試験の勉強‥‥other side
ふとテキストから顔を上げ時計に目をやると、21時になろうとしていた。そろそろかなー‥とテキストを片付けようとしたとき。
「羽瑠ちゃんいるー?」
小さなノック音のあと、窓から現れたのは隣の住人で。
「ねぇねぇ、数学教えて?」
ほら、きた。と心の中で呟けば、思わず頬まで緩んでしまう俺。
つくづく彼女には甘いなぁ、と苦笑する。
「羽瑠ちゃん?なに一人で笑ってるの?」
「いや、俺はまだいいよなんて言ってないのに、誰かさんは人の机の上にテキストを広げてるからさ。イヤだって言ったらどうするのかなーと、ね。」
「羽瑠ちゃんイヤなの?それなら帰るよ‥」
途端にシュンとして、彼女はそう呟いた。
「いやいや、冗談だから。」と慌てて答え、隣に座りテキストを開く。
「羽瑠ちゃん‥本当に迷惑だったら言ってね?」
と下からのぞき込まれた瞬間、胸の辺りがキュウとなり、少し苦しくなる。
「気にすんなって。」と答えて彼女の頭に優しく触れると、彼女はそのままテキストに取りかかってしまう。
少しずつヒントを与えると、つまづきながらも最後まで自力で解いていく。
「あれ‥みいこれだけ?」
「うん、あとは学校で美里くんに教えてもらったの。」
いいでしょー。と笑う彼女。
何がいいんだ?教えてもらった?他の男に?
「みさと‥」
「そうそう、一緒に学級委員やっててね、今日もその仕事のついでに。」
「そいつと仲良いんだ?」
「なんで怒ってるの?」
「怒ってないよ。」
「だって今日の羽瑠ちゃん怖いよ?」
「いや‥ごめん。」
”みいはそいつのこと好きなのか?”と言いそうになって、慌てて口を閉じた。ふう、と小さく息を吐いて彼女の頭に触れる。‥相変わらず心地よい手触りだった。
「なんで怒るかなぁ。羽瑠ちゃんだって彼女居るくせに。それに美里くん好きな子いるみたいだし。」
「‥は?」
今なんて?
「え?だって美里くん気になる子居るって言ってたもん。だから、好きになっちゃダメなの。」
「ふーん‥」
それってまさかみいのことじゃないだろうな‥いや、でも勉強したんだろ、ふたりで。あれ?ふたりでって言ったか‥いや、でも一緒に学級委員やっ「じゃ、羽瑠ちゃんありがとう。」
彼女の言葉で現実に引き戻される。「いや、これくらい構わないよ。」と何事もなかったかのように笑ってみせる俺‥心中は穏やかではないのに。
「みい?そんなにじっと見つめるなよ。」
ばれてるのか?ばれてるのか?俺が動揺しているのがばれてるのか?!
「えっ‥あ、ごめんごめん。それじゃ、私は帰ります。 」
「おう、またいつでも来いよ。」
「う、わっ!「みいっ!」」
ベランダへ出ようとしたところで躓いた彼女を、咄嗟に後ろから抱きかかえる。彼女も驚いたのか心拍数がとても高まっていた。
「あ、羽瑠ちゃん‥ごめんなさい。」
「気を付けろよ?怪我したら心配するだろ。」
「うん、ありがとう。じゃあ、おやすみなさい。」
「ん、おやすみなー。」
彼女の部屋の明かりが付いたのを確認してから窓を閉め、ベッドに横たわる。
はー‥美里ってあいつだよな。あいつ絶対みぃのこと好きだろ、みぃも好きになっちゃいけないの、とか訳わかんないこと言うし‥相変わらずふわふわしてるし‥小さいし‥可愛いし‥俺の片腕ですっぽり収まるし、それに柔らかくて‥‥‥‥‥って!俺のばかっ!いかん、冷静になるんだ、俺。さっきのは事故、事故なんだから、この右手に残る感触は‥‥無視、無視だ。
”羽瑠ちゃんだって彼女いるくせに”か‥。綺香、いいやつだけど‥でも、いまさらだけど、俺はやっぱりみぃのことが好きだ。これはきっとこの先も変わらない‥と思う。
とりあえず、はっきりさせないといけない。