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5章 - 05

魔族には千を超える種族が存在する。

そして、魔族はその種族を象徴する特性をかならず持って生まれる。


たとえば、

狩猟タイプの種族であるサードナーは、筋肉を状況に合わせて自由に変化させることができる。

学識タイプの種族であるセカンドムは、優秀な頭脳がその特性になる。


吐き出した粘液は見た目よりも早い速度で地面に広がっていく。

さらに、私の口からだけでなく、体中から緑色の粘液が流れ続けている。

粘液は少しずつ蒸発していき、次第に部屋が緑色の霧に包まれ始める。

壁に多少穴が開いているが、風はいつしか止んでおり、霧は部屋に充満する。


ハイネ達は毒と判断して口を塞ぎ、白い障壁の中心に集まる。


「えっ!?なんで?」


シロエが突然慌てふためく。

私の霧が部屋を覆うと、あの白い障壁が少しずつ薄くなっていった。


「シロエ、まさか魔力切れか?」

「違います!まだやれるはずなのに、魔法を保てない…」


シロエの声は徐々に小さくなっていき、なんで…と泣き声に変わっていく。

杖を強く握り、必死に詠唱するが、白い障壁はついに消え去った。


「ちっ、こんな切り札を用意していたとはっ!」


ハイネは状況把握をしている余裕は無いと判断して、即席で私に魔法を放つ。

しかし、その魔法も弱々しく出てすぐに消滅した。


「なんだ?これは?」


理解不能な事態に、ハイネも焦燥を隠せない。


そう、これこそが私の種族の特性だ。


人間に近似した外見に、身体的長所も無い、少しばかりすばしっこいだけの非力な祖先が手にした、生き残るための苦肉の策。

まだ世界に秩序が無い大昔、私の種族は洞窟などにひっそりと暮らしていたそうだ。

敵に住処を襲われた際、素早さで有利を取れたが、魔法を使われると速さも距離も無意味になった。

だから、不運にも一番最初に襲われ、助からないと悟った者が、仲間を逃がすために粘液を出す。

魔法はもちろん空間内の魔素すら無効化する粘液を。


この仲間を犠牲にして逃げるためだけの特性はあまり知られていないが、知っている魔族はこぞって軽蔑している。


そのせいか、入軍したばかりの私は、罠として人間の集落に放り込まれ、死にかけたことがある。

私の特性を使って楽に攻め入ろうと使い捨てにしたのだ。

幸い、良識ある別部隊によって救出されて一命を取りとめたが、その一件以来、私は誓った。

この特性を捨てる。この種族を捨てる。この性別を捨てる。逃げ道を捨てる。

すべては強さのために。


走馬灯のように過去の感情が頭の中に浮かび上がった。

が、親指の付け根を思いっきり噛み、意識を現実に引きずり戻す。

ハイネに貫かれた腹に手をやると、一切外傷がなかった。激しい痛みはあるが、内臓がやられた感じもしない。


本当に殺す気がなかった?いや、そんなことは今はどうでもいい。

私は腹を片手で押さえながら、ふらふらと二人に近づいていく。

シロエからはさっきまでの殺気が消え、不気味な姿になった私に恐怖していた。

そんなシロエを庇うように、ハイネは私の前に立ち塞がる。


「怪我をさせなかったが、死ぬほど痛かっただろ?少し休んだらどうだい?」


ハイネは気負うまいと軽口を叩いて笑ってみせるが、目には余裕がなかった。


なんて皮肉な結果なのだろうか。

私はたしかに一度自分の命を諦めた。だからあの特性が体から溢れ出た。

しかし、現実は死ぬような事は起こっていなかった。

ハイネが、魔族である私なぞに慈悲をかけたばかりに、こんな形で形勢は逆転してしまった。


だが、私は魔王軍四天王の一人フォース。

我軍の脅威になる人間は、何があろうと見逃すことは無い。


私の目の焦点があった時、今度はハイネが苦痛に顔を歪めていた。

私の右手が、彼女の腹に刺さったからだ。

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