狂気との出会い
「やっべ! 遅れる!」
俺は鞄を背負いながら通学路を走っていく。
あの後、俺は夜遅くまでグレンたちの本来の力を出すための特訓をしていた。
そのせいで俺は寝坊して、学校に遅れそうになっていた。
『ヨウタ、急ぐのは分かるが気を付けろよ』
グレンがまたホログラムの機能を使いながら俺の周りを飛んでいた。
全くこの寝坊は一応、お前のせいでもあるんだぞ。
特訓を辞めようと切り出してもまだやれるだろっていう何処かの熱血教師みたいな根性論を押し付けられて続けさせられたからな……。
結局、グレンの本来の力は上手く制御出来なかったし、そのせいで体のあちこちが痛むしもう最悪だ……。
『ん? ヨウタ、どうしたんだ?』
「いや、何でもない!」
俺がグレンの方を向きながら走っていると……。
「っと!」
左足が何かに当たり、躓く。
そのせいで俺の体は倒れそうになったが何とか態勢を整えて、転ぶのを阻止した。
「一体、何だ?」
俺はすぐに何に当たったのか見る。
すると、そこに居たのはうつ伏せに倒れている他校の生徒だった。
「えっ、人!? 何でこんな所で倒れているんだ!?」
『ヨウタ、他にも倒れている人が居るぞ!』
「えっ?」
グレンがそう叫んだ後、俺は周りに見始める。
すると、俺が蹴ってしまった生徒と同じ制服を着た人があっちこっちに倒れていた。
「これって……まさかあの噂の奴か?」
『……いや、ただの喧嘩だな』
俺は昨日、美鈴たちと話していた噂の事を持ち出すがグレンはすぐに否定した。
「グレン、どうしてそう言い切れるんだ?」
『ヨウタ、こいつらをよく見てみろ。服装はボロボロで、顔面も何度も殴られた跡がある』
「えっ……?」
グレンはそう言った後、俺は倒れている人の事をよく見る。
確かにグレンの言う通り、服装はボロボロで顔面も何度も殴られた跡があった。
「本当だ……」
『俺の知っている限り、あいつらの悪戯は怪我をさせる事はしない』
「けど、暴走って可能性もあるだろ」
『その可能性は無い。暴走しているならまだここら辺で騒ぎを起こしている筈だ』
「それもそうか……しかし、誰がこんな事を……」
グレンの説明を聞いた後、俺は改めて倒れている人を見ながらそう言っていると……。
「助けてくれぇ!」
近くの路地から助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
『何だ!?』
「行ってみよう!」
助けを呼ぶ声を聞いた後、俺とグレンはすぐに路地へと入っていった。
すると路地は他校の生徒がボロボロになりながら何人も倒れていて、中には血を流している奴も居た。
「酷い……」
『ヨウタ、あれ!』
俺がこの惨状をまじまじと見ていると近くに居たグレンがそう叫びながら指差した。
俺は恐る恐るグレンの指している方を見てみる。
すると、俺と同じくらいの年の黒髪オールバックの男が逃げられないように左手で他校の生徒の首根っこを掴みながら壁に押し付けていた。
「許してくれ! 喧嘩を吹っかけた俺たちが悪かった! だから、俺だけでも見逃してくれ!」
言葉を聞く限り、どうやら喧嘩を吹っかけたのは他校の生徒の方らしい。
確かに他校の生徒の服装を見る限り、不良っぽいから何かにいちゃもんをつけて喧嘩を吹っかけてもおかしくはない。
けれど、この状況はおかしすぎる。
普通だったら一人が複数人相手に勝てる筈がない。
勝てても普通だったら一人の方もボロボロになる筈だ。
それがなんだ。
首根っこを掴んでいる男の服は確かに血で汚れているが恐らくそこら辺で倒れている生徒のものだ。
何故そんな事が分かるかと言うと男の体を見る限り、何処も怪我をしていない無傷の状態だからだ。
しかし、こんな事が本当にありえるのだろうか。
未だに信じられない。
「てめぇ、何か勘違いしていないか?」
服が血で汚れている男はにっこりと笑いながら壁に押し付けている他校の生徒に語っていく。
その異様な男の姿に俺は恐怖しか感じられなかった。
「俺はそんな事を望んでない。ただ俺が望んでいるのは……」
男はそう笑いながら他校の生徒に語っていくとともに右手を平手から拳へと変えていく。
「やばっ! グレン、お前は隠れてろ!」
『あっ、ヨウタ!』
それに気づいた俺は鞄を路地の端に投げ捨て、男の方へ走り出す。
「戦いだけだ」
男はそう言った後、右手の拳を他校の生徒の顔面目掛けて殴り掛かった。
「ひいぃぃい!」
「やめろぉ!」
男の所にたどり着いた俺はそう言いながら男の殴り掛かっている腕を思いっきり掴んだ。
男の腕を振るう力は物凄かったが何とか止めた。
「……何だ? てめぇは?」
さっきまで気持ちよさそうに笑っていた男はそう言いながら俺に殺意を向けてくる。
その殺意を感じながらも俺は必死に恐怖を隠す。
そして男が他校の生徒を離した瞬間、俺は男の腕を離して正面から体を抑え込もうとする。
しかし、男は俺の企みに気付いたのかバックステップで避ける。
けれど、そのお陰で男と他校の生徒の距離が遠くなった。
「今だ! 仲間たちと共に逃げろ!」
「お、おう!」
臨戦態勢を整えながら俺がそう言った後、言葉を理解した他校の生徒は急いで他の仲間たちを起こして逃げていく。
ある者は怪我をした者を背負い、ある者は起きるなり必死に逃げていった。
「よし、何とか全員逃げきれたな……!」
「何処を向いてやがる……」
「ん? かっは……!」
横目で全員、逃げきれたか確認していると男が一気に間合いを詰めてきて俺のみぞおちを右手で思いっきり殴ってくる。
(い、いきが……!)
みぞおちを殴られた俺は痛みより先に息が出来ない事で焦る。
そのまま俺はその場で倒れそうになるが何とか男はそれを許さずに左手で顔面を掴んでくる。
それと同時に痛みが俺の顔面を襲ってくる。
「あああぁあぁ……!」
俺は痛みで声を上げながらも男の掴んでくる手から必死に逃れようとする。
しかし、男の握る手は俺の顔面をしっかり掴んでいて逃れられなかった。
「答えろ……何故、邪魔をした?」
「じゃ……まだと……」
俺は必死に抗いながらも男と話していく。
「折角、イキのいいおもちゃと巡り会えたのに台無ししやがって……」
「あああぁああぁ——!」
男は睨みつけながら俺の頭を掴んでくる力を強めてくる。
それと同時に俺に襲ってくる痛みも強くなり、叫びを上げる。
「まあいいか……この代償はてめぇで取ってもらうからな……」
さっきまで俺の事を睨みつけていた男はそう言いながらにやけた表情へと変わっていく。
その姿はもはや人の皮をかぶった悪魔にも見えた。
「いい……かげんに……しろよ……」
しかし、俺は男のその姿に恐れずに声を上げる。
「だまって……はなしを……きいていれば……ふざけたことばかり……いいやがって……」
俺はそう言いながら顔面を掴んでいる男の手を掴んだ。
そして、力を徐々に入れながら……。
「俺やあいつらはお前のおもちゃじゃない……!」
俺は睨みつけながら男にそう言い放った。
それを聞いていた男はいきなり、空を見上げながら高らかに笑い始める。
「な、なにが……おかしい……?」
俺がそう尋ねると男は声を上げて笑うのを辞める。
そして、男は再び俺の方を見始める。
「面白い! 実に面白い! こんな状況なのに俺に反論してくる奴が居るなんて! しかも、ド正論を言う奴が居るとは思わなかった!」
男は最高ににやけた表情をしながら俺にそう言い放った。
それを見ていた俺は更に恐ろしくなった。
「てめぇは最高のおもちゃになりそうだ。てめぇみたいな奴に正論を言う奴ほど壊しがいがある。けど、今はその時じゃない。まだてめぇは何かを隠しているみたいだしな……」
俺にそう言いながら男は顔を近づけてくる。
俺は今すぐにでもこの場を離れたかったが顔面を押さえられて動けなかった。
「またいずれ会おう。その時はちゃんと見せてくれよな……!」
男はそう言った後、ゆっくりと俺の顔面を離す。
そして、男はそのまま俺に何もせずにその場を去っていった。
それを確認した後、俺はその場に座り込んだ。
『ヨウタ、大丈夫か!?』
俺の指示通りに隠れていたグレンがそう言いながら近づいてきた。
「……かった……」
『ん?』
「怖かった……」
俺は体が震えながらも自分の気持ちをグレンにしっかりと伝えた。
今まで俺も色々な経験をしてきたつもりだ。
しかし、どの経験よりも怖いと感じた。
あの侵略者よりも怖いと思うものがこの世の中にあるなんて信じられなかった。
『ヨウタ……もう大丈夫だ。もう怖い出来事は終わった。だから、深呼吸をしながら自分を落ち着かせろ』
その様子を見ていたグレンは俺を慰めながら目の前に来る。
俺はグレンの指示通りに深呼吸していく。
震えていた体が段々と落ち着きを取り戻していく。
『落ち着いたか?』
「……あぁ、何とかな。ありがとう、グレン」
『このぐらい容易い御用だよ』
グレンと話していく内に俺の心も段々と恐怖心から解放されていく。
やはりこうゆう時のグレンは頼りになる。
『ん? ヨウタ、ミスズから電話だ』
「えっ?」
疑心暗鬼の中、俺はグレンと一緒に急いで鞄を投げ捨てた所へ向かう。
そして鞄を拾った後、中からスマホを取り出すとグレンの言う通りミスズから電話がかかってきていた。
「本当だ……なんで分かったんだ?」
『俺たちが外に出ていてもスマホで何か起きると感覚的に分かるんだよ。それよりヨウタ、早く出ろよ』
「あぁ、そうだな」
グレンの大雑把な説明の後、俺はすぐに美鈴の電話に出る。
「はい、もしもし」
『陽太君、大変だよ!』
「どうしたんだ? そんなに慌てて?」
『学校で例の噂が起きているの!』
「『えっ!?』」
『だから、急いで来て……ほしぃ……』
美鈴の声が段々と小さくなっていく。
それと同時に何処から爽やかな音楽が少しだけ聞こえてくる。
そして美鈴の聞こえなくなった瞬間、何かが落ちた音と倒れる音が聞こえてきた。
「美鈴! 美鈴!」
『ヨウタ、どうやら急いだほうがよさそうだな』
「あぁ、そうだな!」
美鈴の電話を切った後、俺は荷物を持ちながらグレンと一緒に急いで学校へと向かった。




