戸惑い
「彼が行方不明⁉︎」
上司からの急な報告に、僕は自席で声を荒げた。
先日、融資した起業家が突如姿を消したのだ。
「取引名簿の住所や連絡先を…」
「もう、遅いよ。すべて調べたが、彼の情報はLIFE NETに登録されていなかった。顔も性別も住所も家族も…世界番号すら。」
「ありえない‼︎世界番号は全ての人間が寿命を買う為に付与されているんですよ‼︎それが無いなんて…」
「事実無いんだよ。元々、彼は存在していなかった。」
「そんな馬鹿な事がありますか。LIFE NETの改ざんは誰も出来ないのはご存知でしょ。世界番号だって同じです。痕跡も残さず存在を消すのは不可能です。」
「…言いたい事はわかるが、受け入れるしかないのだよ。」
「おかしい!何故、LIFE NETから消えた人間に対してそんなに簡単に受け入れるのですか?」
「私も苛立ちを隠せないさ。」
「融資するまでは存在していた男なのは、知っていますよね。」
「もちろん。」
「融資後に存在しなくなるなんて、ありえないじゃないですか。」
「LIFE NETが全ての事実なのだよ。…受け入れるしかない。」
「…腐ってる。」
理由もなく一方的に奪われ、疑問を追跡せず、人を監理するシステムに従う、この世界に憤りが隠せない。
「これは、重大な犯罪行為です。警察や政府には?」
「報告済みだ。」
「その結果が、放置と…」
「上が君を呼んでいる。参考人として意見を聞きたいと。」
「…わかりました。」
上司を背に、呼び主ことLIFE bank取締役室兼政府長官室へ足を進めた。
遠くから上司の声が聞こえた気がした。小さく、「バカな奴」と。
「もう、事態は分かっているだろう?」
「はい。」
目の前には、この国の首相と同地位の女性がいる。
寿命を買うこの時代には、年や老化といった概念がない。少し幼さが残る感じだが、雌の魅力を充分に備えた女だ。
「この失態をどうするつもりだ?」
「失態と申しますが、融資するまでは確かに存在しておりました。これは、事実であり、周囲も認めております。」
「これは詐欺で、自分に非はないと?」
「融資したことは事実ですが、LIFE NETの改ざんは想定外です。誰も、回避はできません。」
「改ざんされた形跡はないが。」
「ですが、周囲が存在を認めており、必要な書類は、その者の自筆です。」
「確かに。だが、筆跡鑑定の結果、該当者が見つかった。」
「本当ですか⁉︎」
「あぁ。」
「では、その者がLIFE NETを何かしらの方法で改ざんをし、融資を受けたとしか考えられません‼︎」
「本当にそう思うか?」
「それ以外はありえません。直ぐに、拘束すべきです‼︎」
「……わかった。……そのように判断するしかないな。」
僕は安堵と同時に起業家に対して、怒りが収まらなかった。まず会ったら、思いっきり殴ってやろう。
「…では、その男を拘束しろ。」
「………は?」
「筆跡はお前のものだった。」
言葉の意味を理解出来ない。屈強な男達がその声と同時に僕を拘束した。
「ちっ、ちょっ、ちょっと待ってくれ‼︎…これはどういう事だ!」
「お前の言った、そのままの行動だ。」
「ふ、ふざけるな‼︎防犯カメラを見ろ!俺が二人いるか‼︎」
「お前が拘束しろと言っただろう?筆跡はお前だけしか残っていなかった。…横領、これが答えだよ。」
「そんなふざけたことがあるか‼︎」
急な拘束に僕は、頭が真っ白になり喚いた。
「これは冤罪だ‼︎」
「話は別の場所で聞くよ。まずは、場所を移そう。」
視点が定まらない。何故こうなった。力なく崩れた僕を、男達は引きずり、部屋を後にする。
ただ、這い上がりたかっただけなのに。
ただ、言えるのは
…僕は嵌められた。