回転寿し
最近の回転寿しってえらく安いよな。トロもタイもすべて100円だってな。ありえねぇよ。
俺らが子供の頃は回転寿しなんて無くて、カウンターの寿司屋しかなかったな。トロなんて頼んだら1貫数千円もして、子供の俺らには絶対に食べさせてくれなかったよ。「子供は玉子でも食べてなさい!」ってなもんでさ。その玉子さえ300円くらいしたと思うけどな。
で、今の回転寿しってなんであんなに安いんだと思う?
えっ?チェーン店が大量に仕入れてるんだろうって?馬鹿いっちゃいけねえよ。
俺も漁師になってから分かったんだが、競りで小さめのマグロをまとめ買いしても1匹20万円はするさ!そこから取れるのは1000人分くらい。それを100円で売ってたら、まぁ、利益はでないわな。実際俺らのところに買いにくるのは名の通ったカウンターの寿司屋ばっかりだったよ。
そんな競り市の中で、人目にふれない一角があった。おっさんばっかりの競り市に、スーツを着た若い兄ちゃん達がよくそこに向かって行くんだ。まだ俺が漁師になったばかりのころ、興味半分でその一角を覗いた事がある。
驚いたね。そこでは、アカマンボウ、シイラ、アカガレイ、カワハギといった、俺らが寿司のネタには使えないからって馬鹿にして安く業者に卸した魚が大量に積み上げられていたよ。それが飛ぶように売れていくんだよ。スーツの連中は大手回転寿しチェーン店のバイヤーだった。アカマンボウはマグロ、シイラはカンパチ、アカガレイはヒラメ、カワハギはタイとして、店頭に出されるんだとさ。
代替魚っていうらしい。店で捌いて出す分には魚の種類の告知義務はないらしいから法律違反ではないって聞いた。
いや、俺は感心したね。これが企業努力ってやつかと思ったよ。回転寿しの安さのカラクリも分かったしな。
それから10年ほど後。
俺らの店でも代替魚が普通に競りに出されていたよ。本来は売りもんにならないようなもんを買ってくれるんだから本当に良いお客さんだよ。ウィンウィンの関係ってやつだな…。まあ、実際回転寿しの店が増えすぎて、代替魚の売り上げ無しではやっていけない面もあった。
ところがさ…、徐々に事情は変わっていった。
代替魚が売れなくなっていったんだ。どうやら法令が変わって、規制の方向に向かっていたらしい。
その代わりに、スーツのバイヤーが市場の奥へ向かって行くようになった。かつて代替魚が売られていた場所よりももっともっと奥へ向かって行く。俺と仲の良いバイヤーも俺と目を合わさずに、下を向いて奥へ向かっていく。
俺は奴らの後をつけた。そこで何が売られているのか知っておく必要があった。代替魚に変わる金儲けのネタが見つかるかもしれない。そんな事を考えながら俺は市場の最も奥にある売り場を覗いた。
俺は今度こそ腰を抜かしそうになった。そこで売られていたのは、俺も良く知っている魚だった。
それは、取れた時から死んでいる魚。漁師仲間では死魚とか浮魚とか呼ばれるやつだ。あんたらも魚が大量に死んで、海に浮かんでいる映像を見たことあるだろ?あれは海を走っていると意外と多く見かけるんだ。原因は大体が不明だ。俺たちは海の呪いだから、絶対に取っちゃいけねえって先輩漁師に教えられたよ。言われなくてもあんなモンは絶対に売れない。そう思っていた。
だが、マトモな漁師なら決して扱わないそれらが、そこでは飛ぶように売れていく。そして、そこで売られているのはそれだけじゃねえ。水揚げの時、半分に千切れちまった魚。叩きつけられて、潰れちまった魚まで売ってやがった。
確かに店の客には見えねえかも知れねえ…。だがよ、見えなきゃ何してもいい訳じゃないだろ。俺は知り合いのバイヤーを捕まえて言ったよ。そしたらそいつは涼しい顔して答えやがった。
「これは代替魚による偽装でも産地偽装でもありませんよ。正真正銘の近海物のマグロやハマチ、タイです。もちろん味も同じです。我々はより良いものをより安くお客様に提供しているのです。お客様もそれを求めている。これもまた企業努力です。」
俺は返す言葉がなかったよ。言われてみりゃあそうかもしれねえ。金のある奴は高い寿司屋に行くし、金のない奴は安い回転寿しに行く。安いにはそれなりの意味があるってのに奴らは寿司だ寿司だって喜んで食ってやがる。あんたらの食ってるのは魚ですらないってのに哀れなもんだ。
えっ?今かい?漁師はもう辞めたよ。あんなモン見ちまったらもうやってられねえ。
漁師の仕事は好きだったから残念だったが、もっと儲かる仕事があったしな。
えっ?荷台に積んである魚に目が4つある?尻尾が2つある魚がいる?大蛇のような馬鹿でかいウナギ?
バカ言っちゃいけねえよ。どれも正真正銘の近海物の魚ばっかりだよ。味は一緒なんだから問題ないだろ。求めている客に求めているモノを提供する。企業努力ってやつよ。
良かったら食ってけよ!俺の回転寿しの店すぐそこなんだ。安いし、味は俺の保証つきだぜ。
おいっ、あんた何処行くんだ?おいっ、お〜い!
たくさんの方にお読み頂いて嬉しいような、申し訳ないような…。そんな気持ちでいっぱいです。一応、皆様の良く知る回転寿司ではなく、回転寿しの話となっておりますが、これが私の創作、フィクションであれば良いと思っています…。
思ったより外食産業の闇は深いのかもしれません。小さい子供を持つ親の身としては心配でなりません。どうぞ皆様も激安フードにはお気をつけ下さい。