叔母との再会
電車を乗り継いで二時間半。
俺たちは叔母さんが経営している旅館の近くの駅までたどり着いた。
空には鳶が飛んでおり、まだ近くに海が見えないがどことなく潮風の香りがしていた。
「陽太君、ここからどうするの?」
「あぁ、ここからは叔母さんが迎えに来るんだ。そろそろ来る筈なんだが……」
右手に荷物を持った俺は美鈴の質問に答えながら叔母さんを探し回る。
あれ、おかしいな……。
予定通りの時間に着いた筈なんだけどまだ来てないのか?
まさか時間を忘れたとか言わないよな……。
いや、あり得る。
あのガサツで人の事をおもちゃ程度に扱わない叔母さんなら十分にあり得る。
「誰が……」
「えっ……」
「叔母さんだぁぁぁあぁ! よぉぉぉうぁたぁぁぁあ!」
「かっはぁあ!?」
背後からとても聞き慣れた声が聞こえてきた瞬間、俺は何者かに首を絞められる。
俺は無意識に手を首の方へと持っていき必死に解こうとしていたがなかなか解けずにいた。
一方、美鈴たちは何が起きたのか分からずに此方を見ていた。
「あっ、くれはちゃん!」
こんな状況の中、美紅は冷静に俺の背後で首を絞めている人物の名前を呼んだ。
「美紅! 久しぶりだね! 元気してた?」
「うん、くれはちゃんもげんきしてた?」
「あぁ、この通り元気だよ!」
俺が首を絞められる中、美紅たちはそうやり取りしながら和んでいく。
しかし、和んでいる所悪いがもうそろそろ限界が近い。
というか俺が首絞められている状況なのに和むな。
とりあえず一刻も早くこの状況を何とかしなければ……。
「あっ……あのお、おばさん。そろそろげんか……」
「だから……」
「へっ……」
「叔母さん言うなぁぁぁあぁ!」
叔母さんはそう叫びながら俺の首を絞め上げる力を強くした。
まっ、まずい……。
このままだと本格的に落ちる……。
「ほら、落ちたくなかったらいつものを言いな」
「えっ、あれを言うのかよ……」
「そうだよ……さぁ早くしな」
叔母さんが苦しんでいる俺の耳元でそう囁いてきた。
その声はもはや悪魔が囁いているようにしか聞こえなかった。
だが、どうする……。
あれを言うのは正直、嫌だ。
あれを言った瞬間、絶対足腰立てなくなるまで働かせるのは明白だ。
しかも、今回は美鈴たちも居る。
あんな情けない事を皆の目の前で言うのは真っ平御免だ。
しかし、もう限界だ……。
「さぁ、早く!」
叔母さんはそう言いながら更に俺の首を絞め上げる。
くっそぉ……。
あんまり言いたくなかったが背に腹は代えられないか!
「くっ……」
「ん?」
「紅葉お姉さま! この下僕、今回も真心を込めてお手伝いに来ました! これから五日間、てきぱきと働きますのでよろしくお願いします!」
「よし! OK! 今回もこき使ってやるから覚悟しときな!」
叔母さんはそう言いながら俺の首絞めるのを辞めた。
それと同時に俺は地面に崩れ落ちた。
「陽太君、大丈夫……?」
「大丈夫じゃないかもしれない……」
終わった……。
これでこの合宿中、こき使われるのは確定だ……。
しかも、美鈴たちの目の前で下僕宣言してしまった。
もう穴があったら入りたい……。
「へぇ、あんたが美鈴ちゃんか。可愛い女の子だね」
「えっ?」
「んで、そっちの子が勇正君かな。姉さんに聞いた通りだね」
叔母さんはそれぞれ美鈴たちを見た後、名前を呼んだ。
その事に当の本人たちは驚きを隠せなかった。
「あの貴方が……?」
「お察しの通りだよ。あたしの名前は天道寺 紅葉。陽太と美紅の叔母だよ。よろしくね」
美鈴が聞くと叔母さんは自己紹介し始めた。
そう。この人が俺の叔母に当たる天道寺 紅葉さんだ。
俺の親父の妹でとても活発的な人である。
ちなみに天道寺という苗字は親父の姓。
後ついでに付け加えると美紅の名前は紅葉さんから取ったものだ。
本来、生きてる人から名前を取るのはあまりよろしくないが活発的な女の子になってもらいたいと思い名付けたそうだ。
しかし、俺的にはそうならないでほしいと心から願っている。
大切な妹がこんなガサツでいい加減な人間になってほしいと思う兄がこの世の中に居るか。
もし居るんだったら会ってみたい。
「あっ、呼ぶ時は紅葉さんか紅葉ちゃんって呼んでね」
紅葉さんは自己紹介の後、自分の呼び方を美鈴たちに言っていく。
何が紅葉ちゃんだ。
母さんより若いのは確かだが、三十手前の叔母さんが十代の俺たちに何を言われるんだか……。
「ん? 陽太、何か言った?」
何も言ってないはずなのに紅葉さんはそう言いながら俺の事を睨みつけてきた。
この人のこうゆう所はやはり恐ろしい。
いつも俺の心を読んでは散々嫌がらせをさせられたな……。
「それにしても陽太……」
「ん?」
「お前が友達を連れて来るなんてあたしは嬉しいよ」
「そうかい……」
俺は紅葉さんと話しながら立ち上がる。
それと同時に地面に着いていた部分の埃を払っていく。
「しかも、まさか可愛い彼女まで連れて来るとはあんたもやるようになってねぇ」
「かのッ!?」
紅葉さんの爆弾発言を聞いた俺は顔が一瞬で真っ赤になる。
美鈴も美鈴でその爆弾発言を聞いて、顔が俺と同じく真っ赤になる。
「紅葉さん、何言ってんだ!? 俺と美鈴はそんな関係じゃない!」
「あれ、そうだったの? あたしはてっきり……」
「てっきりじゃない! 確かに美鈴は可愛いけど、俺たちはまだそんな関係じゃない!」
俺は顔を真っ赤にしながらも紅葉さんに詰め寄り、反論していった。
反論が終わった後、紅葉さんは余裕がある笑顔で此方を見ていた。
「ふぅん、まだね……」
「なんだよ……」
「まぁ、いいや……これ以上、言うと美鈴ちゃんが可哀そうだからね」
「えっ?」
紅葉さんはそう言った後、俺は美鈴の方を見る。
すると顔はさっきより真っ赤になりながらその場で固まっていた。
「さて、そろそろ行くよ! ほら、美鈴ちゃん!」
紅葉さんはそう言いながら美鈴の手を引いて走り出す。
その先には紅葉さんの車があった。
「えっ、ちょっと……」
「あっ、まってよ~」
紅葉さんの手に引かれ走り出した美鈴は戸惑いながらも歩幅を合わせていく。
美紅も美紅でその後を追いかける。
「あっ、待ってください! 陽太君、行きましょう!」
「あぁ……」
取り残された俺と勇正は美鈴たちの後に走り出す。
それと同時にまるで俺たちを歓迎するかのように空を飛んでいる鳶が鳴き始めるのであった。




