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閃光

作者: 神崎みこ
掲載日:2015/11/23

 年中エアコンが可動している風通しの悪い部屋へ、窓ガラス越しに花火の音が響く。打ち上げ場所が近いせいなのか、音とともに振動まで伝わってきている。

もう、何年もそんなものには縁がないのというのに。

ふと、窓を見上げるとそこには建物に遮られながらも、不完全な円形の光を見つけ出すことができた。

――今年ももう、そんな季節なのだ。

それらしいものといえば噴出される冷風のみ、というまるで季節感のない部屋にいる。

それでも僅かに季節をかんじる瞬間、必ず自分は一人きりで、きっとこれからも一人きりなのだと、そんなことを思い知らされる。ただそれだけのために、僅かな間だけ正気に戻る時がもたらされる。

そう、自分は今だ夢の中にいるようなものなのだから。









「竹田のお兄ちゃん?」


人ごみの中、婚約者と二人で必要なものを買出しにきていた自分に、不意に声が掛かる。その声があまりにかわいくて馴染み深いものだったから、すぐさま振り返る。振り返った先には、やはり弟のかわいい幼馴染が好奇心一杯の顔を隠そうともしないで立っていた。

無言のまま肘で「目の前の人間を説明しなさい」と突付かれたため、已む無く婚約者に彼女を紹介する。


「弟の幼馴染の湊ちゃん、えっと、いま」

「高校二年生です」


彼女の年齢など気にしたことがなかったせいか、あやふやな自分の記憶にすかさず湊のフォローが入る。

膝上のスカートに、少しだけ茶色くした髪をテレビでみかけたような少女たちと同じようにしている。今時と言うには少しだけ大人しく、だけど真面目という程には堅苦しくはない。彼女の制服姿を漫然と眺めながら、もう、高校二年生か、と言う気持ちと、まだ二年生か、という気持ちが同時に湧き上がる。

随分と、親父臭くなった自分の思考回路にうんざりする。


「弟さんって、確か」

「そう、大学二年になった」

「あら?でもあなたとも幼馴染じゃないの?」


彼女の端的な質問に、湊のことを弟の幼馴染という表現をしたわけまで話さざるを得なくなった。

なんとなく、湊のことを婚約者には詳しく知られたくない。そんなよくわからない気持ちが働いたからなのだが、自分の葛藤などお構いなしに湊は嬉しそうに説明をはじめていた。


「年が離れすぎていたせいだと思います。学校も一度もかぶらないですし」

「ああ、さすがにひと回り以上違うとそうなっちゃうのかな」

「そうなんです、それにお姉ちゃんなら、また違ったかもしれませんが」

「その年回りでいうと、丁度難しい年頃だもんねぇ、あなた」


婚約者が同意を求めるような見上げてくる。

ただ、曖昧に笑って頷いておく。


「思春期の男の子がよその女の子の面倒なんかみないよねぇ、やっぱり」

「たぶん、私が大きくなってちゃんと日本語が離せるようになるまで、竹田のお兄ちゃんと話した事ありませんでしたもん」


湊から語られる過去の自分と婚約者の分析は、ある意味正しくてある意味外れている。

事実、自分の弟すらその年の差で、かわいくも小うるさいペットぐらいの認識しかなかったのは確かだ。まして、さらに下のよその女の子など眼中にないのが普通のところだと思う。

だが、実際のところの自分は、彼女に触れるのがただ、恐かっただけなのだ。

弟や従兄弟たちという同性に囲まれ、女性と言えばどう考えても親父より強そうな母親だけ。そんな環境において、いきなり目の前に弟よりもさらに小さい今にも壊れそうな物体を差し出されても、おいそれとそれに触れることができなかっただけだ。

おまけに、湊は弟と違っていつまでも小さく、そして柔らかそうな生き物だった。

それを周囲は思春期にありがちな照れと反抗心だと決め付け、説明をするのも面倒くさかった自分がそのまま放置しておいたのだからそう思われても仕方がない。おかげさまで、湊に近づく機会すら与えられずに、一方、弟は彼女と仲良く共に成長していった。

気がつけば、彼女は弟と共にランドセルを背負っており、着実に壊れそうな物体から人間へと成長していき、ふと目を離した隙に、少女へと変化していた。

この年代の女の子の変化には目まぐるしいものがある、と、ニコニコとしている今日の湊を眺めながら妙に感心をする。

婚約者と湊はなにやらきゃらきゃらと女同士にしかわからない会話をし、上機嫌のまま湊は手を振って帰っていった。


「カワイイ子ね」

「……、まあ、な」

「私達もあんな子どもが欲しいわね」


冷たい何かが背筋を掠めて触れていったようにゾクリとする、それがどこからくるものなのかがわからなくて曖昧に微笑む。

婚約者はそれを了解の合図ととったのか、湊以上に上機嫌となり、自分の手を引きお目当ての店へと向かって行った。

結婚の準備という煩雑だけれども、交際中の二人にとってこの上もなく幸せであるべき時に、思ったほど自分の心が昂揚していないことに気がつく。完璧なフォルムを形作る器から微細な水が漏れ出しているように、そのまま放置するわけにもいかず、かといってその原因をつきとめる事も出来ずに落ち着く事ができないでいる。はしゃいだままの婚約者は、やがて大量の生活用品を買い込み、そのほとんどを私の両手へとぶら下げるべくあけ渡す。黙ったままそれを引き受け、すでに住み始めている新居へと運ぶべく、駐車場へと歩き出す。


「あら?食事は?」

「このままじゃ落ち着かない」


両手一杯の荷物を掲げ、彼女の問いを封じる。いや、本当のところ、家へ真っ直ぐと帰ることだけを考えていたのだけど、上手くごまかす事ができた。

きっと、このまま少しおしゃれなレストランにでも行くのだろう。生活が始まってしまえば、そのようなところへ頻繁に出かけるわけにはいかないことに、今の彼女は気がついているのだろうか。




「兄さん?」

「いちゃ悪いか?」


いかにも遊んでいます、といった風体の弟から漏れた言葉に、どこか自分を非難する意識が混ざっていたように思え、咄嗟に切り返す。

そんな感情などお構いなしに、母親はあれこれと世話を焼き、父親は新聞を読んだままこちらには関心をしめさない。


「いや、悪いって言うか。いないの?今日」

「ああ、まあな」


弟は婚約者の事をどう呼んでいいのか戸惑っているらしく、名前はおろか義理姉さんとも呼べないでいる。長男の自分が結婚し、姻族が増える、という家族にとってある意味初めての出来事がもたらされたのだから仕方がない。自分も、まだ先の事だけれど、弟に配偶者が出来た時には戸惑うのだろうから。

だが、そんな戸惑いよりも先に、弟は生理的に彼女の事が好きではないようだ。初対面で一瞬見せた彼の嫌悪に満ちた顔は、すぐさま得意の社交的な笑顔に隠されてしまったけれど、実兄である自分にわからないはずは無かった。幸い自分以外に気がつくものもおらず、肝心の婚約者にしてもそのことに気がつかないばかりか、人懐っこい笑顔を浮かべる弟を気に入っているし、好かれているものと勘違いしている。その勘違いがこちらにとっても有益なものだから、あえて訂正をするつもりはないが。


「独身最後に女友達と旅行だそうだ」

「ふーーん、女友達と、ねぇ」


意味深にこちらを見据える弟は、その嫌悪感を丸出しにしている。甲斐甲斐しくビールを注ぎ、酒の肴をせっせと運んでいる母親は気がつきもしない。


「ああ、女友達と」


弟が何を言おうとしているかは、わからないでもない。だが、弟がそのことに気がついたことは意外ではあった、チャラついた外見とは裏腹にそのあたりが自分より保守的な弟は本能で勘付いたのかもしれない。自分も弟にはそのことを隠そうともしなかったのだから、まだ潔癖さの残る彼の神経を逆撫でしたのは自分のせいでもある。

彼が気に入らないという唯一にして最大の問題は、彼女がその外見とは裏腹に身持ちが固くないということだが、そんな些細な事は二人の間では問題はない。彼女は気がつかれていないと思い込んでいるし、自分は知らないふりをしている。結婚するにあたって、重要なのは相手のスペックであり、それ以上でも以下でもない。平凡ながらも、中流よりやや上に属する自分に対して、彼女は申し分のない相手であり、手に余ることも何かが足りないこともない。玉の輿にのるには自分は欲望がうすく、自堕落になるには勤勉すぎる。

彼女はどう思っているのかはわからないけれど、自分にとっては分相応の相手だとそう思っている。

弟は、それが気に入らないのだろうけれど。


「そういえば、湊ちゃんに会った」


弟の視線に居た堪れなくなった自分は、あまりない共通の話題を提供する。


「ああ、むちゃくちゃかわいいだろう?湊」

「そうそう、お嬢さんらしくなって」


ようやく自分が理解できる話題になったのが嬉しいのか、母親が入り込んでくる。男三人なんて寂しいものよ、と、日頃から愚痴を言っている母にとって、湊は娘の代用品のようなもので、湊もさほど嫌がりもせずこの人の相手をしてくれているらしい。


「まあな、高校生だって聞いてこっちが驚いた」

「何言ってんだよ。俺だって大学生じゃん」

「そうだけど、湊ちゃんはずっと小さいっていうイメージがあったからさ。まあ、妹はいつまでたっても妹ってことかな」

「兄さんってば迂闊すぎ!ああ見えてあいつってもう彼氏だっているんだぜ?」


ゾクリと、体の芯が震えた。

溢しそうになるコップを丁寧に机の上へと置き、ぺちゃくちゃと湊について話している母子の姿を眺める。


「あら?やっぱり?最近ますます綺麗になったと思ったのよ、かーさん」

「だろ?小さいころからかわいかったけど、ますますかわいくなったよなぁ。昔は紹介してくれっていう同級生が山程いて困ったものだけど、湊と知り合いだって大学の連中にばれたらもっと大変そうだ」

「そういうお前は?」

「俺?いやーー、俺にとっちゃ湊は妹みたいなもんだし。って、兄さんもそうだろ?」

「ああ、そうだな」


ピタリ、と冷たい何かが背中に張り付く。悲鳴をあげそうになる思いを必死で堪え、置いたばかりのグラスを手に取り、一気にビールをあおる。

母親はすでに別の話題へと興味が移っており、何か良くわからないご近所さんのことを話しながらビールを注いでくれた。

よく、わからない。

どうして湊の話題が出るたびに、こんなにも何かが激しく反応するのか。

彼女は、妹みたいなもの。

その言葉に間違いはないと、頭の中で反芻する。

その数だけ、ヒタヒタと何か得体の知れない何かがこちらへと迫ってきそうな恐怖に震えながら。





「ごめんなさい、やっぱり無理かも」


気晴らしにと、婚約者をドライブに誘ったものの、案の定振られてしまった。

だいたい百パーセントの確率で突然の誘いは断られる。こちらもそれを承知でたまに声をかけているのだからいつもならば落胆もしない。だが、どうしても家でじっとしていられない自分にとってはかなり不都合だ。

電話越しの声は相変わらず楚々とした雰囲気を醸し出し、とてもじゃないけれど、弟が嫌っている理由になっているような生活態度をとっているとは思えない。そのままでいい、何もかも白日の下にさらされることだけが幸せへの道ではないのだから。


「困ったな……」


思わず漏れた声に自分自身が驚く。今まで聞いたことがない程弱弱しく、追い詰められたような声を出していたから。

仕方なく車のキーを探し、一人でドライブへ出かけることにする。わけのわからないこの気分も、そのうち収まるだろうと高をくくりながら。




 気がつけば夜が明け、土曜日の朝となっていた。

さすがに空腹を覚え、身近にやっている店はないかと視線をあちこちへと巡らせる。車の中からようやく発見できたのは、実家近くのファストフードで、それをこの年で再び口にする事には抵抗があったものの、コンビニで何かを買うことも、まして家へ帰って何かを作ることをしたくもない自分にとって、選択の余地はなかった。

仕方なく駐車場に車をとめ、オールで過ごしたのか少し疲れたような若者が数人座席に座り込んでいる店内へと足を運ぶ。

どれだけまずくともコーヒーだろうと、ともかく腹に入れられる物とそれを頼み、用意された食料をもって窓際の座席へと腰掛ける。暖かいコーヒーは、やはりおいしくもなかったけれど、空腹だったせいか想像よりはましな味だった。

そろそろ底をつきそうなカップを手に、ぼんやりと窓の外を眺めると学生らしい集団がぞろぞろと歩いて行く姿を見つけることができた。

部活か何かなのだろう、完全週休二日制になった彼らたちが学校へ行くのは、授業以外の理由があるはずだ。

ただ流れていく同じ格好をした若者達を何人も見送り、次の集団がちょうど視界に入り込んであたりで再びあのひんやりとした感触を味わうこととなる。

その集団の中に、湊がいたのだ。

しかも、隣には背だけはひょろひょろと高く、中身がすかすかそうな少年が嬉しそうに寄り添っていたのだ。

――そんな光景は、許す事は出来ない。

瞬時にして湧き上がった怒りと、背筋が凍るよう思いで、僅かに液体が残るカップを勢いよく握り締める。こげ茶色の液体が数滴顔へと跳ね上がり、トレイの上を無造作に汚していく。

慌てたように店員がタオルを持って近寄ってくる。それを手で制しながら簡単に顔を拭う。

幸いにもトレイ以外は汚れていなかったせいか、形ばかりの謝罪の言葉を口にし、店内から一秒でも早くという気持ちで外へと飛び出す。

すでに学生達の姿は目の前の通りにはなく、区別のつかない別の集団が再び湊がいた歩道の上へと侵食していった。

足元がグニャリと柔らかくなる。

自分の中の何かが失われていく。




「どうしたの?いつもにもまして黙り込んで」

「いや、仕事がね」


久しぶりの逢瀬で、親密な男女らしいことをした後は、決まったようにくだらないことを話し合うのだが、今日はそんな気分にはなれない。

仕事のせいにして、婚約者と距離をとる。その空気に気がついたのか、彼女はさっさと衣服を身に付け、帰り支度をしていた。


「ごゆっくり」


皮肉だったのか、心からそう言ったのかはわからないけれど、彼女はその言葉を残して、自宅へと帰っていった。

よく、わからない。

肉欲よりも自分の心の中を占める何かがあり、何かのことを考えるたび誰かが警鐘を鳴らす。

しかも決まって、湊の事を考えていたときに、だ。

妹みたいな近所の子ども。弟の幼馴染。ただの高校二年生。

どれだけ並べてみても、自分にとって何がしかの影響を与えられる存在ではないはずなのに、心の声はそれを否定する。

招待状も発送済みだ。両家は婚約者と自分の間は安泰だと思い込んでいる。いや、実際に安泰だ。自分はそれを壊すつもりはないし、彼女もそれを壊すつもりはないだろう。だが、ヒタヒタと近寄る何かは自分の中で確実に間近まで迫っており、そのたびに張り付いたような悲鳴をあげそうになる。喉の奥でくぐもったままの悲鳴は辛うじて出口を抑えられており、たぶん、いや、きっとこのまま自分は押さえ込むことが可能だろう。

今まで自分は、そうやってやってきたのだから。


曜日の感覚がなくなり、婚約者への義務的なメールのやり取りをこなす。

仕事は順調で、私生活も順調だ。

なのに、ひたひたと何かが近づいてくる感覚が消えない。

一人きりのエレベーターの中で、残業で残ったオフィスで、そしてちらちらと見える区別のつかない少女たちの群れに遭遇しながら。

そんな中でも仕事を終え、疲れた体を引きずるようにして住処へと帰る。

細々としたものが運ばれ、着々と新生活の準備が進んでいる住居をみわたす。近いうちに、自分は婚約者とここで暮らすのだろう。

そんなあたりまえのことを深く考えなければ自覚できない。そして、かけらも嬉しい気持ちが湧き出てこないことに驚きもしない。

何を考えていいのかもわからない自分の耳へ、耳障りな電子音が鳴り響く。

それが携帯の呼び出し音だと気がついた時には、長い間繰り返された呼び出し音は終了しており、何も言わない携帯を手にしたまま、誰から掛かってきたのかすら調べる気力がわかないでいる。

携帯をベッドの上へ放り投げた瞬間、再び電子音が鳴る。あまりのタイミングのよさに、今度は数回の繰り返しの後、相手を確認もせず通話ボタンを押す。


「あなたの彼女今ホテルにいるわよ」


名乗りもせず端的に婚約者の不貞を知らせる電話は、そのホテルの存在場所を早口で告げた後、あっさりと接続が切れた。案の定ディスプレイには非通知の文字が浮かんでおり、それはこの情報が取るに足らない密告電話であることを告げている。

それに、彼女が他の誰かとそういうことをしているであろうことは、とっくの昔に知っている。

知っていて、今まで知らないふりを続けてきたのだから、これからも続けていくつもりだ。もちろん結婚後は、多少は手綱を締めるつもりではいるけれど、基本的に彼女を束縛しておくつもりはない。それはまた、自分にとってもそうであり、彼女に振り回されるつもりは全くない。

だが、そのときの自分は、冷たい何かが近づいてくることに耐え切れず、無意識に密告電話が告げた住所へと車を走らせていた。

何がせきたてているのかはわからないけれど、自分がその場所に行けばそれがわかるような気がして。


取るに足らない、と、思った内容は、あまりにも正確であったようで、駐車場には見覚えのある車が止められていた。ただ呆然と何をするわけでもなくそこで立ち尽くしていた自分は、どれだけその場にいたのかはわからない。数分だったのかもしれないし、数時間だったのかもしれない。

やがて出て来た見覚えのある女は、ぴたりと固まってこちらを見つめ、後ろに引っ付いている幼そうな男は困惑したままオロオロしていた。

こちらが何も言わないことをいいことに、男の方はいつのまにか逃げ出し、固まったままの婚約者だけが残される。


「知るつもりはなかった」

「……」

「おまえがそういうことをしている事も知っていた」

「違う!違うの、これは、あの」


明らかにそれ以外の目的で利用することのないホテルの駐車場で、違うという説明がこれ以上展開できるはずもなく、婚約者は聞きもしないのに先ほどの男のことをペラペラと話し始めた。

その雑音が、一切耳に入ることなく、ただ頭の上を素通りしていく。


「もう、いい」


泣き始めた女は、たぶん知らない人が見れば自分の方が彼女に酷い仕打ちをしているだろうと思わせる泣き顔をしている。

今までの自分だったら、なかったことにしていたかもしれない。

愛情ではなく、打算で成り立っていた関係。素っ気無いほどの関係に居心地の良さを感じていた。彼女がこれほどの「感情」を有していたことなど知らない。

余裕のある態度だった彼女は消え去り、ただ陳腐な言い訳を並べ立てる彼女が存在する。

感情の触れ幅などなにもなく、有り得ないほどあっけなく縋りつく腕を振り払う。

地面に泣き崩れる彼女。

ずっと付きまとっていた冷たい物体は自分の中に入り込み、頭の中で湊の姿を形作る。どうして、だとか、なぜ、とかいう間もなく、形作られた湊はあっさりと砕け散っていった。

寸前、湊は笑っていたような気がした。

婚約者が不貞を働いた事実よりも、湊の姿が砕け散った幻の方がショックで、今までへばりついたまま漏れ出す事が無かった絶叫が、初めて迸る。


あの時に、自分は何かが壊れてしまったのだと、今ならば理解することができる。








 花火はいまだに微かに窓を揺らしており、その合い間にエアコンのモーター音が聞こえる。それ以外の音はまるでしない。自分の立てる音すら

あの後の自分はよく、覚えていない。淡々とした事務処理だけが進んで行き、婚約は解消された。

暫くの間は、噂にさらされていたらしいけれど、当の本人の反応がイマイチだったせいか、やがてはそれも目新しくより刺激的な他の噂へとうつっていった。

その後の彼女の事は知らない。親切面した誰かが教えてくれたような気もしたけれど、記憶の片隅にも残ってはいない。

今はただ、全ての煩わしさから逃れ、たった一人きりの部屋で静かに暮らしている。

また花火が打ちあがる。

一瞬にして輝かしい光を発し、瞬きするほどの間で闇空の中へと消えていく。残された煙すら風に吹かれてどこかへと去っていき、後にはただ夜空が広がるばかり。

やがて、その音も止まり、この部屋には本来の静寂が訪れる。

もう、花火はどこにも残っていない。


また、季節のない一人きりの世界へと引き戻される。

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[気になる点] 主人公はロリコンだったけど幼い女の子に手を出す外道ではなく 成人済み女性はどうせ好みじゃないからスペックだけ求めてたってこと?(違う)
[良い点] 淡々としていて、行き場のない鬱屈がいいです。 [一言] 婚約破棄から連想されるような強すぎる酸味のような苦さがない、形容しがたい読後感。 割り切ったはずの主人公の脳裏の影も、解釈のしよ…
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