無双しマス
『歩くだけで迷宮を踏破する冒険者がいる』。
……そんな噂が後日、冒険者の間で密かに流れるようになる。
「お兄ちゃん……私の出番ないよぉ……。」
妹が涙目で俺を見つめる。
いやぁ、いいじゃないか、安全で。
「……いやはや、これはさすがに……ゴホッ。驚きましたねぇ……。」
ブラーナさんは何だか手持ち無沙汰そうだ。
迷宮に来てそうそう、やることがなくなってしまったかのようだ。
「!」
今、また俺たちの目の前でモンスターが潰れていった。
……。
俺が今使っているのは、ブラーナさんから教えてもらった『拘束魔法』。
その『拘束魔法』を俺・唯香・ブラーナさんを除く範囲3mに“常時”展開させている。
……結果、俺たちに向かってきたモンスターは、ラッシュラット同様、なすすべもなく潰れていく。
「……いやぁ、なんだか楽させてもらっているようで、申し訳ないですねぇ……。」
「いえ、大丈夫ですよ。それにブラーナさんがいなければ、俺は魔力を感じることはできませんでしたし。」
体を動かすのと同じ。
そう、一度魔力を感じてしまえば、後はどんどん馴染んでいった。
……本当に、この世界に来てから上達や物覚えが良すぎる気がする。
「あ、お兄ちゃん、ブラーナさん! あそこに宝箱らしき影が!」
唯香が再び前方に指を指す。
そこには、金のふちがかたどられた宝箱があった。
「ああ、珍しいですね……。
迷宮では、もちろん宝を隠すために作られたシステムですから、宝箱があるのは当たり前ですが、この文様は良いものかもしれません。」
……宝箱によってもグレードが色々とあるみたいだ。
そして、中身は完全にランダムなのだと言う。
これは唯香の出番かな……良かったね、出番ができたよ♪
「……お兄ちゃん、何か失礼なことを考えてない……?」
む、勘が働く妹だな。
いいから、さっさと開けてみてくれ。
「もう、しょうがないなぁ。
じゃあ……でゅるでゅるでゅるでゅるでゅる……金のご○だれ~!!」
それ、毎回やるの?
…ともあれ、宝箱の中身を覗いてみる。
「うん……これは……草?」
「……なんだかみすぼらしい草だねぇ……ハズレかな?」
俺と妹が宝箱から取り出したものをまじまじ見つめる。
どうみても、ただの雑草だが……。
あ、でも草の根元に虹色の根っこが付いてる。
「そ、そ、それは……!」
ブラーナさんがそれを見てワナワナと震えている。
え、そんなにヤバイものだった?
「…………すごいですね、初めて見ましたよ。
それは『世界樹の核根』。
この迷宮の中でも、とびきり高価なお宝ですよ。
……それが、こんな第一階層で出るなんて……」
……『世界樹の核根』。
古代文明によって迷宮となった『世界樹』であるが、元になった大樹の神聖なる根っこらしい。
高価な薬品や、魔術に使われるらしい。
……ちなみに売れば、半年は悠々自適に暮らせる金額になるそうだ。
「えへへ、やったね!お兄ちゃん!
……ねえねえ、ほめてほめて?」
「ああ、エラいぞ、妹よ。
……さすが我が妹だ。」
何が「さすが我が妹」かは分からないが、ノリで答えた。
しかし、本当に運がいいやつだなぁ。
その後も、特にモンスターに襲われるという危機もなく、順調に迷宮を攻略していった。
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「でゅるでゅるでゅるでゅるでゅる……カギ○ギ~!!」
順調に迷宮を攻略し、今も妹が宝箱を開けたところだった。
……宝も、『世界樹の核根』ほどではないが色々とレアアイテムをゲットできた。
「ん? それはなんだ、妹よ。」
「ん~? 分かんない~。
何かのカギ?だと思うけど……」
妹が宝箱から取り出したのは、紫色をした毒々しいカギだった。
「ああ、それはこの階層主、いわゆるボスの扉を開く鍵ですよ。」
ブラーナさんが答える。
……なんだか、ブラーナさんはこの迷宮に来てから疲れた顔をしているな。
「はぁ……本来であれば、迷宮初日で階層主のところまで行くのは有り得ないんですが……。
まぁ、でも今日は私もいます。
第一階層の階層主は『巨大な鋏で狩る者』です。
魔力転移で逃げることもできますし、少し見学してみますか?」
おお、ついにボス戦か。
ここまで、迷宮をテクテク歩いてきただけだから、初の戦闘だな。
とはいえ、さすがに勝てるとは思わない。
ブラーナさんの言うとおり、見学していくのがいいだろう。
「俺は見るだけなら大丈夫だと思うけど、ユイカはどうする?」
「! もちろん私も行くの方に決まってんじゃん!
てゆーか、むしろ私達で倒しちゃおうよ!」
この妹、ノリノリである。
しかし、これまでの雑魚とは一線をきす強さだろう。
慎重に、念には念を入れて、いつでも魔力転移で逃げられるように準備をすることになった。
「……じゃあ、開きますよ。」
「……ハイ!」
「……お願いします。」
草原から少し進んだ洞窟の奥。
そこに現れた巨大な扉を、ついに開く。
「……お、お邪魔しまーす……」
ユイカが恐る恐る中を覗く。
上から俺も覗いてみるが、暗くてよく分からない。
「ちょっと中に入ってみるか。暗くてわからん。」
「うん、そうだね。」
「あっ! ちょっと待ってください!」
……バタン!!
三人で中に入ると、扉がいきなり閉まった。
おお、ボス部屋っぽいが、脱出できるのか?
「お二人共、慎重に行動してください。
魔力転移でいつでも逃げられるよう準備してください。
幸い、『巨大な鋏で狩る者』はあまり素早くはありませんから……」
「!!」
「!!」
ブラーナさんの説明を聞きつつ、慎重に前に進むと、徐々に見えてきた。
そう、それは、巨大なカニだった。
もっとも4m近くあり、全く美味そうではない。
黒々と甲羅が光り、口からブクブクと泡を出している。
「お兄ちゃん、なんだかグロイよぉ……」
ユイカがちょっと泣きそうだ。
……そろそろ退散した方がいいか?
しかし、ちょっとあのカニ様子がおかしい気が……?
「なんでしょう……ちょっと様子が変ですね……。
口からも大量の泡を出してますし。」
恐る恐る近づくと、カニがさらに痙攣し出した。
巨大な鋏がピクピクと痙攣している。
……
…………。
……………………ドガシャーン!!!
カニが痙攣したまま、口から大量の泡を吹いて倒れた。
な、なにが起こったんだ!?
「い、いったい何が……」
「……お兄ちゃん。こいつ、もう死んでるみたいだよ?」
妹がカニの甲羅をツンツンしながら言っている。
え?何で突然、やっつけちゃった風になっているの?
「! あ~分かったよ~!
お兄ちゃん、『拘束魔法』発動しっぱなしだったでしょ?」
「あ」
……こうして、俺たちの初迷宮は、初戦闘をすることなく幕を閉じたのだった。