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8章 - 02

詠唱を開始するのかと思いきや、シロエは首にかけていたペンダントをはずすと、床に叩きつけた。

カシャンと音を立てて、ペンダントは砕けた。

すると、ペンダントからドーム状の白い魔法障壁が現れて、シロエを包み込んだ。


「まさか、バーム?」


すべての魔法を遮断するバームを、ペンダントに圧縮しておいたのか?

ならばと、私は爪を立ててシロエに突進した。


しかし、それも阻まれた。

爪がバームに当たると、その衝撃がそのまま反射され、私の手は跳ね返された。


「なに!?」


物理攻撃も通じない?

突然の劣勢に私は焦った。詠唱済みのバームを自動展開しているのなら、今のシロエは詠唱可能だ。


「今の私には触れることもできないはずです。制限時間付きですが、伝説の魔法バームをハイネ様はさらに進化させたのです。すごいと思いませんか?」


そのバームをよほど信用しているのか、余裕ともとれる説明をシロエは始めた。


「待ってれば、消えるってのかい?」

「はい、これはただの時間稼ぎです。その間に、私の修行の成果をお見せします」


そう言ってシロエは目を瞑り、精神統一を始めた。

私はそれを注視しながら、できることを探る。


そして、ここが2階であることに気が付いた私は、天井すれすれまで飛び上がると、バーム周辺の床を魔法で打ち抜き、シロエが立っている床を落下させた。

が、バームは半円から球体に姿を変えてシロエを囲み、そのままシロエは宙に浮いた。


シロエはその状況に気付いていないのか、まるで反応が無い。

そして詠唱を開始する。

詠唱が進むにつれて、空気が振動していく。シロエの衣服がゆらゆらと揺れ始めた。


私はバームが消えるまで打つ手なしと考えると、シロエの攻撃に備えつつ、反撃の魔法を準備する。


ひとしきり詠唱したシロエは、おもむろに左手を前に突出した。手の甲は上を向いている。

はめている指輪が一瞬光ると、分厚い魔道書が姿を現した。


「…ハイネ様、力を貸してください」


その言葉からハイネが作った魔道書だとわかり、その瞬間、シロエの魔法の検討がついた。


「お前…」


私の言葉を遮るように、シロエは詠唱の最後を魔法の名前でしめた。


「『シフォン』」


シロエを中心に衝撃波が起こった。

私はそれに耐えるが、一瞬シロエから目が離れてしまう。

再び視線をシロエに戻すと、シロエの周りをリング状の魔法陣がゆっくり回っていた。


魔法陣は淡く青い光で描かれていて、見たこともない呪文でできている。

魔道書はシロエの左手に収まり、一枚一枚ゆっくりと自らめくれていっている。さらに魔方陣と同じ色を放っていた。


なるほど、それなら私と戦える。


「もうこの魔法がなんなのか、わかったみたいですね」

「あぁ、戦闘に入る前にお前の言った事の意味がわかったよ」


シロエが自分で言った通り、シロエは強くなってここへ来たわけではなかった。

今から一時的にだけ、ハイネと同格になったのだ。


伝説の三大魔法の一つ『シフォン』。

対象の人物または物の能力を、完全に自分のモノにする魔法。

ただし、発動中は常に魔力を消費する上に、自分と対象の能力の差が大きいほど消費が巨大になる。


手にしている魔道書には、ハイネのすべてが書き記されているのだろう。

もしかしたら、他の魔導師の記述もあるかもしれない。

シロエとハイネの実力差は天と地ほどある。この戦い方は、特別な魔力を持つシロエにしかできない。

忌々しい娘だ。事あるごとに私と持って生まれたモノの差を見せつけてくる。


「だが、ハイネが私を圧倒できたのは、お前のバームがあったからではないのか?それがなければ、時間切れでお前の負けだと思うが…」

「たしかにその通りです」


私の指摘をすんなりシロエは認める。

そして、持っていた杖を右手から離す。杖は落ちることなくその場で静止した。

その右手を前に出し、私に掌を向けた。


「だから、次であなたを超えます」

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