岩男
僕と岩男は今日もいじめっ子たちにやられた。
『完膚無きまで』ってこういう時に使うんだなってくらいに、ギッタンギッタンに、メッタンメッタンに。
余計なことしなければ2、3発小突かれて終わるのに、岩男は弱いくせにいつも抵抗する。
負けるとわかってても「今日こそは!」と果敢に立ち向かっていくので、それがいじめっ子たちの神経を逆なでするのは当然のことで。
2、3発で終わるどころか2、30発殴られる羽目になる。
最近のいじめっ子は無駄に知恵がついてきたからか、顔を殴ることは決してない。
親に先生に見つからないように、腹を執拗に狙ってくるんだ。
そこで「なんて卑怯な」と思えればいいんだけれど、僕のように完成度の高いいじめられっ子は「よかった親にバレずに済む」と思ってしまう。
「悔しくないのか?」と聞きたくなるかもしれないが、正直、こんな日々に慣れ始めた自分に気づく。
酷い目にあうのが日常になっているから、こんな日々が当たり前すぎて悔しいとも思えないんだ。
僕はいつものように仰向けに倒れた。
「岩男、大丈夫?」
岩男の方に顔を向けると、岩男はいつものように腹這いに倒れてた。
「へっへ、今日は昨日よりも痛くなかったぜ」
岩男は砂利が口周りにひっついた、情けない顔をしながらも、それでも精一杯の笑顔を見せた。
いじめられっ子が今日もいじめられたってだけなのに、五十歩百歩なのに強がってみせる岩男をすごいなとは思うけれど、どちらかと言うと「余計なことすんなよ」という気持ちが勝る。
それでも、もしかしたら、いつの日か、本当に岩男が勝つ日が来るんじゃないか。
そんなあり得もしないわずかな希望にかけて、僕は彼を止めない。
次の日も、僕たちはこっぴどくやられた。
詳しく書くまでもない。
いつも通り岩男が立ち向かって、余計にいじめっ子たちを怒らせて、余計に殴られた。
そして岩男はいつも通り
「へっへ、今日は昨日より痛くなかったぜ」
と砂利まみれの顔で強がった。
次の日も、僕たちはこっぴどくやられた。
岩男を殴る時のいじめっ子の顔が、少しだけ、ほんの少しだけ何かを我慢しているように見えただけで、やっぱりいつも通りだった。
あ、そうだ。
「へっへ、今日はもう全然痛くなかったぜ」
岩男のセリフがいつもと違った。
でも、その時は「またいつもの強がりだろう」と深く考えていなかった。
さらに次の日、いじめっ子たちがやられた。
いじめっ子Aが岩男の腹を殴った直後に「あぎゃああああぁぁぁぁっ!」と悲鳴をあげた。
「てめえ何しやがった!」と続けて岩男を殴ったいじめっ子Bも「ぐるああああぁぁぁぁ!」、CもDも岩男を殴った瞬間に悲鳴をあげ、右手を抱えてのたうち回った。
あまりの苦しみようにむしろいじめっ子が心配になって様子を見るとAもBもCもDも右手が血まみれだった。
「な、なにしたの? 服の下に何か仕込んだの?」
恐る恐る岩男に尋ねる。
いつも腹ばかり狙ってくるもんだから、確かにお腹周りに鉄板か何か仕込もうかと思った事はある。
でも、バレたら次の日はもっとひどい目にあうから僕はやろうとは思わなかった。
どうせ次からは服を脱がされて、鉄板を取っ払ったうえで殴られるんだ。
それを岩男がとうとうやったのか?
「俺さ、皮膚が硬いなったんだよ」
へ?
つい間抜けな声が出てしまった。
「ほら、毎日やられる度に俺は腹這いになってただろ? あの時に少しだけ砂利を食ってたんだ。するとさ日に日に皮膚が固くなってさ、今日ついに完成したんだよ。俺の皮膚が石みたいに硬いんだよ!」
いやいやいや、石を食べたら石みたいな硬さになるってそんなまさかと岩男の手を握るとなるほど硬い。
よく岩男の顔を見てみると日本人らしい黄色がかった肌色に少し灰色が混じったような、なんとも言えない色をしていた。
「俺は、ついに、殴られても平気な体を手に入れたんだ!」
胸の前で、両手の拳をガンガンぶつける岩男。
石の硬さと人間本来の柔軟さを兼ね備えた皮膚というのが生物学的にあり得るのか、義務教育を終えたばかりの僕にはまだ検討もつかなかったけど、いじめっ子たちの苦しみようにウソはなさそうだし、僕はもう少し科学の勉強を真面目にやろうと思った。
その後は一方的すぎて、見るに堪えなかった。
岩男が殴るといじめっ子が悲鳴をあげる。
いじめっ子が反撃するといじめっ子が悲鳴をあげる。
人間の体はなんてもろいんだろう。
その日、いじめっ子たちは病院に送られた。
そして次の日、岩男も入院した。
なんでも尿道に石がつまったとか。
痛そう。