後悔の雨
『美鈴、美鈴……』
「えっ?」
私が雨の中、傘をさしながら信号を待っていると手に持っていたスマホからエメラが呼んでいた。
こんな街中でエメラが声を掛けるなんて珍しい。
いつもだったら大人しくしているのに……。
「何? どうしたの?」
『いえ、信号が青なんですが……』
「あっ……」
エメラにそう言われると私はすぐに信号機を見る。
すると、信号機の色は青から赤になった所だった。
「信号、変わったね……」
私はそう言いながら、目の前で車が横切るのを見ていた。
『美鈴……大丈夫ですか?』
鞄の中からエメラが心配そうな声でそう言う。
「大丈夫……とは言い切れないかな」
私はそう答えながら雨空を見る。
その雨空はまるで今の私の心を映しているかのようだった。
「ねぇ、エメラ……私、何も出来なかった」
『……はい』
「いつも陽太君は私たちを助けてくれていたのに私は助ける処か見ている事しか出来なかった……」
『そうですね……』
雨空を見ながら淡々と話していく私にエメラは相槌をしながら聞いていく。
そんなエメラの優しさに甘えているのは自分でも分かる。
「私ね、あの時怖かったんだ」
『……』
それでも私はエメラに話していく。
あの時の気持ちを素直に話していく。
「あのロボットにドラゴンが殺されて、次は自分たちが殺されるんじゃないかって思った」
『……』
エメラの優しさに甘えている。
けれど、甘えたくてたまらなかった。
「そんな時に陽太君があのロボットが立ち向かっていった」
『そうですね……』
あれ、頬に雨が……。
おかしいな……ちゃんと傘をしているのに……。
「私……」
『美鈴……?』
いつの間にか私の頬から涙の雨が流れ落ちていた。
「あの時、止めればよかった……! あの時に止めてれば陽太君があんな事にならなかった……!」
『……』
「それだけじゃない……! 暴走した陽太君も怖かった……! 怖かったんだ……!」
私は自分の気持ちをぶちまけながら涙の雨を止められなかった。
涙の雨は地面に落ちていく毎に水溜りと混じり合っていく。
「怖くても早く止めるべきだったんだ……! そうすれば陽太君は……!」
『美鈴』
自分の気持ちをぶちまけているとエメラが私の名前を呼ぶ。
『美鈴……確かに早く助けてれば陽太様は大怪我をしなかったかもしれません。ですが、貴方は陽太様が一線超えようとしていた時に助けにはいったじゃないですか』
「けど……何も出来なかった……」
『いいえ、貴方は陽太様を侵略者と一緒の立場にしなかった。それは貴方が陽太様を助けたと同じ事です』
「……!」
エメラの言葉を聞いて私の体が反応する。
私が陽太君を助けた……?
『今の貴方はそうは思えないでしょうが私はちゃんと見ていました。貴方が陽太様を助けに行く姿を……』
「……」
エメラの話を聞いた後、私は何も言わずに涙の雨を拭き始める。
やっぱりエメラは優しいな……。
何度拭いても涙の雨が止まらないよ……。
「私、これからどうしたらいいのかな……」
やっと涙の雨が拭き終わった私は雨空を見ながらエメラにそう尋ねた。
『私は美鈴が決めた事ならその考えを尊重します。例えそれが私にとって最悪の結果になっても……』
「……」
私が何も言わずにいるとスマホからメールの着信音が聞こえてくる。
しかし、私はメールを開かずに雨空を見続ける。
まだ私の心と同じく雨空は止みそうになかった。
※※※
僕は一人、雨の中で傘を差しながら学校の体育館の裏に来ていた。
体育館の裏はまだ封鎖されていましたが僕はじっと見つめていた。
『勇正、ここは?』
僕の手に持っていたスマホからアルジャの声が聞こえてくる。
本来ならここでアルジャと話すのは駄目でしょう。
周りに人が来るかもしれませんし、ここには監視カメラもついています。
最悪の場合、アルジャの事がバレてしまうかもしれません。
しかし、今日は雨。
人が来ても傘でカバーできます。
仮に人に見られても傘を差してスマホを弄っているようにしか見えません。
これは監視カメラにも適応できますが言葉は流石にカバー出来ません。
ですが、今日の雨の量だったら小声で話していれば会話の内容も分からない筈です。
『勇正?』
「あっ、すみません。ちょっと考え事をしていました」
僕はスマホの中にアルジャにそう謝るとまた体育館の裏を見る。
「ここは天道寺君が僕を助けてくれた場所なんです」
『なんと陽太殿が勇正を……』
スマホからアルジャの驚いた声が聞こえてくる。
相変わらずアルジャは少し変わった話し方をしますね……。
「そう。ここから僕の人生も変わったんです」
『変わった?』
「あの時、天道寺君と会っていなかったら僕はいつまでも普通の生活で終わっていたと思います」
『勇正……』
僕は淡々と自分が思っている事を口に出す。
アルジャもアルジャで僕の話を真剣に聞いてくれていた。
「ですが、天道寺君と会った事でこうしてアルジャと会う事が出来ました」
『……』
「それからは毎日が楽しかったです。色んな事があって……」
そう。楽しかった。アルジャの仲間探しも皆で集まって色んな事を話すのも……。
全てが楽しかった。
「そんな楽しい事をくれた天道寺君は出会いをくれた人でもあり恩人でもありそして……」
『最高の友人』
「えっ?」
僕の言おうとしていた事をアルジャは言う。
それに僕は驚きながらスマホを見た。
「アルジャ、なんで分かったんですか?」
『勇正が話している姿を見れば誰だってわかる』
そんなに分かりやすかったかな……?
僕にはちょっと分からないけど……。
僕はそう思いながら雨空を見る。
雨空はまだ止みそうになかった。
「けど、僕はあの時、逃げたかった」
『……』
「ドラゴンが殺された後、僕はあの場から今すぐにでも逃げたかった」
雨空を見ながら僕は淡々と語っていく。
「天道寺君が暴走した時も僕は逃げたかったです。天道寺君に殺されるんじゃないかって……」
『勇正……』
「僕は……」
僕はそう言いながらスマホと傘を握る力を強める。
「僕は友人失格です……あの侵略ロボットだけじゃなく天道寺君の事も怖いと思いました……」
『……』
「それだけじゃありません……。僕は皆さんを置いて一人で逃げたいって思ってしまった……」
僕はあの時、自分が思っていた事を口に出す。
その話をアルジャは黙って聞いていた。
「僕は最低な人間です……。天道寺君の事も怖いって思っただけではなく皆さんを置いて一人で逃げたいと思ってしまった……」
『けど、それでも貴殿は立ち向かった』
「えっ?」
僕の話を黙って聞いていたアルジャが割り込んでくる。
その言葉を聞いた僕は改めてスマホを見る。
『勇正。確かに貴殿はそう思っていたのかもしれない。けれど、それでも貴殿の体は陽太殿を助けるために動いた。それはつまり心のどこかで陽太殿を助けたいと思ったんじゃないか?』
「……!」
僕が陽太君を助けようと考えていた……?
『少なくても我はそう思う。勇正、君が思っているほど君は最低な人間じゃない』
「……」
アルジャがそう言った後、僕のスマホからメールの着信音が聞こえてくる。
僕はメールを見た後、静かに体育館の裏を見る。
そこに僕が求めているものが無いのは理解しながら体育館の裏を見ていた。




