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おにぎりの一粒の私  作者: anik
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我が家の食卓

 その日の夕食は私が買ってきたおはぎとなった。仕事から帰宅した母は、食卓の上に投げ出されたおはぎを見てほっとした。十分な食べ応えのある塊があれば、食事の支度など不要と考えたのが手に取るようにわかる。あんな母のもとで育った私自身も自然とそう考えているのだから。食育だ栄養バランスだと家庭科の教科書にいくら事細かに書いてくれたって、我が家の現実はこんなものだ。理想は理想。現実は現実。一日二十品目に程遠い食生活だとしても、私は五体満足で生きている。人間の体というのは教科書の内容よりずっとタフに柔軟に作られているに違いない。

「うん。お米屋さんのは間違いないわね。おはぎなんて手がかかる物、作る人の気が知れないわ。」

 私と母は二個ずつのおはぎを平らげた。血糖値が上がった母は機嫌良く私にもお茶を持ってきた。常温のペットボトル。台所の片隅に積まれた段ボール箱にはまだまだ買い置きがある。お茶は淹れるものだった記憶はない。この家で急須なんて見たことがない。蓋を開ければすぐに飲めるお茶とコーヒーがいつからか我が家には積み上げられている。

 夕食はいつも母と二人きりだ。父の帰宅はいつも遅い。仕事だから仕方がないとの話だが、日が変わる頃まで毎日何をそんなにやっているのだろうか。世の中のサラリーマンみんながそんな暮らしをしているはずがないと思うが、少なくとも父はそのような仕事人間のようだ。私は父の仕事の内容を知らない。何のために、どんな人たちと、どんな仕事をしているのか聞いた記憶がない。最後に父と顔を合わせたのはいつだっただろう。私は父は嫌いではない。むしろ一定の尊敬をしている。趣味や娯楽に稼ぎをつぎ込むこもなく、何十年も会社に通い続け、文句一つ言わない父。私が父と同じ暮らしを強いられたらきっと気が狂う。だから、どれだけ顔を見なくても、どれだけ会話がなくても、オトウサンハイツモスゴイネ。

 父はいつもどこかで食事を済ませてくるため、夕食は基本的に母と私の二人きりだ。母は食事の支度を極度に嫌っている。しかし母なりの理想や義務感があるのか、よほどの事情がない限り嫌々ながら台所に立つ。自分一人ならどこかで食べてくるのに、と苦々し気な母の近くにいるのは気分のいいものではない。そうしなよ私はいらないから、とロボットのように繰り返したところで、私の言葉になど聞く耳を持たない。不満と愚痴をトッピングされた食卓の、あるはずの温度が感じられない雑な料理を喉に押し込む。無表情で黙々と食事という行為をこなす人形のような二人の姿はきっと普通の家庭で育った人には奇妙で滑稽に見えるだろう。でもこれが私の普通であり日常だ。

 割り箸にペットボトル飲料におはぎのプラスチックパック。洗い物は出ないがゴミは出る。ゴミ捨ては私の仕事だ。と言ってもマンション内のごみ捨て場に置きにいくだけで、早起きも計画性も必要ない。母の機嫌を損ねない頻度で、母の邪魔をしないように運ぶだけだ。こんな簡単な作業でも母には耐え難い苦痛のようで、私が担当する以前は、幾つもの大きなゴミ袋が異臭を放ち始めるまで床に散乱していることも珍しくなかった。母は家庭人として欠落したものがある。それは私にもきっと受け継がれている。都合の悪いことには見ないふりをして逃げる父もまたきっと欠落した人なのだろう。なんて歪な家族。両親が結婚や出産を選択したことが私には理解できない。愛せないなら生み出すな。守れないなら築くな。お前たちは大人だろう。

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