期待と不安を乗せた電車
辺りがまだぼんやりと薄暗く静けさに包まれている頃。
俺たちは集合場所である駅前に集まっていた。
ちなみに服装は全員、夏の私服。
俺の服装は夏らしく海と大きく書かれたかっこいい半袖Tシャツの上に赤いフード付き半袖パーカー。下は黒の膝丈まであるショートパンツで夏を満喫しているという感じの格好だ。
勇正の服装は海の風景画が描かれた薄水色の半袖Tシャツ。下は黒のスキニーでとてもラフな感じでまとまっている。
そして、美鈴の服装はノースリーブの白黒のボーダー。下は濃い目の青のスカートで爽やかな感じだ。
若干、その姿に見とれていた事は俺だけの秘密だ。
それぞれの服装を見た後、予定通りの時間で電車に乗り合宿先へと向かっていた。
そこまで順調だったと自分でも言える。
けれど、一つだけイレギュラーな事態が起きた。
いや……今現在進行で起きている。
それは……。
「何でここに美紅が居るんだ?」
そう。ここに居る筈のない俺の妹、美紅が美鈴の隣で座っていた。
しかもお気に入りの猫のTシャツと花柄のスカートを身に纏いながら楽しそうに話している。
「はぁ? さっきもいったじゃん! わたしもこんかいからてつだうことになったって! そんなこともおぼえられないの! このバカアニキ!」
俺が話しかけると美紅は暴言を吐きながらそう答えた。
そう。出かける直前になって母さんに説明されて急遽、美紅がついて来る事になったのだ。
それまで俺はその事を誰からも知らされていなかった。
しかもだ……。
「何で美鈴たちには先に伝えてあるんだよ……」
そう。美鈴たちには美紅がついて行く事を先に伝えていたのだ。
普通、そんな大切な事は兄である俺に先に伝えておくだろ。
「陽太君、ごめんね。てっきり陽太君も知っていると思っていたから……」
「いや、それは美鈴が謝る事じゃないだろ……」
俺は美鈴が謝るのを宥めた後、今どの辺か確認する為に窓から景色を見始める。
まだあちこちに高層ビルが見える。
叔母さんが経営している海の家は自然が豊かな場所だ。
景色を見ている限りまだまだ時間はかかりそうだな。
しかし、美紅が叔母さんの手伝いか……。
確かに美紅はよく母さんの手伝いをしている。
けれど、まだ五歳児に海の家を手伝わせるのはどうかと思う。
「そういえば陽太君!」
「おぉ、おう!? 勇正、どうした!?」
景色を見ていると隣に座っている勇正が大声で俺の名前を呼んだ。
その事に驚きながらも俺は勇正にどうしたのかと尋ねた。
「今日から泊まる事ってどんな所なんですか!?」
「あっ、あぁ、その事か。そう言えば勇正たちには言ってなかったな……」
どうやら勇正は自分たちが泊まる所を聞きたかったようだ。
しかし、勇正の奴……。
今日はやけに気合が入っているな……。
一体、どうしたんだろうか?
「陽太君?」
「あっ、悪い。泊まる所の話だったな。今日、泊まる所は『陽だまり』っていう旅館だ」
「旅館『陽だまり』?」
「どんな旅館なの?」
勇正と俺が今日から泊まる所の話をしていると美鈴が期待を乗せながら割り込んでくる。
「叔母さんが経営している所で海の近くにある旅館なんだ」
「えっ、そうなの?」
「あぁ。夏の間はその旅館だけんじゃなくて海の家をやっているんだよ。そのせいで忙しいから毎年、海の家を手伝っているんだよ」
「へぇ~」
俺は叔母さんの話をしながら美鈴たちに旅館や海の家の事も伝えていく。
「じゃあ、迷惑を掛けないように頑張らないといけませんね!」
俺の話を聞いた勇正は更に気持ちが高ぶったのか気合を入れ直し始める。
「いや、勇正。そこまで気合を入れなくても大丈夫だぞ……」
「いえ、駄目です! 手伝うからには手を抜いては申し訳ありません! 全力で手伝わせてもらいます!」
「お、おう……」
勇正の気迫に押された俺は言葉を失ってしまった。
若干、美鈴たちも引いていたが大声で叫んだ当の本人はその事に気付かずにいた。
『ヨウタ……ヨウタ……』
「ん……?」
俺の半ズボンの左ポケットに入っているスマホからグレンの声が僅かながら聞こえてきた。
その事に気付いた俺はすぐにポケットから取り出し、美紅に見えないように隠す。
それと同時に勇正は美鈴たちと話し出す。
「グレン、どうしたんだ……?」
『ユウセイの奴……なんか危なっかしいな……』
「えっ……? どういう事だ?」
『確かに合宿だから気合が入っているのは分かる。けど、そのせいか分からないがいつも以上に危なっかしいような気がするんだ』
グレンとこそこそとそう話した後、俺はそっと勇正の方を見る。
噂されていた当の本人は美鈴たちと楽しそうに話していた。
「俺はそこまで危なっかしいようには見えないけどな……気のせいじゃないのか?」
『なら、いいんだがな……』
勇正の様子を見た俺がそう言ってもグレンの不安は消える事は無かった。
そんな期待と不安を乗せながら電車は一刻一刻と目的地へと向かっていくのであった。




