく振り向いた。
敵は正面だけでない。
目算で三十近くの巨体相手に立ち回らなければならないともなればどこに目を置いていても足りはしない。
背後にあった巨体。
その一体は蜘蛛の糸のようなものに雁字搦めにされ、怪力でもってしてもなかなかその拘束から解放されていないようだった。
ティオラスが使った魔術か何かだろう。
しかし身体を動かすのを諦め、異質な現象をその身に起こしている。
体表を脈動させ、ぼこりと膨らむそれは急速に弾ける。弾けた肉の中からは五本目の肢――それこそ原生生物等に例えるならば仮足や鞭毛などと例えられるだろう塊が伸ばされる。
「っとぉ!」
これがあるから気を抜けない。
「運動不足にゃ、厳しいなあっ!」
鞭のようにしなり、あるいはどろどろに溶けかけた粘液の塊のようにうねり、獲物を捕らえる触手のように伸びるそれを身をねじってやり過ごす。伸びた触手は地を叩き土埃とともに礫を巻き上げた。
跳ねた小石が衣服の上を滑り、肌に届いたものは浅く赤い線を刻む。
「お返し、だっ!!」
呼吸をする暇も惜しいというのに態々叫ぶ。
しかしそこに呼応するものはおらず、ただエヴァンの咆哮が木霊するだけ。
そしてその木霊が音をなくすより前に、金属の爪が引かれる。
一条の炸裂音。
鼓膜を強烈に揺さぶるそれは夜空を切り裂き駆け抜けていく。
とうとう糸の拘束から解放され、右の巨腕を掲げた巨人。そしていざ二度目、三度目の体構造の改造をしようとしていた体に、そのぶくぶくと膨れた薄暗い肉塊に突き刺さった。
弾丸は容赦なく肉を食い破る。
流動し、一定の形など持たないのではと思われる薄暗い色の皮膚は粘液をまき散らし、その下の分厚い筋肉という細胞群すらもずぶりと貫かれる。水の入った風船でも割れてしまったかのように、暗い血液を吐き出しながら弾け飛ぶ。
着弾点は右肩。
ちょうど細胞分裂という名の爆発を起こそうとしていた部位の基部でもある。
放っておけば、あの掲げられた巨腕がいったいどんな凶悪な姿へと変貌していたのかわかったものではない。
普通の銃弾ならば、なんともないのだろう。
相対する化け物たちが尋常ではない再生力を持つことはあの雨の夜に学習済みだ。
弾丸一発程度が作り出す怪我はその高速な再生力によって即座に塞がる。
断裂された筋繊維は急速に膨れ上がった周辺の組織によって塞がれ、まるで初めからそうであったかのように癒着し、固まる。流れ蠢く半粘液状の皮膚がその上から覆い被されば、もう風穴などどこにも見当たらないはずだ。
しかし、今のエヴァンが扱うのは特別製のシルバーバレット。
暗い銀色の弾頭は鈍く輝き、夜の闇にも一筋の尾を引いて飛ぶ。それは魔を払う輝きのようだ。
期待に違わず、視界の中心で巨体の右腕がだらりと垂れる。弾丸に食い破られ破裂した肩は再生する様子すら見せない。
悲鳴もない。疑問もない。
歪な巨体は己の体に起こった変化に何か感情を抱くこともしない。
しかし、生物の限界をまるで超え、アンバランスに膨れ上がった巨腕が重力に負けることで重心が崩れ、伸ばした腕が地に落ちるのに引きずられる形で巨体は地に伏せた。
「さっすが先生! いい仕事をしてくれるっ!」
エヴァンが知ることではないが、その銃弾に込められたのは、静穏を与える術式。
血液をはじめ、空気や熱のように物理的な流れ、果ては神経伝達に用いられる電気信号や精神エネルギーという魔術の源すらも阻害する、伝達阻害を主能力とする。
細工の施された弾丸を肩に撃ち込まれた不定形の巨体は、肩より先にある腕を動かすという指令を実行器官である腕の筋肉にまで届かせることができなくなったのだ。
しかし、目の前の成果に喜び、歓声をあげるのとは裏腹に、エヴァンは慎重にその姿を視界に収めていた。
片腕を封じたところですぐに戦線に復帰する。それがわかっているから、観察を続ける。
奴が再び立ち上がるのに要するのはあとどれくらいだ? 一分か? 三十秒か? 一秒か?
ティオラスの魔術の効力がどれくらいかもわからない。
右肩を切除するなんて暴挙を起こすかもしれない。また別の部位から触手を作り出すかもしれない。
そも、遠隔で動かされているようなものだ、片腕の不自由程度では何の阻害にもならないのかもしれない。
巨大な肉体による大質量ではなく、その変幻自在さではなく。
不死身に準ずる生命力。
痛みも恐れも持たない無機質さ。
それが何よりも厄介だった。
「エヴァン、頭を狙って」
「頭?」
確かに、頭部は急所だ。
しかしそれは連中のような化け物に当てはまるのだろうか。
連中が持つ再生力。
そして特性の弾丸。
どちらが勝るかといえば、一時的には弾丸の効果が勝る。だが、永続ではない。それは目の前に転がる化け物を見ればわかる。
僅かではあるが、右腕に動きがある。
「あいつらは所詮不完全な存在よ。だから、脳みたいな複雑な器官を複製することはできないの。そして、体を動かしてるのもやっぱり脳。〝あいつ〟から指令を受け取る器官としても、自身の体にその指令を伝える器官としても、頭が必須なのよ。それは再生という指令も同じ。だからそこを破壊してしまえばもう立ち上がらないわ」
普通の弾丸ならいざ知らず。特性の銀の弾丸ならそれができると彼女は言う。
話を効いている間にも攻防は続く。
著しく人間の体構造から離れた個体が〝複製した四本の腕〟を一斉に伸ばす。
長く、蜘蛛の足のように長いそれ。
十メートル近くは距離があるというのに、それは既に獲物を捕捉していた。
「なるほど、ねっ!」
エヴァンはそれらを敢えて掻い潜るように飛び込んで、距離を詰める。
対象を失った四本の腕は空を掴み、そして再度捕捉した標的を今度こそ叩き潰すと引き絞られる。
どんな関節をしているのかといいたいようにそれは折れ曲がり、器用に矛先すべてをエヴァンに向ける。
だが、遅い。
無防備をさらした胴体、そして頭部がもう数メートルという位置にある。
ここなら、外すこともない。
肉に埋もれかけた頭部。
そこに弾丸をぶち込んだ。
「なるほど、効くな!」
たったの一発。
それだけで巨体は地に沈んだ。
再生も――起こりそうにない。
「そうは言っても、こうも動かれちゃあ狙えるもんも狙えない……!」
今みたいなことをしていたら、いくら連中の動きがトロいとは言え命がいくつあっても足りない。
距離をとれば、今度は命中させる自信がない。
「私が動きを止めるからっ!」
右方から、新手。
しかしそれは唐突に表れた蜘蛛の巣に絡めとられ、動きを止める。
「これなら、簡単でしょ?」
「確かにな」
粘つく糸に、巨体も、巨腕も抗えない。虚空から伸びる糸は巨人の抵抗に撓みこそするが、千切れるようなことはない。
絡め取った四肢を開放することはない。
それを眺めていても意味はない。
先のように肢を増やす前に、頭部に風穴を開ける。
べちゃりと薄暗い粘液が飛び散った。
残弾は二。
沈黙させた数はこれまた二。
一発は右肩を封じただけ。
一発はシャルワトルに向けた。
生憎取り巻きに阻まれてしまったが、銃弾の効果とその有用性を知ることができた。
対して、残りの敵は……数えたくもない。
「ああ畜生、減らねえな……!」
銃弾の予備はある。だが、リロードの余裕があるとは到底言えない。
様子を見ながらコートのポケットをまさぐる。しかし迫りくる圧に意識を向けていてはそっれすらも満足にできない。
何とか引っ掴んだ二発分をこれまた何とか弾倉に込めながら、巨人の攻撃を躱す。
それに本来なら、数で押されて叩き潰されていてもおかしくはない。そうならないのはティオラスのサポートがあるからだろうか。
彼女はどうも攻撃的な手段をそれほど持たないようで、身動きを封じられた個体こそいるが、完全に沈黙したものは一か二体ほどだ。半身が消し飛んだか溶け落ちたかのような死骸が転がっている。
それでも連中を倒す算段はついた。
なら、数で負けていても優位に立つことができている?
いや、違う。
相手が遊んでいるのだ。
ちらと奥に佇む男へと目を向ければ、やはり不気味な笑みはそこに張り付いたままだった。
***
「少し、飽きましたねえ」
その声はいやによく通る。
暴力と破壊の嵐の中でもシャルワトルは平然と佇み、混沌の様相を呈する場を悠々と見下ろしていた。
何か面白いことでも期待していたかのような言葉の通り、その口端は愉快気に――いや、嘲弄に歪められていた。しかし、それも時間経過に合わせ熱とともに徐々に角度を失っていく。
目の色にも、失望が濃い。
「もう、終わりにしてしまいますか」
シャルワトルがそう呟くと、巨体――還りし者たちの動きが目に見えて変化する。
これまでも連携をしていたとはいえ、ほぼ個別に動いていたものが急に的確に動くようになったのだ。無駄な動きが目に見えて消え、互いの隙を減らすよう、そして獲物の隙を目ざとく潰すようないやらしい動きをとる。
オートコントロールの遊びを残した動きから、相手の動きを読んだ上でのマニュアルに切り替わったかのような緻密な動き。
「んなっ! こいつら急に!」
驚くのはエヴァンだ。
近づいてきた二体と一体の連続的な攻めをティオラスの援護を受けてやり過ごす。
「躱すことを重視してっ!」
「わかってるさ!」
続けざまにまた三体。
一体を躱し、残り二体は突如現れた蜘蛛の糸にまとめて絡めとられた。
「死ねっ!」
それに二発分の弾丸を放りこむ。
「エヴァン! まずは避けることをっ!」
そうは――
「――言っても!!」
蜘蛛の巣が消え、二体が地に沈む。巻き込まれないようにその場を抜ければ、目の前にはまた別の二体が巨腕をかざし迫っていた。
「倒さないと、減らないだろっ!!」
大地が唸るほどの突進。地を割り、大気を押しのけ、そして膨れ上がった体が全てを押し潰すかのように圧倒する。
そこに残弾を気にする余裕などなく、エヴァンは残りの二発を放った。
一発は頭部を穿った。
指示を発することができなくなった体は動きを止め、慣性に従ってどこぞへと転がっていく。
では二発目は。
射撃の訓練をしたプロならばまだしも。エヴァンはただの素人でしかない。連射では、狙いをつける暇がない。
頭部を狙ったはずのもう一発は、振り下ろされる腕に阻まれた。
仕留められなかった。だが、バランスの崩れた巨体はつんのめり、あらん方向に地を滑っていく。
これで残弾ゼロ。
それでも、動きを止められたのは二体だけ。
「エヴァン! 右っ!!」
「っ!!」
この場には、まだ多くの敵がいる。
大気を押し広げる音を聞いた。
みちりみちりと肉が膨らむ音を聞いた。頬を風が、押しのけられた風圧が叩く。
回避の余裕は、なかった。
ティオラスもまた、別方向の敵へと向かっていた。
エヴァンは咄嗟に手の届く距離にいたティオラスを後ろに突き飛ばし、可能な限り自分から離れさせる。
そして、自らを盾にする。
あれは、もう容赦というものをなくしている。
ティオラスごと叩き潰す。そう見えた。
形さえ残っていればいい、そんな薄ら寒い予感がエヴァンの脳を貫いたのだ。
最後に、その手に握っていた拳銃と、そしていつでもリロードできるようにと密かに用意していたスピードローダーを彼女へと放り投げた。
***
「あっ――」
悲鳴にもならない声が、ティオラスの喉を押し広げた。
間抜けた声が大気に溶ける。
突き飛ばされて倒れる体に、咄嗟に受け身をとってしまったせいか。
手を伸ばす間もなく。
当然、抱き寄せる間もなく。
ただ目の前の光景を眺めていることしかできなかった。
湿った大地。
汚泥と苔に埋もれた路面を、拳銃とばらばらに弾けた銃弾が跳ねた。
そして。
電車の車体ほどに膨れ上がった巨腕が、エヴァンに叩き付けられた。
***
静寂が痛い。
紺青を煤の煙が覆った夜空から、薄っすらと月が顔を覗かせても何の慰めにもならない。
そも、地上ではやたらめったらに土煙が巻き上げられ、その上背の高い建造物に阻まれては月の光もろくに届かない。
暗闇だ。
暗闇が世界を支配していた。
「――――エヴァン?」
掠れた声が静かに響く。
パラパラと礫が舞い転がる中。
広場を超えて、細く、長く、そして深くまで張り巡らされる隘路の中を、震えることすらも許されない彼女の声が、遠くまで響く。
粘つく闇が喉に絡みついてひりつかせる。
ささくれ立った大気が、汚れた水気を孕み湿ったはずの大気が、いやにざらついている。
静寂が痛い。
――だがそれよりも、腕が痛い。
交差した腕にとんでもない熱と圧力が掛かっている。
胸が熱い。首に下げた銀のアクセサリーが肌を焦がすほどに燃えている。
「――くっそ、ぉお、おおお!!」
ぼこりぼこりと絶えず脈動する肉塊を目の前に。沸騰する粘液じみた肌を間近にしながら。
エヴァンはただ大地を踏みしめる。
体を支える足が捻じれ曲がりそうだ。
上から伸し掛かる途方もない圧力に負け、とうとうビシリと音を立てて地が割れた。
ああ、今すぐこの拳をよけたい。だが、そこまでの力は己にはない。
できあがった拮抗に時間が止まり、いつの間にか舞台にかかった暗幕のような土煙は、風にさらわれ消えていた。
「――エヴァン?」
もう一度、掠れた声が闇に囁かれた。
今度のそれは、何かに震えていた。
土煙が晴れ、ささやかな月光が大地に降り注ぐ。その姿が明るみになる。
振り下ろされた拳を受け止め、今なお地に立つ姿が清廉な光に照らされた。
(……よかったっ)
安堵したのはどちらだろうか。
エヴァンには、背後を見やる余裕はない。
少しでも体を動かせば、そのままバランスが崩れてしまいそうだ。この構図はひどく危うい均衡で成り立っていた。
しかし、耳に届いた弱々しい音に、庇った彼女が無事であることは間違いなかった。
「――弾、込めて、こいつの頭、撃ってくれ! そろそろ限界……!」
「えっ、あっ……!」
我に返ったティオラスが、散らばった銃弾を弾倉に込めていく。エヴァンとしては一発だけでもよかったのだが、予想と違った――良い方向にだが――状況にそこまで頭が回らなかったらしい。ティオラスは丁寧に六発すべてを込めていた。
背後を見れなければ、それを確認する術はない。
そも、襲い掛かる莫大な圧に耐え忍んでいる時点でエヴァンにとって一秒が何分にも引き延ばされたかのように長い。体感の時間では彼女がどれだけ手間取ろうが、手際が良かろうが、変わらず地獄のような時間だった。
人外の膂力に耐えられているのは、偏にある御守りのおかげだ。
エヴァンはすでにいくつかの魔術を取得している。しかしどうも己の身一つで実行できるものは極めて少なく、特に、他者に影響を与えられるようなものは皆無と言っていいほどだ。
せいぜいが自身に影響を及ぼす――例えを挙げるなら肉体を微々と強化するようなものくらい。
例えば、握力を少しだけ強化する。例えば、少しだけ他人より早く走れる。その程度。
そのおかげで暗闇の中でも視界が確保できているのだが、今のような危機的状況を覆せるようなものは手持ちにはない。
術式、呪文、魔法陣等を覚えるのには問題はない。
しかし外部へと干渉するような魔術に関しては、それらを実行する際のイメージがどうしてもわからず、うまく発動しなかった。
実際には違うのだが、そこが才能による差なのだろう。そうエヴァンは考えていた。
そこも、いつかは克服しなければならない、とも。
だが今は、もっと即応性のある力を欲していた。
そんなエヴァンが目を付けたのが、アンナから渡された銃弾。そして、彼女の言葉だった。
『あらかじめ何らかの効果を持たせた道具――魔道具を常に持っておくという方法もある』
『未熟者が身を守るには道具に頼るしかない』
かつて、彼女はそう言った。
魔道具。
それを起動するのは簡単だ。
そこに力を注ぐだけ、あるいはトリガーとなる呪文を一言二言唱えるだけ。最も簡単なものでは、それそのものが効力を持つ――アンナに渡された銃弾などがそれに当たるだろう。
だから、エヴァンは急造だとしても、粗悪品だとしてもそれらを欲した。しかし簡単に手に入るものでもない。市場に出向いても、高級デパートにわざわざ足を運んでも、当然どこにも売ってはいない。
アンナに頼んだとて、取り合ってくれるとは思えない。
だから、エヴァンは自らそれを作ることを選んだ。幸い参考文献なら山のようにあった。
その一つである御守りが――胸のアクセサリーが、ひどく熱い。
〝土の御印〟に己の精神力が注がれ、それに対応するように人を超えた力が全身を巡る。
もたらす奇跡は『強靭な身』。
己を強化する魔術、その延長。
より効力の上のもの。
大自然に磨かれた硬質な金属よりも尚硬く。
深く、長く齢を重ねその身を育んだ大樹よりもなお根強い。超自然の加護に包まれた身体と膂力がやはり人を超えた邪悪な力と拮抗する。
しかし自前の力と仮初の力では地力が違う。
エヴァンはその力を行使し続ける限り精神がすり減り続け、しかし相手はわずかな疲労――それもあるかはわからないが――を積もらせるだけ。
(まだかッ……!?)
体が潰れていく。脊椎が一つ一つぺしゃんこに潰れていく様を幻視しながらエヴァンは内心で叫んだ。
早く、早くと無言に急き立てる。
乱暴な祈り。
「その手を――――」
それはようやく聞き届けられた。
「どけろぉぉぉぉおおっ!!!」
銀の弾丸が、相対する巨人の額をとうとう貫いた。




