魔術しマス
「では、まずここ、『世界樹』の説明をさせていただきます。」
世界樹の麓に到着し、俺と唯香はブラーナさんのレクチャーを受けている。
「まず、この『世界樹』は伝承で第一階層から第十階層からなると言われています。
現在の到達地は第四階層までですね。」
……この『世界樹』とやらも古代文明の遺産って話だったからな。
おそらくまだまだ未解明なことが多いのだろう。
「この『世界樹』には魔力転移というアイテムが有効です。
街役場でお二人にお渡ししたものを持っておりますか?」
俺と唯香はポケットから紫の三角柱の水晶を取り出す。
これはこれでなかなかキレイだ……。
「この魔力転移を持っていれば、現在到達地点までの記録がされ、魔力を込めると『世界樹』の入口付近まで戻ることができます。」
(へええ~~! すごいねお兄ちゃん、セーブポイントが出来るってことかな?)
(ああ、すごい……ってまんまゲームみたいだけどな。)
「もちろん、次回挑戦時に、前回の場所まで移動できる優れたアイテムです。
ただし、前々回までに記録した場所へは飛ぶことはできません。」
まぁ、それくらいは許容範囲だろう。
しかし、これだけのアイテムをタダでもらってもいいのだろうか?
「ご心配なく。魔力転移自体はこの『世界樹』でしか使えないものですし、最近は挑戦者も少ないので、そこまで貴重なものではないんですよ。」
……そうなのか。ならば、ありがたく使わせてもらおうかな。
「それでは、魔力転移を使うためにも、まずお二人には魔術のご説明をしなくてはなりませんね。」
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「そもそも、魔力とはどういったものか、からご説明させていただきますね。」
(! コクコク!)
唯香がめっちゃ目を光らせてブラーナの説明を聞いている。
俺も無駄に魔力があるみたいだし、しっかり聞いておこうかな。
「まず、魔力とは人間の血液中に流れる、古代に伝わる何らかのエネルギーとされています。
私達は無意識に手や体を動かすことができますが、その時に魔力は使っていないため、魔力は体内に眠ったままのエネルギーというわけですね。」
……なんだか、難しい説明だ。
それに結局、魔力とはなんであるか判明していないみたいだし。
「その未知のエネルギーですが、意識することでほんのわずかに感じることができます。
……特に、魔力を帯びたものを触れるとね。」
「魔力を帯びたものって何でもいいんですか?」
「ええ……例えば、今お二人にお渡ししている魔力転移を握りしめて目をつぶってみてください。何か感じるものはありませんか?」
俺と唯香は魔力転移を握り締める。
…。
……。
………。
!
……なんだか、握り締めた手からドクンドクンと鼓動が聞こえるような気がする。
これだけだと、ただ血液の流れだと勘違いしそうだが、妙に生暖かいような感覚がある。
(お兄ちゃん……なんだか、私、感じるよ……!)
(ああ、なんとなくだが、感覚が分かってきたな。)
「……なにか感じるものがあったようですね。
それではそのまま、流れる血液の量を増やすようなイメージで魔力転移を握ってみてください。」
ドク……
ドク……ドク……。
ドクドク……ドクドク……。
「!」
「わぁ! 何か青白く光ったぁ!」
ブラーナの言ったように血液の量を増やすイメージをしてみた。
魔力転移が青白く光っている。
「『世界樹』に入ったときにその状態になれば、『世界樹』の入口まで戻ることができますよ。」
俺と唯香は早速、魔力を感じとれるようになった。
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「折角ですので、何か魔術を覚えてみます?
簡単なのだと……『拘束魔術』なんかはどうでしょう?」
「『拘束魔術』?」
魔力の感じ方や、魔力転移の使い方を教えてもらった。
それに加えて、魔術も教えてもらえるのか……。
しかし、『拘束魔術』と聞くと、相手の行動を阻害するとかだろうか?
「ええ、その通りですよ。
先程の魔力を込めたイメージで、そのまま動きを阻害したい相手……この場合は、モンスターですね。に使うと、モンスターの動きを制限することができます。」
「ううん? すみません、よく分からないんですけど……。」
……ブラーナさんは天才肌なのだろうか。
説明がよく分からない。
「ええとつまり……いや、折角ですので、実際にやってみましょう。」
ブラーナさんは世界樹の方に足を進める。
俺たち一行は、初の迷宮探索をすることになった。
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「ほわぁ……中はこうなっているんだねぇ……。」
「……」
世界樹に入って見ると、そこは木の中だというのに草原が広がっていた。
……わけが分からないよ。
「ハハハ、『世界樹』は見た目通りの大樹ではなく、古代文明によって人工的に作られた迷宮なんです。
だから、中も古代文明の技術で作られているんですよ。」
……うーん、古代文明って本当に一体なんなのだろうな。
そんな時、唯香がハッとなって突然指を差した。
「! お兄ちゃん! あれって、モンスターじゃ!?」
唯香が指差した先には灰色のねずみっぽいモンスターがいた。
「ああ、あれはラッシュラットですね。
じゃあ、早速やってみましょうか。」
ブラーナがラッシュラットに手をかざす。
ねずみは、それまでひっきりなしに動いていたのだが、手をかざした瞬間、ピクリとも動かなくなった。
「おおお! すごい! ブラーナさん、今何をやったんですか!?」
唯香が目をキラキラさせて今の様子を見ている。
確かに、魔術って割には『詠唱』みたいなものは無かったな。
「今のが『拘束魔法』ですよ、ユイカさん……ゴホ。」
ブラーナはそれだけ答えると、素早くラッシュラットに近づく。
腰に差した短剣に手を伸ばすと、あっという間に仕留めてしまった。
「今のは、私に流れる魔力に『対象の動きを封じよ』というふうに念じたんです。
魔力も私の一部ですからね、体と同じで意識してしまえば、あとは自由自在ですよ。」
ふむ……この世界には、やはり魔術に詠唱はいらないみたいだ。
確かに、魔力を一度感じてしまえば、もう身近なものとして感じる。
俺でもそういったことができそうだ。
「あっ! また来た!」
一匹倒したと思ったら、さらに二匹のラッシュラットがこちらに駆けてきた。
「……ブラーナさん、俺もさっきのようにやってみてもいいですかね?」
「! いいですよ、やってみてください。」
俺は自分の中に血液のように流れている魔力に命じた。
曰く、『動きを完全に止めろ』と。
……イメージとしては、重力を使って押しつぶす感じかな。
「!」
1mほど先にいるラッシュラットにその意識を飛ばす。
……瞬間、目の前のラッシュラットがトマトのように潰れた。
「え……」
「は……?」
「ウソぉ……。」
使った自分も驚いた。
となりにいる二人も目を見開いている。
……これは、やりすぎただろうか……。