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第1章 姫君の帰還 5

「ゲームだよ」


 ナチグロ=ロビンが言った。


「え?」

「単なるアミューズメント。ストレスの解消と発散。ちょっとした軽い運動。とどのつまり、暇つぶし」

「何言ってんの」


 ナチグロ=ロビンは剣を構えてはいたが、彼の態度はどことなくのんびりしていて、リラックスさえしているように見える。


 うっとうしい機械音が、どんどん増えていく。

 不規則なリズムで鳴り続けるその音に、いちいち七都は反応し、顔をしかめてしまう。

 七都は、腰に差していたメーベルルの剣に手を伸ばした。

 よくわからないが、とにかく何かが襲ってくるので、剣で応戦しなければならないということらしい。


「ああ、だめだよ。その剣では」


 ナチグロ=ロビンが、ちらりと七都が握った剣に目を落とす。


「なんでよ?」

「刃こぼれしちゃうぞ。使っちゃだめだ」

「なんで刃こぼれすんの?」

「固いから」

「……」


 七都は抜きかけた剣を戻し、柄から手を離した。


「じゃあ、どうしろってのよ? 丸腰で戦えって?」

「なわけないだろ。お客様へのお願いです。剣はひとり一振り、きちんとゲットしてから戦ってください」


 ナチグロ=ロビンが、のんびりまったり、説明文を読み上げるような調子で言った。


「はああ?」


 ちょっとイラッとして、七都は彼を睨む。


「まったく世話が焼けるな。ほら、手を伸ばしてみて」


 ナチグロ=ロビンが、またまためんどうくさそうに七都に言った。


「手?」


 七都がおそるおそる右手を宙に差し出すと、いきなり手の中にばしんと剣が現れた。そこをめがけて誰かが剣を投げ入れたように。


「うわっ!」


 七都は、思わずのけぞりそうになる。

 ナチグロ=ロビンと同じ、大きな長い剣だった。

 けれども、メーベルルの剣と比べても、使い勝手が悪すぎる。

 いかにも、これは剣ですよと必要以上に誇張しているかのような、のっぺりしたまがい物っぽい、趣味の悪い剣だった。そしてそれは、大きさと長さの割には妙に軽かった。


「この剣、どこから来たの?」

「知らないけど、たぶん、このあたりのどこかに用意されていて、手を伸ばすだけで簡単に取れるようになっている」


 ナチグロ=ロビンが答えた。


「これで戦うの? この剣、使いにくいんだけど」

「ワガママだな。剣はそれ一種類しかないんだから、仕方がないだろ」


 ナチグロ=ロビンが、じろっと七都を横目で見た。


「いったい何が出て来るの? ゲーム? アミューズメントって? ストレス解消って何よ?」


 ヴィン、ヴィン、と音は鳴り続ける。

 七都は目を凝らして前方を眺めたが、何も見えなかった。

 近くなった市街地の外壁と、その上の風の城、そして、ゆっくりと回る魔貴族たちの雲の館。相変わらずの美しい幻想的な風景があるだけだ。


「猫の好物といえば?」


 ナチグロ=ロビンが言った。

 あたりを注意深く、いや、おそらくわくわくと胸を躍らせて、見回しながら。

 音が聞こえるたびに闇色の瞳が、月の満ち欠けのように、太くなったり細くなったりしている。何かを期待している猫の瞳だ。


「えーっと。カツオブシ。だしじゃこ。それか……猫缶?」


 七都が答えると、彼は短い溜め息をついた。


「七都さん、加工食品ばかり言うんだから。ま、カツオブシとかだしじゃことか猫缶に襲われるのも、それなりに魅力的だけど。原材料をすっとばしてない?」

「原材料?」

「上だ!!!」


 ナチグロ=ロビンが、空を仰いで叫んだ。

 七都は、顔を上げる。

 ラベンダーの空のこちら側に、それがたくさん並んでいた。

 そのひとつひとつが、七都とナチグロ=ロビンに狙いを定めて空中に配置された、銀色の短剣のように。


「お、おサカナ!?」


 頭をさかさまにして、倒立状態で宙に浮かんでいる、その銀色の物体たち。

 見覚えがあった。

 カーラジルトが剣の練習用に出してくれた、あの機械の魚だ。

 シーラカンスをもう少し縮めて太らせ、さらにかわいくデフォルメしたような感じの。

 頭上に群がっている魚たちは、それよりもさらにクリアな銀色に輝き、一目で機械だとわかる代物だった。

 けれども、カーラジルトがこの魚たちをモデルにして、あの幻を七都に出したことは、間違いなさそうだ。


 七都たちの真上で制止していた銀の魚たちの一番下の列が、ゆらりと動いた。


「七都さんっ!!」


 ナチグロ=ロビンが叫んで、七都を乱暴に突き飛ばす。

 七都がたった今まで立っていた場所に、魚たちがズダダダダと柄のない鉈を並べたように突き刺さった。


「ぼーっとすんなよ。もうゲームは始まってるんだから」


 ナチグロ=ロビンが冷ややかに言った。


「今、ぼくが助けなかったら、いきなりゲームオーバーになってたところだぞ」


 七都は剣を杖にして、突き倒された地面からよろよろと立ち上がる。


「ゲームですって? アミューズメントですってええ? どこが? 命がけじゃないよっ!!」


 七都は、涼しげに剣を構えているナチグロ=ロビンに叫んだ。


「多少血だらけになっても、魔神族はすぐに治っちゃうから。特に支障はない」


 ナチグロ=ロビンが、さわやかすぎるくらいににっこりと笑った。

 地面に突き刺さった機械の魚たちは、一斉に宙に浮き上がる。

 そして、頭上の群れと合流し、群れは今度は地面と平行に並んで、七都たちに狙いを定めた。

 魚たちの、きらきらと輝く鱗が、妙に美しい。


「つまり、何? こういうところにこういうオサカナゲームを置いとくのが、風の魔神族の趣味ってわけ?」

「趣味と実益。風の都に入った者は、必ずこれに遭遇することになる。正確には、この白い石の道路を踏んだら現れることになってるんだけどね。よそ者の進入を阻むための守り魚という役目もあるし、ここの住人たちは楽しいゲームとして使用する」


 ナチグロ=ロビンが説明した。


「楽しい? どこがだよっ!」


 七都は、不気味なおはじきのような目でこちらをじっと窺っている魚の群れを睨んだ。


「七都さん、まだ慣れてないからだよ。慣れると、きっと楽しいって。こちらに合わせて、レベルも変えてくれるしね」


 魚たちが、七都めがけて飛びかかってくる。

 七都は剣を振り回したが、魚たちは上手にそれをよけ、くるりと向きを変えて、再び七都と対峙した。


「あなたはいつも、これと戦ってから風の城に入ってるの?」


 七都が訊ねると、ナチグロ=ロビンは首を振った。


「そんなにぼくはヒマじゃない。たまに気が向いたときとか、体がなまったときくらいさ。いつもはスルーして、扉からいきなりお城にジャンプする。ま、今回、七都さんは初めてってことで体験してもらうことにした」

「わざわざ体験させなくても、説明とか話だけでいいじゃないよ?」

「あるものは使わなきゃ。もったいないだろ。わざわざ光の都から買ってきて、取り付けたものらしいからさ」


 七都は、魚たちを見据えながら、深呼吸する。

 落ち着こう。これが楽しいゲームなら、怖れる必要もない。

 カーラジルトがあのサカナを出してくれたのは、ここに来たときに七都が困らないように。きっとそう考えて、あれを選んでくれたのだ。

 風の扉を開けたら、遭遇するに違いない不気味な銀の魚たち。 

 何も知らなかったら、当然パニックになる。

 だから彼は、あの魚を出してくれたのだろう。本人は適当に出してみた、などと言ってはいたが。

 魚との戦い方も、彼は教えてくれた。

 教えてもらったとおりに動けばいいだけ。そうなのだ。

 七都は、剣を握りしめた。

 こちらのレベルに合わせてくれるなら、たぶん私は最低レベル。

 だったら、それほど難しくはないはずだよね。


 魚たちが突進してくる。

 七都は、素早く魚たちに剣を浴びせた。

 剣に軽い衝撃が走り、魚たちの何匹かが地面にぼたりぼたりと落ちる。


「うっわ……」


 七都は、顔をしかめた。

 魚は真っ二つに裂けていた。

 その裂け目から、ダークシルバーの機械の部品がはみ出ている。

 壊れた機械の残骸、という悲惨さが、たっぷりと目の中に飛び込んでくる。


「ああ、気にしなくていいよ。ゲームが終わったら、元に戻るから」


 ナチグロ=ロビンが、のんびりと言った。

 光の都から買ってきたって?

 この趣味の悪さ。

 もしかして、これ作ったのジエルフォートさまだったりして。

 あやふやな根拠で妙な疑いをかけられ、慌ててぶんぶんと首を振っているジエルフォートの姿が、ちらっと浮かんだ。


「じゃあ、もう、遠慮なくぶった斬るからっ」


 七都は、地面を蹴った。

 カーラジルトに教えてもらった感覚を思い出し、その記憶をたどりながら、体と腕を動かす。

 魚たちは、七都の剣に吸い寄せられるように集まってくる。

 七都は、片っ端から丁寧に魚に剣を当てた。魚の点を剣の線でなぞって行くように。

 魚たちはなぞられた順番に、きっちりと地面に落ちていく。

 彼らは、カーラジルトが出したサカナのように、ヒレが武器になったり、切り裂いたら二つに分裂したり、ましてやカボチャに化けたりなどはしなかった。

 あのやっかいな魚に比べれば、はるかに素直で倒しやすい魚たちだ。

 もちろん七都のレベルに合わせて、特に緩慢に動作をしてくれているに違いなかったが。

 横目でナチグロ=ロビンを見ると、彼は優雅な身のこなしで、七都に対するものとは比べ物にならないくらいの素早さで動き回る魚たちと、めまぐるしく戦っていた。

 かなり慣れていて、熟練している。

 体をねじったり、回転したり、見事なポーズを決めていく。

 ストーフィを抱えながら戦っているのに、余裕がありすぎる。

 これは――。

 ナチグロ=ロビンの言うとおり、慣れたら楽しいかもしれない。

 七都は、体を動かしながら思った。

 それに、剣の練習にもなる。

 ここでこの魚たちを相手に格闘すれば、腕が上達するのは確実だ。レベルも、習得に応じて細かく調整してくれるのだから。

 風の都に滞在する間、毎日少しの時間だけ、ここでこのゲームをしてもいいかもしれない。

 ただ、血だらけになるのは、やはり遠慮したかったが。


 やがて、魚の群れは、ことごとく地面に落ちてしまった。

 白い石畳の道路の上には、銀色に輝く機械の壊れた部品が、ばらばらになって無残に放置されている――そういう状態になっている。


「久し振りにやったけど、ちょっと腕がなまったかな」


 ナチグロ=ロビンは呟いて、剣を宙に放り投げた。

 剣は宙で消え去り、落ちては来なかった。

 それを唖然として見上げていた七都に、彼が言う。


「回収!」

「え? あ、そう。そうやって返すの」


 七都も、剣を放り上げる。

 剣は、その表面に空のラベンダー色を映し、きらりと光って消滅した。


「それじゃ、街に入ろうか」


 ナチグロ=ロビンが、何事もなかったかのように、ストーフィを抱えたまま歩き出す。

 七都は、彼の後を慌てて追いかけた。


 去っていく七都たちの背後で、機械の残骸たちが、ふわりと浮き上がる。

 それは再び銀の魚ロボットに戻り、全部の魚が復元したところで、空に溶け込むように、一斉に姿を消してしまった。

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