全開しマス
「キャアアアアァー!!」
観光地でいきなり人死にが出て、パニックになる。
あちこちで悲鳴が聞こえ、観光客は我先にとタクヤから離れようとする。
「……あと……3人……」
「おい、タクヤ!!」
「拓矢君!!」
会った時に嫌な予感はしてたとはいえ、最悪の結末になった。
唯香は目を見開いて、口を覆っている。
しかし、タクヤはまたしても他の観光客に襲いかかり、心臓を潰していった。
「おい!! タクヤ……やめろ!!!」
「……!!」
俺はいつも迷宮で使っているレベルで、『拘束魔法』を放った。
タクヤの体が地面にめり込む。
しかし……
……
……馬鹿な!
徐々にタクヤの体が起き上がってくる。
「……やっぱり、兄さんも“異常”になってたんだね……
……でも“魔術”かぁ……
……羨ましいなぁ……」
「……!」
タクヤは完全に起き上がると、クレーター上になった地面を飛び上がる。
「……あと……2人……」
そう呟くと、遠くに避難しようとしていた女性の腹を突く。
「……あと……1人……」
「…………ッ!」
そう言うと、タクヤはこちらを見つめた。
---
「タクヤ、何があったか知らないが……俺たちを、殺すつもりか?」
「……」
タクヤは答えない。
辺り一面を見渡すと、ところどころ地面がクレーター上になっている。
恐らく、タクヤの力によるものだろう。
『体力』。
体の力と書いて、体力。
おそらくは、尋常ではないほどの筋力をその身に宿しているのだろう。
そう……俺の『拘束魔法』を単純な筋力で破るほどに。
それに……噂が本当かは分からないが、回復力・スタミナも並外れている可能性がある。
「……」
……止められるのか、俺に?
先程放った『拘束魔法』。
具体的に『世界樹』でいうと、第三階層のボスにまで通用するレベルだった。
それが効かないとなると……
「……全力で……行くしかないか……」
「お兄ちゃん……」
俺は唯香の方を見る。
そう、俺がタクヤに殺されたらどうなる。
きっと唯香も無事では済まない。
下手をしたら、タクヤに殺される可能性だってある。
それ以上の酷い目にあう可能性だって……
それは……容認できないっ……!!
「……!」
俺は久々に魔力を完全に集中させる。
ブラーナさんに魔術を教わってから1年。
俺の魔力はおそらくこの世界で一番強い。
『知力』。
その恩恵は、単に記憶力や集中力を高めるだけではなかった。
よくあるRPGにあるように、知力が魔力にも反映されているようなのだ。
その仕組みは分からない。
魔力は古代から人間に流れるものだとブラーナさんは言っていた。
古代……古代文明……
もし、古代文明が魔力を人間に施したとしたなら、それを解析しうる知力を持ったものに、より強い効果を発揮するのではないか……
……これは俺の推測だ。
ともあれ今重要なのは、俺の魔力量が多いということ。
あいつに勝てる点は、その一点のみだ。
「……いくぞ、タクヤ。
お前を殺したくはないからな……
保証はできないが、全力で生きろ……!」
「!!!!」
俺は全力開放で『拘束魔術』をタクヤに向けて放つ。
タクヤの周りの地面がミシミシと下にめり込む。
……本来であれば、地面が底抜けになる威力だが、タクヤ一人に集中しているため、威力が分散されない。
……
……だというのに、タクヤはまだ耐えていた。
だが、さすがに五体倒置の姿勢である。
「……さ、すが、だね……兄、さん……」
「!」
この状況下でまだしゃべる力が残っているのか!
なんという筋力とスタミナ……そして回復量だろうか。
今も体中の筋繊維がちぎれ飛んでいるはずなのに、片っ端から回復しているようだ。
「……ここで……気絶……するわけに、いかないな……」
「ぐあっ!!」
タクヤがこちらを指差し、指先を弾いた。
俺の肩に痛みが走る。
……ぐっ、全力開放が維持できない!
「……!」
「がああああっ!!」
俺の両肩が熱い。
銃弾を受けたかのような痛みだ。
……『拘束魔術』が解除されたようだ。
「……ねぇ、兄さん。
……僕の邪魔は、しないでね……」
「ッ……」
タクヤがゆっくりとこちらに近づく。
だが、彼も無事ではなかったのだろう。
服はちぎれ、肌からは血が見えている。
「……これで……最後……」
「や、やめろ!」
タクヤは唯香の方を指差した。
やめろ!
それだけはやめてくれ!!
やるなら、俺だけに……!!
「…………ッ!」
「……」
唯香は目をつぶっている。
しかし、唯香の様子に変化は見られない。
……代わりに、唯香の後ろの岩石に隠れていたのだろう、男が倒れた。
眉間から血が出ている。
「……0……。」
タクヤはそう言うと、俺たちから踵を返した。
しかし、数歩歩いて立ち止まる。
「……あ、そうだった。
……兄さん、僕はやっぱり貴方たちと一緒に行くのは辞めるよ……
……まだ、やらなきゃいけないことがあるし……
……僕のことは気にしないで……」
「タ、タクヤ……」
「拓矢君……」
タクヤが悲しそうな顔でこちらを見つめる。
「……けがさせてごめんね、兄さん……
……あと、灯璃姉さんは、セレナードに居るよ……
……姉さんに、よろしく……」
それだけ言うと、タクヤは俺たちの目の前から立ち去った。