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第1章 姫君の帰還 3

 えーっと。

 どうしろっていうのよ。

 どうしたいんだよ?


 七都は、目の前斜め四十五度くらい上から、自分をじっと見下ろしているナチグロ=ロビンを睨んだ。

 彼は、ずっとしかめっ面をしたまま、霧の中に浮かんでいる。背中の真っ白い羽根を時折ぱたぱたと動かしながら。

 その姿はもちろん、神々しいまでに美しい少年の天使。

 けれども、扱いにくい、こまっしゃくれた、かわいげのない天使だった。

 わたしが無事にここまでやってきたことが、なんか気に入らないのかな。やっとの思いでここまで来たというのに。

 大体わたしがひどい目にあったのは、この猫がわたしを置き去りにして、飛んで行ってしまったからじゃないの。

 だから、すぐにグリアモスに襲われて……。

 そう思い始めると、彼に対する怒りがふつふつと、とめどもなく溢れてきそうになる。

 だめだ、だめだ、怒っちゃ。

 相手は猫だ。わたしが生まれる前からうちにいた、愛想が悪くて小生意気な飼い猫だ。

 それにしても、ここまで来たんだから、何か言ってくれてもいいのに。

 何でだんまりを決め込んでるんだよ?

 怒りはかろうじて押さえ込んだものの、今度は彼の態度に対する不満が、じわじわと頭を持ち上げてくる。

 七都は、ひきつりそうになる顔をうまくコントロールして、微笑みを作った。


「ナチグロ。久し振り。迎えに来てくれたんだ」


 七都が声をかけると、ナチグロ=ロビンは、ますます顔をしかめた。


「一応、そういう約束だったからね。……ぼくをその名前で呼ぶなと言ったろ」


 七都は、にーっこりと彼に笑顔を向ける。頬がぴくぴくと動くのが、自分でもわかった。

 ようやく発した言葉がそれか?


「もといロビー何とかかんとか」

「ロビーディアングールズリリズベットティエルアンクピエレル!」


 ナチグロ=ロビンが、自分の名前をわざとらしく、ゆっくりと発音する。


「覚えられないってば。ロビンでいいって言ったじゃない」

「そうだっけ。じゃあ、それでいい。鳥みたいだな」

「ここでは何て呼ばれてるの? 風の都の人たちから」

「たいがい、ロビーディアンと呼ばれる」


 ナチグロ=ロビンが言った。

 なんだ、みんな省略して呼んでるんじゃない。

 七都は、再び彼を睨んだ。


「七都さん、ひとりで来たんだ、ここまで。まあ、その猫ロボットはともかく」


 彼が、ちらりとストーフィを一瞥する。

 ストーフィは七都のマントの裾を握りしめたまま、斜め四十五度顔を上向けて、ナチグロ=ロビンを眺めていた。

 浮かんでいるナチグロ=ロビンに対して、おののいているというよりも、どこか嬉しそうな感じに七都には見える。

 ストーフィは、珍しいものを見つけると分析するらしいので、背中に羽根をつけて宙に浮いている彼にとても興味を持ったのかもしれない。


「あなたがひとりで来てごらんって、えらそうに言ったんでしょうが」


 七都が言うと、ナチグロ=ロビンはふっと笑った。


「まさか馬鹿正直に、本当にひとりで来るとはね」


 ななな、なんですってえええ!!!???


 七都はワインレッドの目を見開いて、ナチグロ=ロビンを見つめた。

 両手をぎゅううっと握りしめ、再び勢いよく噴き出してきそうになる怒りを封じ込める。


「つまり、なに? ひとりで来なくてもよかったわけなの? ゲームみたいに誰か仲間を見つけて、友情だの絆だの何だの育みながら、賑やかにその人たちに囲まれて、ここに来てもよかったってこと? 経験値とか上げながら?」

「それはまあそれで、交渉術にたけてるとか、人を見る目があるってことかもしれないけどね。でもこれはゲームじゃない。七都さんは、ひとりで来なきゃいけなかった。でなきゃ、城の中に入る資格なんかないよ。誰かにどっぷり寄りかかってここまで来たりなんかしたら、扉は開かなかったさ」


 やっぱり結局、ひとりで来てよかったんじゃない。

 本当に、何て憎ったらしい猫なんだろう。

 デコピンなんてかわいすぎる。

 猫パンチ、いや、強めの猫キックで、はたきおとしてやるっ。

 七都は片足に力をこめたが、七都が猫キックを試みる前に、ナチグロ=ロビンは地上に降りてきた。

 背中の白い翼がたたまれ、小さくなって消えてしまう。


「あなたね、やっぱり天使の白い翼よりも、悪魔の黒い翼のほうが似合うと思うよ」

「あいにくぼくは、黒よりも白が好きなんだ」


 ナチグロ=ロビンが七都の感想に対して、ぶっきらぼうに答えた。


「あっそ」


 彼は、七都の前に立つ。少し距離をあけて。


「少し背が伸びたね、七都さん。それに、顔つきも前と違ってる」


 ナチグロ=ロビンが言った。

 相変わらずのしかめっ面だが、彼はどこか眩しげに七都を見ていた。


「そう? たくましくなった? おかげさまでいろんな体験をさせてもらったから。そういえば、以前はあなたと同じくらいの身長だったけど、今はちょっとだけ私のほうがあなたを見下ろせてるね」


 ナチグロ=ロビンは、不機嫌そうに口を歪める。

 七都に見下ろされるのが気に食わないのかもしれない。やはり猫としては、少しでも高いところから相手を見下ろしたいのだろう。


「でもね。今、わたしはここにこうしてひとりで到着したわけだけど、いろんな人に助けてもらったの。わたしの後ろには、たくさんの人がいるんだよ。見えないけれど」

「たくさんの人じゃなくて、たくさんの人の思い、だろ」


 ナチグロ=ロビンが訂正した。

 七都は、彼をじろっと睨む。

 まったく生意気なんだから。


「そう。その人たちがわたしにくれた、たくさんの大切な『思い』だよ。だから、本当はたったひとりで来られたわけじゃない。それでも中に入れてくれる?」

「ああ。助けてもらえたのも、七都さんの資質と運のよさだろうからね」


 ナチグロ=ロビンは手のひらをくるりと優雅に返して、霧の中を指し示した。そして、めんどうくさそうに呟く。


「まあ、とにかく、風の都にようこそ。歓迎するよ」


 キディアスの慇懃無礼さにもイラっとするものがあったが、ナチグロ=ロビンはそれ以上だった。

 少なくともキディアスは、七都の身分がわかってからは七都を大切に扱ってくれたが、ナチグロ=ロビンにはそうしようとする意思など、微塵も感じられない。

 なに、この態度。

 やっぱりムカつく。


「ねえ、ロビン。わたし、ここのお姫さまじゃないの? そういう話を風の魔貴族から聞いたんだけど? あなたも知ってるでしょ、カーラジルト。ここの伯爵さまだよ」


 七都は、ナチグロ=ロビンに言った。


「あの人にも会ったのか。会える確率なんて、ものすごく低かっただろうに。それも七都さんの運と才能かな。ま、確かにお姫さまってことにはなるね。七都さんは王族の血筋だから」


 彼が、どこか間延びした口調で答える。


「で? それがどうかした?」


 うう。ぜんっぜん、お姫さまだと思ってない……。

 お姫さま扱いなんて、絶対してくれそうもない。しようとも思ってない。

 彼はもしかして、魔王リュシフィンに対しても、こういう態度を取っているのか?

 七都は、ふと疑問に思う。

 だとしたら、それはそれでたいしたものだ。 


「さっさと中に入ったら? 扉を開けっぱなしにしといたら、砂が入ってくるだろ」


 ナチグロ=ロビンが言う。


「あ。ちょっと待って。その前に、あなたを抱きしめていい?」

「は?」


 彼が、おもいっきり眉を寄せた。


「なんで七都さんに抱きしめられなきゃならないんだよ?」

「ここまで来たわたしへのご褒美に、黙って抱きしめられてよ。ちょっとくらい我慢して」

「……断る」


 彼が呟いた。

 やっぱりね。抱きしめさせてくれるわけないか。

 七都は、軽く溜め息をつく。

 男の子の姿をしていても、相変わらず愛想が悪いんだから。

 もしかしたら、猫のときよりも、はるかに愛想が悪いかもしれない。変に意固地っぽくなっちゃってるし。


「ああそう。じゃあ、抱きしめられるのがいやなら、わたしを抱きしめて」


 七都は、ジエルフォートがアーデリーズに言ったのとは微妙に違うことをナチグロ=ロビンに言ってみた。

 きみが抱きしめてくれないから、私が抱きしめることにした――。ではなく、あなたが抱きしめさせてくれないから、あなたに抱きしめてもらうことにした――だ。


「は?」


 ナチグロ=ロビンは金色の目を大きく見開いた。びっくりしたらしい。


「なんで七都さんを抱きしめなきゃならないんだよ?」

「あなたが、わたしに抱きしめられるのが嫌だって言ったからだよ。だから、反対に抱きしめて」


 それから七都は、口元ににやりと笑いを浮かべて、彼に訊ねる。


「あ、まさか、女の子を抱きしめたことがない……とか?」

「ないね。抱きしめられるほうは、さんざんされてきたけど。ぼくが抱きしめるのは、食事のときのアヌヴィムだけだ」


 彼が、妙に素直に答えた。


「何百年も生きてるんでしょ。一回もないの?」

「しつこいな。ないよ」

「じゃあ、わたしを抱きしめてよ。記念すべき初抱きしめ」

「断る」


 ナチグロ=ロビンが、そっけなく言った。

 七都は、深く息を吸い込んだ。

 もうちょっと、相手を傷つけない断り方があるだろうに。

 ナイフをぐさっと突き立てるような断り方を、わざわざ選んでしなくてもいいのに。


「あ、そ。でもいいもん。あなたが抱きしめてくれなくたって、リュシフィンさまに抱きしめてもらうから。そんでもって、頭をなでなでしてもらうんだから!」

「……リュシフィンさまに?」


 ナチグロ=ロビンが、さっきよりもさらに大きく目を見開いた。


「そうだよ、リュシフィンさまに!」


 七都が言うとナチグロ=ロビンは、『何言ってんだ、アンタ?』みたいな、呆気にとられたような奇妙な表情をして、黙ってしまった。

 何かを言いかけようとして、言葉を飲み込んだのかもしれない。

 またダンマリか。

 七都はしばらくナチグロ=ロビンを睨み、自分の足にくっついていたストーフィをおもむろにつまみあげた。

 そして彼の胸あたりに、押し付けるようにストーフィを投げ込む。

 ナチグロ=ロビンは、反射的にストーフィを受け止めた。

 キディアスにストーフィはあまり似合わなかったが、ナチグロ=ロビンにはよく似合う。

 少年とロボット。相性のいい組み合わせかもしれない。


「じゃ、その子を持っといて、城に着くまで」

「……この猫ロボットは?」


 ナチグロ=ロビンは、ストーフィをいぶかしげに見下ろした。

 ナチグロ=ロビンを見つめ返すストーフィの目に、薄青い光が渡って行く。


「それは、光の魔王ジエルフォートさまが地の魔王エルフルドさまのためにつくった機械猫だよ。エルフルドさまが、わたしにくれたの」

「ひっ!」


 ナチグロ=ロビンは、思わずストーフィを落っことしそうになる。瞬間的に手が固まったらしい。


「丁重に扱ってよね。魔王さま方からの頂き物なんだから」


 ナチグロ=ロビンは、必然的にストーフィをしっかりと抱きしめるはめになった。


「それじゃ、中に入りますから」


 七都は、風の扉を通り抜けた。

 途端に扉は勢いよく、ばたりと閉まる。

 地の都の白い砂漠もラベンダー色の空も、扉の向こうにたちまち消えてしまった。

 七都は、扉のこちら側――そこはもちろん目隠しの霧しか見えなかったが――風の都のほうに、ゆっくりと、そしてきちんと向き直る。


「じゃあ、ナチグロ=ロビン。風の城に行こうか。案内してくれるよね?」


 七都が言うとナチグロ=ロビンは、ストーフィを抱きしめたまま、しぶしぶという感じで頷いた。

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