がんばれ、わたし
勢いで行動して後悔することは誰にだってあると思う。
私は今、まさにその瞬間真っただ中だ。
おはぎの入ったタッパーを手に、色々な心配がよぎり頭がぐるぐるする。頬と耳が火照る。せめて見た目だけでも平常心を装いたい。冬風よ、冷やしてくれ。落ち着け、私。
「あれ、まっきー。おつかい?」
見つかってしまった。週末なのに仕事に精を出すカズキ。
まだ心の準備ができていないのに、幸か不幸か今この瞬間ここにお客さんはいないので時間稼ぎはできない。彼が店頭にいてくれて良かったという気持ちと、逃げ出したい気持ちが混ざる。
そんな私の心中になどお構いなくで、カズキはいつもの明るい笑顔を向けてくる。私の両手に掴まれたタッパーに気づいた彼は、興味津々な目で私の言葉を待っている。時折吹き抜ける風が、サンダルで飛び出してきた足元に冬の空気を感じさせる。
ここまで来て後には引けない。
「あの……これ、お裾分け、なんだけど。」
なんとか言うべきことを口にし、タッパーを示す。
オシャレさの欠片もない半透明のプラスチックにぼんやりした色の蓋。瀟洒な風呂敷も、おしゃれな手提げもない、剥き出しの生活感。女子高生の手作りスイーツというフレーズに相応しい、デコラティブで溢れ出すほどファンシーなラッピングなんて皆無。そんなものを用意する暇も考える余裕もなかった。カップケーキの如く、ポップなピックやキラキラのトッピングシュガーで飾られたおはぎなんてのも嫌だけど、両手の中のこれは華がないにも程がある。おばあちゃんかよ、と自分で突っ込みたくなる。
そんな私の心中を察するべくもないカズキは目を輝かせている。蓋をしたまま覗き込んでも中身に確信が持てないようで、それもまた楽しそうだ。
「なになに? 茶色、というか黒っぽいよね。佃煮? あ、チョコだったり。」
私、佃煮のイメージなの……?
いや、不定形のチョコレートというのもなかなか……。
「んー……あ、あれだ、あんこ!」
カズキの推理は続いていたようで、一応かなり近い所まで来た。
さっきの発言に地味にダメージをくらったが、へこたれている場合ではない。趣味や人柄が伝わるほどの時間を一緒に過ごしているわけじゃないのだから、どう思われようと仕方がない。
「惜しい。これ、あんこじゃなくて、おはぎ。」
正解を伝えながら、米店の店頭に並ぶおはぎのパックが視界に入る。人気商品のおはぎは、残り少ないながらもまだ売られている。安定感のある佇まいはさすがだ。私が台所で悪戦苦闘していたことなんて連想させない。
売り物とは比べ物にならないよね、とまたへこむ。
ろくに料理したこともない素人のお裾分けなんて迷惑、かも。
「おはぎ! 作ったの? あ、上がってってよ。今時間大丈夫?」
流されるまま、米屋の奥から二階へと続く階段へ進み、通されたのはダイニングキッチンだった。少し寂しい印象を受けたのは、テーブルに何も載っていないからなのか、それとも椅子が二脚だからなのか。
お茶を淹れるから待ってね、と台所に向かったカズキの背中を眺める。
二人きりのしんとした空気の中、お湯がコポコポと沸く音がやけに大きく聞こえる。今この状況が嘘みたいだ。
服、着替えてくるんだったな。おはぎを作っているときは必死で、そのまま勢いで飛び出してきてしまった。お気に入りでもない部屋着に付着したあんこに気付いて恥ずかしい。エプロンをしていたのにな。店先でパッと渡してサッと帰るべきだった。
冷静になるともうどこまででも恥ずかしいので、なるべく意識を逸らそうと努力することにする。
ただ、同時に、私にはなぜか不思議な安心感があった。カズキは私を傷付けることはない、と。おはぎの出来が悪くても、可愛い服装でなくても、ガリガリに乾いたあんこが付いていても、上手く喋れなくても、彼は私を傷付けることは決して言わない。悪く思ったりしない。
勝手な思い込みかもしれない。それでも、この時の私は確信していたのだ。お茶が出されるまでのひとときはゆったりと心地よく、彼の背中をいつまででも見ていられるような気さえした。