夜明けの特訓
まだ眩しい朝日出て間もない頃。
私たちは浴衣から動きやすい服装に着替えて、陽太君が教えてくれた海岸に集まっていた。
ここ数日、時間が空いた時はこの海岸に来て特訓するのが日課になっていた。
それ以外の時間は紅葉さんの手伝いをしていて、ちょっとだけ大変だけど私的には充実感を得ている。
「勇正、行くぞ!」
「はい!」
それぞれグレンとアルジャの姿になっている陽太君と勇正君はそう掛け合いながら砂浜でお互い見合っていた。
私はちょっと特訓で疲れたので休憩がてら融合を解いて、その様子を遠くから座りながら見ていた。
ちなみに今の私の服装は水色Tシャツに初日に来ていた白の半袖パーカーを羽織っている。下は青色のデニムショートパンツである。
スマホはパーカーの右ポケットに入れている。
『ヨウタ、油断するなよ』
「分かっている!」
陽太君はグレンと話しながら勇正君の方へと突っこんでいく。
『勇正、来るぞ!』
「分かっています!」
一方、勇正君はアルジャとそう話しながら左手に持っている盾を構える。
どうやら陽太君の攻撃に備えるようだ。
「うおりゃあ!」
「くっ!」
陽太君はそんな事を気にせずに右手で殴りかかる。
その攻撃をしてきた瞬間、勇正君は少し体を前へと突き出し盾で受け止める。
少し受け止めた反動で体が後ろに下がるがダメージは無いみたい。
「ッ! いってぇ!」
一方、殴り掛かった陽太君の方がダメージを受けていた。
殴った手を上下に振りながら痛そうにしていた。
「まだまだ行きますよっ!」
痛がっている陽太君を勇正君はそう言いながら右手で持っている剣で斬りかかる。
『ヨウタ!』
「分かっている!」
すぐに勇正君の攻撃に気付いた陽太君はギリギリで剣を避ける。
そして、後ろへジャンプして距離を取り始める。
「距離を取りましたか! だったら……」
『UNITE CHANGE!』
距離を取る陽太君に対して勇正君はスマホの電子音声を響かせながら光に包まれる。
そして……。
『FOG JERRYFISH!』
陽太君が着地すると同時に勇正君は電子音声と共に姿が露になる。
体全体が水色のゲル状に呑み込まれており、上半身はクラゲの傘部分。下半身は無数の触手が生えていた。本体と思わしき人型の赤い光が透けて見えおり、目が金色に輝いている。その姿は例えるなら円盤に乗った宇宙人にも見える。ちなみに体は浮いている。
「これでどうですか!」
勇正君がそう言った後、体から水蒸気を噴き出る。
『まずい!』
「大丈夫だ!」
勇正君の体から発する霧を見てグレンは動揺を隠せなかったがその裏腹に陽太君は何か対策があるのかとても落ち着いていた。
そして、段々と霧が濃くなっていき辺りが見えなくなったその時だった。
『UNITE CHANGE!』
陽太君が居た場所からスマホの電子音声と共に少しの光が見えた。
それと同時に彼が居る場所へと空気と霧が吸い込まれていく。
そして……。
「いっけぇぇぇえ!」
陽太君の叫び声と共に突風が辺りを吹き抜ける。
突然の衝撃に耐えながら私は二人が戦っていた場所を見つめる。
すると、あんなに濃かった霧が一瞬で吹き飛んだ。
そして、そこに居たのは……。
「よし! これで視界は良好だな!」
獏と融合した陽太君の姿だった。
どうやら彼の様子を察するに右手で空気を貯めて放出して霧を飛ばしたようだ。
その証拠に突き出している手から真っ直ぐ砂浜がえぐられている。
後、反動で後ろに下がったのか足元の砂が少し盛り上がっている。
しかし……。
「読めていましたよ。陽太君……!」
そう。勇正君はいつの間にか陽太君の背後を取っていた。
しかも彼はいつの間にかコオロギと融合した姿になっており、いつでもシタールを鳴らす準備を整えていた。
「何!? いつの間に!?」
「陽太君が突風を起こした時です! その時に避けて姿を変えました!」
陽太君が顔だけ後ろを向けながら驚いている隙に勇正君はそう説明してシタールを大きく鳴らす。
すると、地面から線が出てくる。
「これで捕まえましたよ! 陽太君!」
勇正君がそう叫ぶと線は陽太君を捕らえ始める。
「くそっ……!」
線に捕らわれていく陽太君はそう言いながら必死に体を動かして抵抗していく。
けれど、その抵抗も空しく数秒で完全に拘束されてしまった。
『UNITE CHANGE! IRON GOLEM!』
陽太君が完全に拘束された後、勇正君は電子音声と共に光に包まれゴーレムと融合した姿になる。
そして、すぐに右手で拳を作りながら殴る態勢に入る。
どうやら私と戦っていた時と違って今回は油断せずに倒すつもりのようだ。
「これでおしまいです!」
そう叫びながら勇正君は拘束されている陽太君に殴り掛かる。
誰もがこれで決まると思ったその時だった。
『UNITE CHANGE!』
陽太君の体が電子音声と共に光に包まれ、段々と姿を変えていくが……。
「無駄です! 今更、姿を変えた所で何も変わりません!」
勇正君はそう叫びながら気にせず陽太君の事を殴る。
「かっはぁ……!」
勇正君の攻撃をまともに喰らった陽太君は悲痛の声を上げる。
それと同時に彼を拘束していた線が切れて、体が殴られた衝撃で真っ直ぐ飛ばされる。
飛ばされた彼は砂煙を上げながら地面を転がっていく。
そして、周りは砂煙のせいで見えなくなってしまった。
「やりましたか……?」
勇正君は陽太君に殴り掛かった拳を引っ込めながら恐る恐る彼が飛ばされた方を見る。
すると……。
『ッ! 勇正、避けろ!』
いち早く何かに気付いたアルジャが勇正君にそう呼びかける。
すると、陽太君が飛ばされた方から何かが飛んでくる。
しかし、すぐに対応できなかった勇正君は陽太君の方から飛んできた何かが左肘を擦る。
「ッ!」
勇正君が悲痛の叫びを上げていると飛んできた何かはまるでブーメランのように弧を描きながら陽太君の方へと戻っていく。
「油断大敵だぜ。勇正」
『BUBBLE TORTOISE!』
段々と視界が良好になっていくとウミガメと融合した陽太君が立っていた。
右手には泡の盾を持っており、前と違って黒い紋様が無いのが見て分かる。
「……なるほど。背中にある泡の盾で先ほどの僕の攻撃を和らげたんですね」
「まぁな。そして、砂煙で周りが見えなくなっている隙に泡の盾を勇正が居た場所に投げたんだ」
右手で左肘を抑えながら冷静に分析していく勇正君。
その分析を陽太君は素直に認めながら先ほどの出来事を説明していく。
「陽太君、やりますね」
「勇正だって俺が突風を起こした時に姿を変えながら後ろを取るとは正直びっくりしたぞ」
お互いに戦略を誉めあいながら笑いあっていた。
その二人の姿はまるで友達同士で無邪気に話しているようにも見えた。
「……良かった。勇正君、元気になって」
そんな二人の姿を遠くで見ていた私はそっと呟いた。
この数日の合宿、正直心配だった。
勇正君が陽太君に劣等感を持っていたのは知っていた。
私も陽太君に対して同じ感情を頂いていたからすぐに分かった。
だからこそこの合宿で少しでも強くなって劣等感が無くなればいいなと考えていた。
けれど、まさか彼の劣等感があそこまで大きかったなんて夢にも思わなかった。
その件は二人が本音を言いあって何とか解決したけど、この事が切っ掛けで私たちの間でわだかまりが出来るかもしれないか不安だった。
結果、本音のぶつけ合いが良かったのか二人共特訓に集中出来ているので良かった。
「さて、もう一汗やるか!」
「はい!」
私がそう考えていると陽太君と勇正君の戦闘態勢が整ったのかまた戦いを始めようとしていた。
そして、二人が動き始めた瞬間……。
『ヨウタ、待った!』
突然、グレンの声が辺りに響く。
それを聞いた陽太君と勇正君は動きを止めようとして転びそうになる。
私も二人の戦いをまだ見れるとちょっと期待していたがどうやらそれも終わりのようだ。
「グレン、何だよ! いい所なのに!」
『クレハから電話だ! 出ないと大変だろ?』
「げっ……もうそんな時間かよ。あぁ、もう。出るのやだな……」
やはり紅葉さんからの電話だ。
そろそろ時間だと思っていたけどまさかこんなタイミングで来るとは思わなかった。
彼女からの電話が来た陽太君は戦闘態勢を解き渋々、右手を耳元に置く。
それと同時に勇正君も戦闘態勢を解き、彼の方を見つめる。
そして……。
「はい、もしもし。紅葉さん?」
陽太君は紅葉さんとの通話を始めた。
初日の夜、またアプリがアップデートされて新しい機能が追加された。
その機能は通話。融合した状態でも手を耳元に置けば掛かってきた電話に出られる機能である。
スマホの電話帳に登録されている番号ならこちらからも連絡可能で相手の事を考えて手を耳元に置けば通話が出来る。
「あぁー! 分かった! 分かったよ! すぐに帰ってくるよ!」
陽太君はそう叫びながら耳元から右手を離した。
彼の様子から察するにどうやら紅葉さんに早く帰ってくるように言われたようだ。
そして、すこしため息をついた後……。
「ごめん、勇正。今日はこれでお終いだ」
陽太君は正面に居る勇正君にそう謝りながら融合を解く。
そして、紅葉さんから貰ったTシャツに赤の半袖パーカーを羽織って下は灰色の半ズボンを履いている彼の姿が露になった。
「気にしないでください。そろそろ時間だと思っていましたし」
陽太君の電話の様子を見ていた勇正君はそう言いながら融合を解く。
そして、陽太君と同じく紅葉さんのTシャツと黄色の半袖パーカーを羽織って黒の半ズボンを履いている彼の姿が露になった。
「じゃあ、急いで帰るか!」
「陽太君、ちょっと待って!」
自分たちの姿が元に戻った事を確認すると急いでいる陽太君がそう叫ぶ。
けれど、その彼を私は呼び止める。
「美鈴、どうしたんだよ? 早く帰らないと殺される!」
「うん、分かっている。けど、その前に……」
慌てている陽太君に対して私は服についた砂を手で払いながら立ち上がる。
服に砂がついてないか確認した後に彼の元へと歩いていきすぐにたどり着く。
そして……。
「まずはここの片づけだよ」
笑顔で陽太君にそう言った。
そう。私たちは特訓の後、必ず場所の片づけも行う。
初日は大して気にしてなかったが段々と特訓が激しさを増していくと場所の風景が変わりつつあったのに気が付き、これはちょっとまずいと思い出来るだけ場所の後片付けを行うようにした。
今日は彼が起こした突風の後で出来た砂浜の跡を元に戻すくらいかな。
「えっ……でも早く帰らないと」
陽太君は弱弱しい声で私にそう言った。
彼の気持ちも分かる。
少しでも早く帰らないと紅葉さんのお仕置きが増えるのだ。
けれど、この場所をこのままにしておく訳にもいかない。
もしこの場所を見た人が写真とかを撮って、ネットに拡散されたら色々と厄介かもしれない。
だから、ここは引く訳にいかない。
「陽太君、決めたよね? 特訓した後は片づけを行うって」
「まぁ、確かにな。けど……」
「けどじゃないよ。もしこの場所の様子が誰かに見られたら大変な事が起きるかもしれないよ」
「うっ、それは……」
私は正論を言って陽太君の段々と逃げ道を無くしていく。
そして、ゆっくりと彼の方へと近づき……。
「陽太君?」
私は陽太君の名前を呼んで更に追いつめる。
その呼ばれた彼は体中から冷汗を出した後……。
「……はい。やります」
そう言いながら渋々と了解した。
「勇正君もそれでいいよね?」
「はい、分かりました」
陽太君との交渉が終わった後、私は勇正君の向き同意を求める。
すると、状況を理解しているのか彼はすんなりと受け入れた。
「じゃあ、始めよう! 今すぐにね!」
「はい!」
「おう……」
こうして私たちはこの場所の片づけを開始した。
ちなみに片づけは結構時間が掛かってしまい、陽太君が紅葉さんにたっぷりとお仕置きされたのは言うまでもない。
それを見ていた私はちょっと可哀そうだったので次は彼の意見もちゃんと聞こうと思うのでした。




