チェッカーマス
1年。
俺と妹が、この世界に来てから経過した時間だ。
時の流れが経つのは早い。
「……お客様、こちらの本で宜しかったですか?」
「ああ、ありがとうございます。」
俺たちは今、ライデリック学都に住んでいる。
研究所や学校が多く、職員や学生でこの街は賑わっている。
「ふむ……ドラゴンの生息と生態、それに素材から作られる調度品はと……」
この1年といえば、俺はひたすら学都の図書館に通いつめていた。
こちらに来てから、俺の体は記憶力に富んでいる。
一度見たものは、ほぼ忘れないと言っていいだろう。
……やはり、原因はこの世界に来る直前の、人生ゲームの極フリだろうなぁ……
「よし、概ねまとまってきたな。そろそろ迎えに行くか。」
学都の図書館の知識で、必要なものはこの1年で概ね学び取った。
これなら、知識面・常識面でこの世界の人たちに劣ることはないだろう。
そして、俺は学都図書館をあとにした。
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「ば、ばかなぁー!! これで、『豪運』の奴は14連続勝利だぜ!?」
「ほんと、スゲェよなぁ……」
「一体、何をすればあれだけ神様に愛されるんだろうな……」
カジノ。
それは、この世界では一般的な娯楽だ。
この学都であっても例外ではない。
そんな明らかに富豪・貴族が並ぶ中、一人だけ学生服の少女がいた。
「ふっふっふ……このアタシ、ユイカ様に勝てるものはもうおらんのかね?」
「……」
なんだかやたらとえばっている少女がそこにいた。
「ぐ……もう一度、もう一度勝負だ、『豪運』!」
「ふっふっふ……かかってきたまえ……」
少女は偉そうに、そして余裕を見せつけるかのように手で手招きする。
二人が勝負しているのは、ルーレット。
完全に運で決まる勝負である。
「……よし、オレは赤にチップを500枚かけるぞ。」
「ふーん……案外、安パイを選ぶんだねぇ……
じゃあアタシは……黒の13。
2000枚。」
!!
どよっ……!!
周りがざわつく。
正気か……だとか、
馬鹿だろ……という声が聞こえる。
「い、いいのかよ、『豪運』。
もう後戻りはなしだぜ?」
「うん、いいよ。さあ、いこう♪」
ディーラーが冷や汗をかきながら頷き、玉を回るルーレット上に転がす。
ゴロゴロゴロゴロ……
ゴロゴロゴロ……
ゴロゴロ……
ゴ、ゴロ………………ピタッ。
「「……………………!!!!」」
カジノ中がシーンとする。
聞こえるのは、スロットマシーンのガチャガチャとした機械音だけ。
「あ、アタシの勝ちだね。お疲れ様でした。」
「「バ、バカなぁーーー!!!!」」
玉は見事に黒の13に止まっていた。
会場中がざわつく。
「おい……ディーラーが不正してんじゃないのか……?」
「バカな! そんなことをして、カジノ側になんの得がある?」
「これだから……『豪運』は……」
先程から、このやり取りが続いている。
相手をしていた貴族の中年は、肩をプルプルと震わせている。
「……うう、許せない……何か、不正をしたに決まっている!
さあああ! 吐けえええ!!!」
突然大声を出して立ち上がる。
腰にかけた剣に手をかけた。
『……おっと、止めときな。』
会場にいる客の脳内に威圧を込めた声が響く。
と、同時に青年が群衆の中から現れた。
「そいつは、俺の妹だ。
あんたの気持ちはよく分かるが、不正はしていない。
単純に『運』の問題だ。
腰の剣を収めてくれ。」
青年はよく響く声で、貴族の中年に声をかけた。
「お、おいアレは冒険者の『覇道』じゃないか……」
「あの、冒険者ランクが☆☆☆(三ツ星)の……」
「兄妹だったって噂は本当だったのか。」
周囲がざわつく。
そんな中、少女が青年に声をかける。
「……迎えに来てくれたんだ。ありがとっ、お兄ちゃん!」
「……はぁ、あまり揉め事を起こすなと言っているのに……」
少女は満面の笑みで笑いかける
一方青年は疲れた顔でため息をついていた。
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俺だけでなく、唯香にも能力はあった。
それもズバリ、「運」。
……やはり、あの人生ゲームがこの世界と何らかの関係をしているのだろう。
人生ゲームで唯香は「運」のパラメータに極フリしていた。
それが幸か不幸か、この世界では『豪運』と呼ばれるようになる。
もっとも、本人はその通り名を「可愛くない」と不満そうだったが。
こうして、俺たち兄妹は自分たちの”特殊性”に気がついていった。
1年かけてじっくりと。
「ねぇ、お兄ちゃん。そろそろ……いく?」
「ああ、そうだな、そろそろいこうか。」
俺たち兄妹は、宿屋の部屋の一室を借りていた。
一室というか正確には二部屋だな。
この世界に来た当初はともかく、今は妹が同じ部屋で寝るのは恥ずかしいと言い出したのだ。
まぁ、中学生は思春期だし、当然だな。
……と思っていたら、ちょくちょくこちらの部屋に忍び入って寝ている。
どっちだよ、と正直思った。
「でも……灯璃お姉ちゃんも、拓矢君もこっちに来てるとは限らないよ?」
「そうだな……」
俺たちは、役割分担をしていた。
俺は書物からこの世界の常識・知識の収集を。
妹は町で直接この世界の人と会い、人間観察と情報収集を。
……それもこれも、知り合い二人がこちらにいるかもしれないと気づいたからだ。
「噂で入ってきた、[新興宗教のトップ]、そして[死なない化け物] 。
お前にも情報収集してもらったが、俺はこの噂があの二人ではないかと思う。」
俺たちとゲームしていた時、あの二人は『モラル』と『体力』に極フリしていた。
もし、俺たちと同じ境遇なら、それに準じた何らかの噂が入ってくるはずなのだ。
「ええ~? そうかなぁ~!?
私が聞いた噂だと、教主様は絶世の天使のような美少女だって聞くし、
化け物も2mを超える大男だって聞いたよ。
二人とは全然違うじゃない。」
「……まぁ、噂は大げさに広がるものだからな。
というかユイカ、アカリの方は軽くディスってるな。」
噂は当てにしすぎない方がいい。
俺たちが例に漏れずそれだし。
「まぁ、もう少しで俺の調査が終わる。
それが終わったら、二人を探しに行こう。」
「うん、わかった!」
基本的に俺が指示を出し、妹がサポートする。
それが俺たちのスタイルだった。