海の家の手伝い
一点の曇りも無い青い空。
遮るものが無いこの空から夏の強い日差しが降り注ぐ。
そんな中、人々は海を求めて海水浴に来る。
その理由は十人十色。
遠くから遊びに来た人も居れば海を眺めるだけに来た人も居る。
しかし、今の俺たちはそのどちらにも所属していなかった。
なぜなら……。
「「「いらっしゃいませ!」」」
海の家『陽だまり二号店』で紅葉さんの手伝いをしているからだ。
ちなみに俺と美鈴、勇正は飲食バイトで言う所のホール。
美紅と紅葉さんはキッチンだ。
後、グレンたちが入っているスマホは奥の休憩室に置いてきている。
そして、今は海の家にやってきた客の対応を美鈴がやっている真最中だ。
「お客様は何名様でしょうか?」
「あっ、二人で」
「二名様ですね。かしこまりました。それではお席へご案内します」
「あっ、はい」
淡々とした会話した美鈴はお客様を空いている席へと連れて行く。
流石美鈴だ。
初めての接客業なのに俺以上に上手いように感じる。
しかし……。
「あの恰好は何とかならなかったのか……」
キッチン近くに居た俺は自分たちの恰好を見ながらそう呟いた。
そう。今の俺たちの恰好は水着。その上に海の家特製のオリジナルTシャツを着て働いていた。
ちなみに俺は黒い無地のサーフパンツ。勇正は青い柄物のサーフパンツ。美鈴は緑のビキニタイプ。下は白いパレオで隠されている。
「別にいいだろ? この格好の方が売れ行きいいんだから」
俺の独り言を聞いていた紅葉さんがキッチンからそう声を掛けてきた。
ちなみに紅葉さんは黒のビキニ。美紅はひまわり柄のワンピ。
その上に俺たちと同じ海の家のオリジナルTシャツを着ている。
「けどな……」
俺はそう紅葉さんに愚痴を言いながら美鈴の方を見ていた。
確かにこの方が売れ行きはいいのは分かる。
女性がこんな魅力的な格好をしていればどんな男性客でも集まってくる。
しかもその格好をしているのが学校でもトップクラスの美少女である美鈴だ。
男性客のほとんどは彼女の方を見てばかりだ。
俺も俺でその姿に見とれてしまい仕事に身が入らないのが現状だ。
「こらぁ! 美鈴ちゃんに見とれてないでちゃんと仕事しな!」
「いってぇ!」
美鈴の恰好に見とれていると紅葉さんが近くにあったお盆を持ち出して俺の頭を殴りつける。
突然、襲ってきた痛みに俺は悲鳴を上げながら両手で自分の頭を押さえる。
「いっつつつ……それより紅葉さん……」
「ん? 何だい?」
「今年はお客が少ないような気がするんだけどなんかあったの?」
俺は痛みに耐えながら紅葉さんに質問した。
いつもだったらこの時間帯は満席で忙しい筈なのに今日はその半分以下だ。
まぁ、それでも他の所よりは来ている方だが……。
「あぁ、それは……」
「あっ!」
紅葉さんが俺の質問に答えようとした時、勇正の声が驚く声が聞こえてきた。
それと同時に何かが割れた音が聞こえてきて、何事かと思った俺はすぐにそちらを向く。
すると、からの皿を割った勇正がお客に謝っていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 今、片づけます!」
「あっ、勇正! 待て!」
「えっ? いたぁ!」
お客に謝りながら勇正が素手で片づけようとした所を俺は止めようとしたが時はすでに遅し。
勇正は皿の破片を触ってしまい、人差し指を切ってしまった。
それと同時に切り口から血が流れ出る。
「勇正君、大丈夫?」
「はい……」
近くに居た美鈴が勇正の所まで心配しながら近づいてきた。
美鈴の質問に答えた後、勇正は血を止める為に人差し指を口にくわえる。
「はいはい、どいた! どいた! 皿の破片を処理するからね!」
一連の様子を見ていた紅葉さんは急いで掃除用具入れから箒と塵取りを取り出す。
そして、そう叫びながら美鈴たちに指示を出す。
美鈴たちが指示に従った後、紅葉さんは皿の破片をてきぱきと掃除していく。
「大丈夫かい?」
「すみません……僕……」
「いいんだよ。誰だって失敗はあるんだ。気にしない、気にしない」
「はい……」
紅葉さんは掃除しながら勇正を慰めていく。
けれど、皿を割った本人はまだ引きずっている感じだった。
「これでよし! 陽太!」
「あっ、はい!」
「休憩室で美鈴ちゃんと一緒に勇正君の手当をしな! それが終わったら休憩に入りな!」
「えっ?」
勇正の様子を見ていた紅葉さんが気を利かせたのかそう俺に提案をしてきた。
確かに今の勇正はまた同じ失敗をしそうな雰囲気だ。
けれど……。
「大丈夫なのか? 抜けても……」
そう。そこが心配な所だ。
いくらお客が少ないからって俺も含め三人も抜けたら大変になるのは明白だ。
「大丈夫! 旅館の奴らを電話で呼ぶから! それよりみんなで気分転換してきな!」
紅葉さんはそう言いながら俺たちに休憩を促した。
まぁ、そこまで言うなら……。
「分かった。遠慮なくとらせてもらうよ。美鈴、勇正。手当てするから休憩室に行くよ」
「あぁ、うん」
「分かりました……」
俺は美鈴たちに誘導しながら奥にある休憩室へと行く。
二人も納得したのか俺の後について行く。
「あぁ~みすずおねえちゃんたちばっかりずるい! みくも!」
俺たちが休憩室へと行こうとすると厨房から美紅がそう叫んだ。
「美紅は私と一緒に今日はお留守番だ」
「ぶぅ~!」
紅葉さんが宥めると美紅もよっぽどついて行きたかったのか頬が膨れ始める。
こうゆう所はまだ子供っぽいよな。
まぁ、そこが美紅の可愛い所だな。
「あぁ、そうだ。陽太」
「ん? 何?」
紅葉さんが呼び止めたので俺は一旦、止まりそちらを向く。
一方、美鈴たちはそのまま歩みを進めていき休憩室へと入っていく。
「出かける時は霧には気を付けろ」
「えっ? 霧?」
「あぁ。最近、ここら辺でよく霧が発生しているんだ。だから、気を付けな」
紅葉さんはそう俺に注意を促した。
しかし……。
「霧ぐらいでそんなに気を付けないといけないのか?」
そう。俺にはそこまで大事には思えないのだ。
確かに自然現象には気を付けないといけないのは俺でも分かっている。
それで事故にあう場合もあるからな。
しかし、対処法を間違えなければ大丈夫な筈だ。
「いや、なんか妙なんだ」
「妙?」
「あぁ。霧が出ている最中、何かの幻覚を見るんだ。まぁ、幻覚っていっても人それぞれ違うみたいでね。ある人はデカい化け物を。ある人はその時に限って男女の性別が入れ替わったように見えたらしい。その噂のせいもあってお客が気味悪がって来なくなったんだ」
「へぇ……」
なるほど。
その噂のせいでお客が例年より少ないんだ。
けど、幻覚か……。
もしかして……。
「陽太君、救急箱って何処にあるの?」
紅葉さんの説明が終わった後、休憩室の方で美鈴がそう叫んできた。
「ちょっと待って! すぐに行くよ!」
「まぁ、あんたたちなら大丈夫だと思うけど十分に気を付けな」
「あぁ、分かった! んじゃ、休憩に入ります!」
紅葉さんと話した後、俺は急いで美鈴たちが居る休憩室に向かっていった。




