特訓の日々と準備
夏休み。
それは学生が学校側から与えられる長期休暇。
ある者は夏を謳歌する為に遊びつくす。
ある者は受験などで忙しく休んでいられない。
そして、モンスターたちと初めての夏を過ごしている俺はというと……。
「行くぞ! グレン!」
『来い! ヨウタ!』
携帯ゲーム機の電脳空間で特訓の日々を送っていた。
ちなみに今の特訓相手はグレンで俺と融合しているのは獏だ。
宙に留まりながらお互いに相手の事を見ていた。
『ヨウタ、どうした! 来ないのか!』
グレンが俺に手巻きしながらそう挑発してくる。
だが、うかつには動けない。
何せ相手はグレン。
前にも言ったが俺の持っているモンスターの中で戦闘力が一番高い。
何も考えずに飛び込んでも勝てないのは分かっている。
しかも、グレンの事だから獏の能力を警戒して炎を吐かずに戦う筈だ。
炎を吐かずに接近戦に持ち込まれたら此方が圧倒的に不利だ。
しかし、姿を変えればその状況を回避できる。
けれど、その隙をみすみす与えてくれるとは思わない。
さて、どうするか……。
『来ないんだったら……』
作戦を考えているとグレンが身構えながら……。
『こっちから行くぞ!』
俺の方へと突っ込んでくる。
(やっぱり炎を吐かずに突っ込んできたか……仕方ない! 一か八かあの作戦で行ってみるか!)
そう考えた俺はすぐに両手を後ろに向け、空気を吸い込み始める。
空気を吸い込む毎に両腕の透明な部分が段々と赤に変わっていく。
そして、限界になった所で……。
「いっけぇえぇ!」
そう叫びながら両手のガントレットを光らせて空気を放出した。
その勢いで俺の体は突っ込んでくるグレンへと突っ込んでいく。
『なるほどな! 空気を吸い込んで放出し、自分の推進力にしたか! ヨウタ、段々とモンスターたちの特徴を生かそうとしているな!』
当たり前だ。
羊たちの戦闘以来、俺はモンスターたちの特徴や能力を調べるようになったんだ。
グレンたちから直接聞いたり、自分でモンスターたちの行動を観察したりして情報を集めていた。
その情報を元に融合した姿でその特徴や能力をどう生かすか今まで考えていた。
そして、これが俺の出した答えの一つだ。
まだうまく力の下限が上手く出来ないのが難点だが、このスピードがあれば何とかなる。
『だが、その単調な動きじゃまだまだ甘い!』
そう叫んだ後、グレンは突進してくる俺をいとも簡単に避ける。
よし、予定通りだ。
『UNITE CHANGE! ROCK TYRANNO!』
『何ッ!? 体当たり中に!?』
スマホの電子音声が周りに響き、俺の体が光に覆われる。
飛ばされた勢いが無くなった所で体を覆っていた光が消え、俺は恐竜と融合した姿になる。
そして、すぐにグレンの方に体を向けながら両肩を光らせて……。
「喰らいやがれ!」
そう叫びながら俺はグレンに岩石を発射する。
それと同時に俺は発射した反動で少し後ろに下がる。
だが……。
『甘い!』
そう叫んだ後、グレンは体を横に回転させる。
その回転を利用しながら尻尾で岩石を俺の方へと跳ね返す。
「何ッ!? かっはぁ!?」
グレンの行動に驚いていると跳ね返した岩石が俺に直撃した。
直撃した後、岩石は自然と消えていき俺はそのまま現実世界へと吹っ飛ばされ……。
「どっはぁ!?」
悲鳴を上げながら自分の部屋の壁に背中をぶつけた。
そして、そのままベットの上に滑り落ちる。
「あいててて……」
『ヨウタ、大丈夫か?』
俺が背中に手を回しさすりながら起き上がるとゲーム機の画面からグレンがホログラムを使いながら顔を出す。
「あぁ、何とかな……」
グレンの質問に答えていると……。
コンコンッ!
「『!?』」
ドアの方からノックの音が聞こえてくる。
それに驚く俺とグレン。
「陽ちゃん、どうしたの? なんかすごい音が聞こえてきたんだけど?」
ノックする音が聞こえてきた後、ドアの向こう側から心配する母さんの声が聞こえてきた。
まずい……。
この姿を見られたら母さんに俺がコスプレ好きの男だと勘違いされてしまう……。
それだけじゃない。
グレンの姿を見られでもしたらどう言い訳すればいいんだ……。
とりあえず早急に手を打たなければ……。
「いや、何でもない! 荷物が入らなくて悪戦苦闘しているだけだよ!」
「そう……手伝う?」
「大丈夫だよ! 入ったから! それよりどうしたの? 俺の部屋まで来て?」
「あぁ、うん。そろそろ買い物に出かけるけど何か欲しいものある?」
俺が上手く話題を変えると母さんがそう尋ねてくる。
欲しいものか……。
もう合宿の準備は整えたし、他に欲しいものって言っても特にないな。
「大丈夫。特にないよ」
「そう……分かった。じゃあ、出かけてくるね」
「気を付けて」
「うん」
そんなやり取りをしながら母さんは階段を下りていく。
下りていく音を聞きながら俺はホッとし始める。
『危なかったな』
「あぁ」
『それよりヨウタ、これからどうする? まだ続けるか?』
そうやり取りした後、グレンは俺に尋ねてくる。
確かに特訓もいいが今日は早めに休んでおきたい。
「いや、いい。今日はここまでにする」
『UNITE OFF』
グレンと質問に答えた後、俺は融合を解除する。
解除した後、スマホは俺のベットに落ちる。
「あぁ~疲れた」
そう言いながら俺はスマホを潰さないようにベットに横になる。
『ヨウタ、お疲れ様。今日の戦い方はまあまあ良かったぞ』
グレンがさっきの戦いの評価をしながら俺の方へ飛んでくる。
「いや、まだ駄目だ。あの空間、無重力だからそこも含めながら戦わないといけなかったんだけどその事をすっかり忘れたからな。それが今回の敗因だったと思う」
俺はそう反省点を言いながら左手で目元を隠す。
そう。電脳空間は無重力。
俺はその状態で戦うのがまだ慣れていないのだ。
地に足が付く場所ならまだ戦い方はある。
けれど、あの空間は地面という概念が無い。
その概念が無いだけで戦いの幅が狭まる。
例えばさっきの戦いの時だって獏の能力を推進力に使ったけど勢いが収まらなくて止まれなかった。
足が付く場所だったらグレンが避けた瞬間に姿を変えながらブレーキをかけてすぐに攻撃に転じられたはずだ。
『けど、段々と自分の課題点が分かってきた事はいい事だ。今度はそれを踏まえながら特訓を続けていけば強くなれる筈だ』
グレンは俺の反省点を聞いた後、そうフォローしてくれた。
こうゆう風にうまい具合に褒めてくれるからこのドラゴンは凄いよな。
『それよりいよいよ明日から合宿だな』
「あぁ、そうだな」
グレンが明日の事を話し出すと俺は目元に置いていた手をどけて部屋の天井を見始める。
そう。明日から四泊五日の合宿。
正確には叔母さんの手伝い兼合宿だが美鈴たちとの特訓の日々が始まる。
その為、今日はグレンの仲間探しを行わずに各々が合宿の準備を整えている。
俺はその準備が早く終わったので空いた時間で特訓をしていたのだ。
『そう言えばヨウタ、さっき合宿の準備は出来たって言ってたけどちゃんと確認したか?』
「あぁ。何度も確認して忘れない物が無いか見たから大丈夫だよ」
俺はグレンの質問に答えながらベットの横に置いてある鞄を右手で叩く。
今回、美鈴たちとの泊まりもあって念入りに確認だけは怠らなかった。
正直、俺も美鈴たちと過ごすのは楽しみでしょうがない。
今までこんな風に友達と過ごすなんて無かったからな。
しかし、俺はまだ叔母さんと会うのに抵抗があるのも事実だ。
あの人には小さい頃から様々なトラウマを植え付けられたからな……。
もしそのトラウマを美鈴たちに言われないか心配だ。
『なら、大丈夫だな。じゃあ、後は明日を待つだけだな』
「そうだな。そう言えば今、何時だろ……」
グレンとそう話した後、俺は時間を確かめる為に無造作にベットに落ちていたスマホを取る。
そして、画面を見ると時間は十六時を過ぎていた。
「十六時か……今頃、皆どうしているんだろうな?」
『さぁな。ヨウタと同じく準備が終わって暇を持て余しているかもな』
「確かにな」
俺はグレンとくだらない話をしながら時間を潰していく。
それと同時に早く明日にならないかなと思う自分がここに居るのであった。




