青天の霹靂‥‥other side
それは本当に突然の出来事で。
「ねぇ、羽瑠‥‥‥‥好き。」
「は?」
帰宅後に呼び出されたかと思えば、目の前の彼女はいったい何を言い出すのか。
「は?じゃなくて、好きなの。」
「いやいや、綺香、彼氏居るだろ?」
「もう別れたもん。」
「え?だってまだ1ヶ月もたって無「だって、本当に好きなのは羽瑠だもん!」
えー‥っと。
目の前に居る彼女は池田綺香。中学生のころからの友人‥俗に言う女友達ってやつだ。
同世代の女の子よりも少し大人っぽくみえるのは、その綺麗な顔立ちと黒くて長いさらさらの髪が相乗効果をもたらしているということが、少なからず関係しているのだと思う。
彼女のことを好きな男は中学の頃からたくさん居た。しかし彼女は誰も相手にせず、最近やっと彼氏を作ったかと思えば1ヶ月もたたないうちに別れたと言う。
それで?俺のことが好き?
「いやいや、そんなわけないだろ?俺はそんな使い捨てみたいに数ヶ月でぽいされるのはごめんだ。」
「ポイ捨てしなければいいんだ?」
「違う、そうじゃなくて。お前、俺を好きだなんて嘘だろ?」
そう言って目の前の彼女を見つめる。
「嘘じゃないもん、本当だもん‥なんで嘘だなんて羽瑠が決めるの?」
突然、彼女の瞳から涙がこぼれる。俺は心底慌てて彼女との距離を詰め、包み込むように彼女の頬に触れると両手の親指でそっとその雫を拭った。
「ご、ごめん‥泣くなよ。でも俺たちずっと友達だったじゃん?」
「だって羽瑠は自分に好意のある女の子と仲良くなんてならない‥っていうか、近付けさせないじゃん。上手に距離をとるじゃん。知ってるんだから‥」
「あ、いや‥‥‥‥うん。」
‥バレてる。
「だから友達としてなら近付けるかなって思ったんだよ‥それで去年1年間頑張った。
でも羽瑠は私のことを友達としか見てくれないから、もう諦めなきゃいけないのかなって思って‥‥
だからとりあえず告られた人と付き合ってみたの。だけどやっぱり羽瑠が良かったの。
だからね、そろそろ私のこと女の子として見てくれないかな。」
彼女をこんなに近くで見るのは初めてかもしれない。俺の頭の中は彼女のことが好きとか嫌いとかそういうことではなく、ただ彼女の言葉に対する驚きでいっぱいだった。
その一方で、まるで睨むかのように俺を見上げている瞳、挑みかかるような言葉、キラリと光を反射する雫。そのすべては彼女が初めて見せるもので、なんだか綺麗だな、なんて客観的に見ている自分も居た。
「綺香‥お前、計算高いのな。」
今まで彼女の気持ちに気付かなかった俺の鈍さ。今まで一生懸命隠してきた気持ちが溢れてしまった彼女の必死さ。そのどちらもが可笑しくて、気付いたら俺はふっ、と笑っていた。
「もう!笑わないでよ、こっちは真剣なのにー‥」
羽瑠のバカ、イケメンー。と訳の分からない言葉を並べながら、また彼女の瞳から新しい涙がこぼれ落ちる。
「綺香ごめん‥でも知ってるだろ?俺、好きな子が「嘘!そんな、その他大勢の子に何度も言ってきた断り方なんかじゃ、騙されないんだから。」
えー‥本当なんだけどな。と言えば、じゃあ誰なの?と即座に質問してくる。
「それは‥」
言いたくないな‥気付いてはいないみたいだし。
「だから!答えられないなら付き合って。」
「ん‥?接続詞おかしくないか?」
「じゃあ言い方変えるね。羽瑠に好きな人が居たとしても、告白する勇気も振られる覚悟もないなら私と付き合って。」
「綺香‥」
「私、諦めきれないんだもん。私のこと嫌いじゃないでしょ?」
「うん。好きだよ、友達とし‥‥」
瞬間、彼女の整った顔が近付いたかと思えば唇に柔らかいものが触れた。
「っ!?」
それは一瞬のできごとで。
「嫌‥だった?」
不安そうに見上げる彼女の瞳に、先程までの涙は無い。
「いや‥そうでもない。」
不思議と違和感もなく、むしろ怒られるのを待つ子供のような視線を送ってくる彼女を可愛いとすら思った。
「何その言い方。失礼しちゃうわ。」
と言ってうつむいてしまった彼女。少し頬が色付いているのは気のせいだろうか。
「俺、お前のことけっこう好きなのかもな。」
「なっ‥!」
真っ赤に染まった顔で俺のことを見上げる。
「ふ‥可ぁ愛い。」
「っ‥?!」
再び彼女の顔を両手で包み軽く上を向かせると、文字通り開いた口を塞いだ。
チュっという軽いリップ音をたてて顔を離すと、こちらを見上げている瞳と出会った。
「羽瑠‥どうして‥?」
ん、嫌だった?と聞けば、ぶんぶんと首を振る。そして俺の服の裾を掴んで見上げると、もう一回して?と言った。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
彼女が落ち着いてから家へ送り届けて、俺も家路についた。
綺香と付き合っていたらみいへの気持ちも薄れるだろうか、と考えている自分が女々しくて嫌になる。
綺香が言ったように、俺には自分の気持ちを伝える勇気も、振られる覚悟もない。
「はーあ、どうしたもんか。」
人生で初めて彼女ができたという日に、あろうことか、俺はベッドに横たわりため息をついた。