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第6章 招かれざる客人 1

 静かすぎるお茶会はすぐに終わり、七都はストーフィを抱え、ナチグロ=ロビンと一緒に部屋に戻った。

 溜め息をつきながら、七都はベッドにぐったりと横になる。

 部屋の中をひらひらと舞っていた透明な蝶たちが、待ちかねたように、ベッドに広がった七都の長い髪に降りて来た。

 けれども七都は、蝶のエディシルを摂取する気にもならなかった。


「七都さん、お茶を飲む間、一言も喋らなかったね」


 美少年に戻ったナチグロ=ロビンが、遠慮がちに呟く。


「そうだっけ。サリアに悪いことしたかな。明るく話しかけてくれてたのに、無視しちゃったかも」

「様子がおかしいことくらいわかるよ。彼女も長いこと生きているんだからさ」

「うん……。でも、心配かけたかも」

「お互い様さ」


 ナチグロ=ロビンは、力なく転がっている七都を横目で見る。


「で? 覚悟を決めて、魔王さまになる?」

「魔王さま……か。やっぱりならなきゃなんないのかな」


 七都は、ラベンダー色の空を映した窓を眺めた。

 魔神族のために染められたその色は、いつ見ても安定した奇妙な美しさがあった。


「わたしがリュシフィンになったら、風の都は元に戻る。あの地下の遺跡で眠る人たちはみんな目覚めて、ここから出て行った人たちも帰ってくる。カーラジルトだって、シイディアと会えるんだよ。でも、わたしが拒否し続けたら……。ここはずっとこのままで、カーラジルトは婚約者には会えない。わたしが引き伸ばしていることになる……」

「まあ、七都さんがリュシフィンさまにならなくても、ルーアンは火の都の王族から、また誰か適当な人を連れてくるだろうから。あるいは、別の方法を取るか……」

「別の方法なんて、そうないでしょ。それに、火の都から親戚連れてきて風の魔王にしたって、やっぱりその人、シイディアたちを目覚めさせる力はないと思う。冠にきっと拒絶されて、早死にしちゃうよ」

「ま、そうだろうけどね」


 ナチグロ=ロビンが、ぼそりと同意する。

 それから、彼は続けて言った。


「七都さん、とりあえず返事は保留にしといて、気分転換にそろそろ元の世界に戻ってみる? 戻るのが一日遅れるたびに、宿題を片付けるのがたいへんになるよ。ちなみに、帰るのはすぐだからね。ここまで苦労してたどり着いたのに、拍子抜けするかもしれないけど。転送装置を使えば、すぐにあの遺跡の扉の前まで行けちゃうから」

「そうだね……。そろそろ帰ろうか。知りたいことの答えは、だいたいもらったし。あの扉の中にも入れたわけだし、シイディアにも会えたもの」

「それか、帰る前にちょこっと水の都に寄って、シルヴェリスさまに会う?」

「ナイジェル……。会いたいな。会いたいけど……水の都なんかに行ったら、やっぱり、ちょこっと寄る程度じゃすまなくなりそうな気がする。夏休みが終わっちゃうよ」

「じゃあ、夏休みが終わってからにしなよ。秋の連休でも……週末でもいいわけだしさ」

「うん。そのほうが、ゆっくり会えるものね……」


 七都は仰向きになって、目を閉じる。

 ストーフィが、さりげなく七都のそばに寄り添った。

 七都は、ストーフィの丸い頭を抱きしめる。


「お母さんとお話がしたい。眠ったら、出てこないかな。いつも意識が朦朧としてるときとか、夢うつつのときとかに出てくるんだよね」

「ちょっと昼寝する?」

「うん……」

「お休み、姫君」

「お休み、侍従長」

「侍従長じゃないよ」


 七都の顔をしばらく眺めたあと、ナチグロ=ロビンは窓のそばに立った。

 光に照らされた庭園の花畑の中に、ルーアンが歩いているのが見える。

 ナチグロ=ロビンは、その姿をまぶしげに眺めた。

 ルーアンは、彼の視線に気づいたのか、ふと窓のほうを見上げた。


(ナナトは?)


 ナチグロ=ロビンを認めたルーアンが訊ねた。


(寝たよ。少し昼寝するって)

(そうか……)


 ルーアンは、寂しげな微笑を浮かべた。


(本当にいいの? 七都さんがリュシフィンさまになってしまっても、王太子さま? あなたはまだ、王太子なんだよ)

(きみは、反対なのかい?)

(だって……。七都さんが地下の人たちを起こせるかどうか、何の保証もない)

(私が風の魔王になったとしても、出来るかどうか何の保証もないさ。それに、もし私がエヴァンレットのように狂ってしまったら、ナナトにはおそらく私を止められない。ナナトがそうなった場合には、私は命を賭して止めてみせるがね)

(じゃあ、また今回も、自分以外の人に冠をかぶせるの。そして、その人に従うの。今まで何度もそうしてきたように)

(そうだよ……)


 ルーアンは再び微笑んで、蝶が舞い飛ぶ花畑を横切って行った。



 目を閉じた七都は、すぐに浅い眠りの中に引き込まれた。

 周囲に広がる、銀色の淡い光の洪水。

 真上には、ラベンダーの空が映った、レース模様の大きな天窓が見える。


(ここは……玉座の間……?)


 七都は、ぼんやりした意識の中で辺りを探る。

 天井の下には、やはりあの階段があった。

 てっぺんに、背もたれが異様に長い椅子が据えられた階段。

 その椅子――風の魔王リュシフィンの玉座には、少女が一人座っている。

 白いドレスに赤紫色のマント。額には金の冠。


(エヴァンレット……)


 エヴァンレットは、動かなかった。

 ワインレッドの目を見開いたまま宙を見つめ、胸にはあの剣が突き刺されている。

 これは、あの夢の続きだ。

 元の世界でよく見た夢の……。

 七都は思う。

 エヴァンレットの足元には、誰かがうずくまっていた。

 チャコールグレーの髪が床に垂れ、泣いているようだった。

 七都にとって、見慣れたシルエット。よく知っている人物。


(ルーアン?)


 七都は、うなだれた彼の顔を覗き込む。

 ルーアンは、はっとして顔を上げた。

 けれどもそれは、七都に気づいてそうしたわけではなく、玉座の間の扉がいきなり開いたからだった。

 七都も、扉のほうを振り返る。

 大きく開いた扉の向こう側に、数人の魔神族が見えた。

 彼らを従えるように、その真ん中に立っていたのは、ユウリスだった。


(ユウリスさま!)


 彼の姿は消え、すぐに玉座のそば――ルーアンと重なり合うくらいの場所に現れる。


「エヴァンレット……」


 ユウリスは立ち尽くしたまま、玉座で動かないエヴァンレットを苦渋に満ちた表情で眺めた。

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