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心穏やかな日々を望む

1年、領地でおとなしくロランドを待つのだ。待つ間にも、領地の仕事は沢山あるだろう。

気を紛らせるには丁度いい。

嫌だわ。結婚すらしていないのに、相手が空気のようで、空気がないとダメ、みたいなこの感じ。



領地に帰って、初めこそ、淋しさを感じたが、日々の生活に忙殺されていた。


友人からの手紙で、夏の夜会で宰相様に寄り添うレイローズ様の美しさがとても評判で、レイローズ様のドレスや装いを真似する令嬢が増えていると知った。


何だか、遠い世界の話だと思っていた。


だが、秋になって、今年に限り普通の文官からの視察ではなく、宰相直々に視察が入ると連絡があり、男爵領は、天地がひっくり返ってしまったかのような大騒ぎとなった。


そりゃあそうだ。普通、男爵領に宰相様の視察なんてあり得ない。

私の魔法で、穀物の収穫量がアップしている。その為、目を引いたという事だった。

まあ、別に不正はしていないから、探られて痛む腹は無い。だが、帳簿まで用意しておくようにと言われて、流石に胃が痛んだ。


帳簿の付け方は、私が前世風に勝手に変えているからだ。今までが、子供のお小遣い帳のような簡単な帳面でしか管理出来てなかったのよ。男爵領だから、規模が小さかったからね!それでギリギリ成り立っていたのよ。


国に提出する分は、国の様式に合わせて書き写して出している。

流石に、面倒だ。


だが、しかし。それは頭脳明晰な宰相様。

アッサリと突っ込まれた。帳簿の説明を求められ、当たり障りの無いように説明していたつもりだったのに、気がつくと、どうしたら領地の収穫量を上げることが出来るか、その効率的な収穫から運送等、一緒になって議論をしていた。


ニコリ、と、鋭利な微笑みを浮かべる宰相。

本当に、黒の宰相というあだ名がお似合いです。

怖いです。何考えてるのかわからないこの笑顔。

「貴女の領地経営に関する政策と帳簿はとても素晴らしいですね。これは、国として方式を統一したいと思います。秋の収穫が終わったらひと段落なさるでしょう。各地より、王都に各地の担当者を呼び寄せます。貴女は、この帳簿のつけ方の教鞭をとって下さい。手始めに、来年からはこの方式で報告を上げさせます。」

ちょっと待て!!褒められたが、教鞭を取れってどういう事?

あああ。乗せられて、話しすぎた。


待て。たいして帳簿の事には触れてないじゃないか。


なぜこうなった!


嫌だ!過労死は嫌だ!しかも、表には出たくない!前世管理職だったけれど、簿記は別に本職じゃなないんですよ!

パソコンに数字打ち込むだけの便利ソフトとか沢山、あったじゃないですか!!私、経理じゃないんですってば!某企業の企画課なのっ!!

企画予算と決算の収支ぐらいで。本職じゃないんですよ!

勘弁してほしいです。


「勿論、主だった各地の代表に伝え、それを更に広める方式を取りますので、貴女が教えるのは、まあ、100人ほど。一斉講義で、1週間程度で教えられるようにしてくださいね。そうですね。報酬も勿論、お出ししますが、この新しい帳簿の様式名は貴女の名前に致しますか?」

何も返事をしていないのに、勝手に話が進んでいく危機感。


「いいえっ!滅相もありません。新帳簿とかでお願いします。」

だめだ。これでは、快諾ではないか。でも、しがない男爵家に断る選択肢など無い。


無いのだ。


「名前を残すチャンスなのですが。欲のない方ですね。それでは、街道の整備に苦労されている様子ですので、国の予算から、街道整備の補助を致しましょう。それで、よろしいですか?」

あああ。眼鏡の奥の笑わない目が怖いんです。口角上げておけばいいってもんじゃないんですよ。宰相様。


視察時間、約1時間。この1時間が長かった。辛かった。


ああ。やっぱり断れなかった。

心の中で、ため息をつく。



秋の収穫が終わり、季節が冬になる頃、雪の降る中、王都、しかも王城に1ヶ月滞在して、講義の準備から終了後の補講まで行う事となった。来客扱いらしい。

数日後には、この講義の準備手伝いの為に、王城から官吏が1人派遣された。


勿論、領地にいた時から準備から忙しくて、王城に行ってもロランドには会えないだろうと思っていたのに、警備担当に、ロランドとその隊が着く事となった。

宰相様のお計らいらしい。

怖いよ?どんだけ個人情報掴まれているんだろう??


でも、そのおかげで、ほぼ毎日、日中はロランドと一緒だ。


ロランド、役職上がってる筈なのに。こんな男爵令嬢に警備とか必要なの?って聞いたら、返答はロランドではなく、手伝ってくれていた官吏の方に、笑顔で、「知的財産を持つ者は、守られて当然ですよ。」と言われた。


その、1ヶ月もあっという間に過ぎる。

ロランドは、警備として、仕事として接しているようで、私達は一緒にいても私語をほとんどしなかった。


まあ、私はそれでいい。


終了後すぐ、慌ただしく領地に戻る。

2ヶ月半、手伝ってくれた官吏の方に、王城に勤めたらいいと勧められたが、断固として首を縦に振らなかった。

無理には、引き止められなかったので、ホッとする。


それから王城に滞在していたなど嘘だったような静かな生活。


冬の、何気ない1日が日々繰り返されて過ぎて行く。



3月。

4月からの異動内示。ロランドは、彼の目標通りに出世した。

父宛に、ロランドから、私との婚約を求める文が届く。

父と母は和やかに笑っていたが、執事は、自分の息子だからか、渋面を呈していた。



4月。ロランドとの婚約が、互いに会うことも無く、書面で結ばれた。



5月初め、ロランドが領地へ帰って来た。騎士の辞退は認められず、男爵領への出向という形を取ることになったと。


騎士団副団長のカイウス様が、慰留してくださったそうだ。大分、目をかけて下さったらしい。年に数回の集団訓練への参加と、緊急時の招集が条件。破格の条件だ。身分が騎士のままだから、騎士の給金もそのまま支給される。


「約束通りね。」

「ああ。約束したからな。」


客間でお茶を飲んでいると、両親と執事とその妻(つまりはロランドの両親)が入ってきた。

ロランドの両親も、元々、気分的には家族みたいなものだから、何の気兼ねも無くていい。


まあ、決まっていた事だが、今週中にロランドを男爵家の籍に入れて、次期領主とする手続きを行う。


結婚式は、月末。


披露パーティーは、今月から来月は、領地の農繁期と重なるので、少し落ち着く7月に行う。


親達が結託し、今日から私とロランドは、寝室が中間にある夫婦用の部屋で過ごすようになる。

結婚が決まれば、孫の顔が早く見たいらしい。


そう言われましても。


ねえ。


夕食へと、静かに時が流れていく。ロランドが戻った事で、周囲が少し賑やかになったが。まあ、すぐに落ち着くだろう。


夕食後、新しい部屋に戻る。と、言っても、私は数日前からこの部屋に移っていたので、そう変わった気はしないのだけれど。


互いの部屋にもベッドがあるので、夫婦の寝室を使ってはいないが。


アクセサリーを外して、のんびりと本を読んでいると、ガチャリ、と、寝室側からロランドが入って来た。


「どうしたの?」

「いや。」

ロランドが私の横に座る。


「寝室側から急にドアを開けられると、驚いてしまうわ。」

「じゃあ、ずっと開けとけ。」


髪をクシャッとするように、撫でられる。

「何を読んでいる?」

「隣国の農業に関する本よ。産地とか、どういう作物が取れるか、みたいな。」

「相変わらずだな。」

「そうねぇ。収穫量を少しでも上げたいの。他に栽培出来そうな作物がないかしらと思って。」

そう話している間に、ギュッと抱きしめられる。



ドキリとする。



こんな時、何を言えば良いのだろう。


私、おかえりなさいも、言えないままに。


好きだとも、言えずに。


もどかしさが募る。


「好きだ。」

ロランドの言葉が、私にストレートに突き刺さる。


「私も。」


言わなければ伝わらないと、解っている。

色々な想いが去来して、上手く、言葉が出てこないけれど。


「貴方を、愛しています。」


やっとのことで伝えられた言葉は。


19年、気持ちに蓋をして、ずっと言えずにいた言葉は。


伝えたかったのは、たった、この一言。


ロランドが満面の笑みで、私にキスをして、読んでいた本を取り上げられる。


「ああ、俺が嫁にしてやるって。約束しただろう?」

イタズラが、成功した子供のように笑うロランド。


そういえば。とても小さい時、ふと、「こんなに可愛げのない女の子、誰かお嫁さんにしてくれるのかしら?」って、呟いて。

ロランドが「じゃあ、俺の嫁にしてやるよ」って言った事があったな。私、5、6歳ぐらいじゃなかったかしら。本気にしたの?まさか。それで?


驚く私に、ロランドは更にキスを落とす。


「ちょっと、待って…」


「嫌だ。ずっと、待て、をしていたんだ。もう、待たない。」


それからのロランドは早かった。私は抱き上げられて、さっさと寝室に連れ込まれて。入籍の手続きは今週末だというのに、さっさと手を出されてしまった。


まあ。いいか。


言葉は少なくても、夜毎、求められる事でも、愛されていると感じる。


きっと、2人して不器用なのだ。


でも、この阿吽の呼吸のような、この人でないと、私は安心して身体を許すなど出来ないのだから。



滞りなく、ロランドとの入籍は認められ、月末には領地の教会で式を挙げた。


領民が集まり、盛大に祝ってくれた。


日々、領地の管理てめ慌ただしく過ぎゆく中、7月になって、披露パーティーを行った。


学生時代の友人も数人、来てくれた。久しぶりに、彼女達と会えてとても楽しかった。


皆、結婚を控えている。王城勤めのバリキャリを目指した友人が1人だけいたけど。そういう彼女も、婚約はしている。来て貰った分、パーティーに呼ばれたら、喜んでお祝いに駆けつけるわ。


そうそう。パーティー前に、宰相の奥様で、元、同級生のレイローズ様から、お祝いの手紙と、ドレスの上から羽織る美しい薄手のストールが届いた。もう。びっくりである。

クラスも違って、あんまり接点なかったのに。こんなに高そうな物頂いてよかったのかしら?


もちろん、有り難くパーティーで使わせて頂きましたよ。


領地での穏やかな日々が過ぎていく。


高位貴族では無いため、夜会や登城の義務も無い。その上、対外的には現男爵夫婦である両親が出て行く。気楽なものだ。


特段、野心が無ければ、王都は縁遠いもの。



夏の終わりに、妊娠が発覚した。来年春には、順調に行けば新しい家族が生まれるだろう。

最近は、皆が私の体調を気遣って、過保護で。ちょっと笑ってしまう時があるわ。


さて。とりとめのない、そう毎日、代わり映えしない私の話は終わりにしましょう。


ずっとまあ、愚痴みたいに話してて悪かったわ。聞いてくれてありがとう。


でも、時々はまた、愚痴を聞いてね。


子供の時の誕生日に、ロランドに貰った小さなうさぎのぬいぐるみ。手のひらに収まるそれを、ずっとずっと、大事にして、時々、話し相手にしていたなんて、知ったらロランドには呆れられるだろうか?


退色しないよう、大事に机の引き出しに戻す。


ガチャリ。


大事な書類と共に、いつもの場所にうさぎのぬいぐるみがあるのを確認して、私は引き出しに鍵をかけた。

ヒロインのお話は、これで完結です。

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