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4章 - 05

法律の樹は深い森の中心に立っている。

魔族が来た方向からは平地が続いているが、反対側からは山を越えないと法律の樹には辿り着けない。


私達は戦場を大きく迂回して、法律の樹を取り囲む山へと入っていった。

途中何度か人間の部隊が待ち構えていたが、戦争が始まってしまえば、どうしたってそちらに注意が逸れる。

そんなものを躱すのは容易かった。


山は人間も足を踏み入れない未開の地で、木や草が生い茂っていて飛行することができない。かといって、森より上は監視されているだろうから顔を出すわけにはいかない。

植物のつる、ぬかるみ、崖、木や岩の破片、足場を得るのも苦労する道なき道を足で進む。


まるで自然が私達を阻むように行く手を塞いでいる。ここにあるすべてが自然の罠だ。

土、砂、湿った葉、潰れた虫、私達は奥へ進むつれて汚れていく。

固い草、鋭い石、ささくれた木肌、獰猛な生き物、私達は疲れと共に生傷が増えていく。


けれど、この程度の障害で怪我をする者も、ストレスで毒づく者も、体力が尽きる者もいない。


日がある内はただひたすら進み、日が落ちても可能な限り歩を進め、わずかな休息を取って、日が昇ったと同時にまた進む。


たまに遠くから爆音が轟き、森から鳥が一斉に羽ばたく。

それを聞いて、戦争がまだ続いていることだけを確認する。

ファーストリアがいる我軍が負けるはずがないが、戦況はどうしたって気になった。


決戦開始から四日目の夜、私達はついに法律の樹の近くに辿り着いた。


周辺は明かりで照らされ、舗装された道がある。

この道を通って人間は法律の樹に祈りでも捧げているのだろう。

ということは、この道は法律の樹の根に続いているはずだ。


だが、ここまで接近しているのに、人間をまだ一人も見かけていない。

これは異常だ。罠か?


私達は戦闘を覚悟した上で、慎重に法律の樹を目指す。

しばらくすると、祭壇らしきモノが見えてきて、法律の樹へと続く神殿のような建物が現れた。

その中へもあっけなく潜入できた。


奇妙だ…。本当に誰もいないのか?

私達が動いたかすかな音と、外の夜風しか聞こえない。

神殿は神々しい作りをしていたが、わずかな明かりとこの静けさが逆に恐ろしい雰囲気を漂わせている。


ひとまず、入ってきた所周辺に本当に何も無いことを確認すると、念のため装備の確認をする。

こんなことなら飛んで来れたな。今までの苦労を私は歯がゆく思った。

だが、絶対に最後まで油断はしない。この任務はかならず成功させなければならない。


一つ深呼吸をして、気を引き締め直す。

その瞬間、神殿の奥からとてつもない魔力を感じ取った。

私は反射的に身構え、臨戦態勢を取った。部下達も同じように魔力の方向を向いている。

その魔力は相当なもので、あまりの圧力にまるで空気が粘度を持ったかのように重苦しく感じる。

戦闘に入る覚悟を持っていた部下達が、その圧倒的実力差に臆してしまっている。

私でさえ、不意を突かれて殺されたと錯覚してしまったくらいであった。


相手はかなりの大物。本当に勇者を超える人間がいたようだ。

だが、やってやれなくはない。やらなくてはならない。


私は構えを解くと、神殿の奥へと歩いていった。


フォース様…。と小声で部下が私を呼ぶ。


「お前たちはここにいて、人間たちの増援に備えろ。奥の奴は私がやる」


死闘を目の前に、私の体は力み、表情が険しくなっていくのを感じる。

共に戦おうとした部下達であったが、相手の魔力と私の殺意から、足を引っ張ると察して身を引いた。

賢明な判断だ。それでいい。


奥の扉から光が漏れている。

私はそこまで歩み寄り、扉を吹き飛ばした。


ここはどうやら法律の樹に辿り着くための最後の部屋のようだ。

部屋は私が入ってきた箇所と奥にもう一つ扉があるだけで、あとは壁に覆われた密閉空間になっている。

いろんな国のタペストリーが飾られてあり、ここから先は国政を置いて行けと言っているようだ。


私は部屋に入って立ち止まり、奥の扉を塞ぐ二人の人間を凝視した。


一人はあのシロエであった。魔導師の衣装に身を包んでいる。

そして、シロエの斜め前に立ち、先ほどの大きな魔力を見せつけてくるもう一人が口を開いた。


「誰もいないってのに、山の中をご苦労様」


私をおちょくるようににやりと笑ってみせる。

そうか、わかった。こいつがあの預言者だな。

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