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伝えたい想い  作者: Santa
3/11

入学式の前日‥‥other side



「羽瑠ちゃーん。勉強おしえて。」


夜になって帰宅すると、待ってましたとばかりにリビングのソファでくつろいで居たのは、俺が愛してやまない希美さん。その「愛」の中に、恋愛だけではなく家族愛みたいなものが含まれていないと言ったら嘘になる。


「お前‥また分からないところだけ後回しにしただろ?」


宿題で分からないところだけを残して、休みの最終日には決まって俺の元へ来る。


「だってぇ、羽瑠ちゃん教え方上手なんだもん。」


そう言いながらソファから立ち上がり、ごちそうさまーとキッチンに居る母親に空いたグラスを渡す。


「羽瑠、こんな時間までどこで遊んでたの?今日はみいちゃんが来るからなるべく早く帰ってきなさいって言ったのに。ねぇ、みいちゃん?」


グラスを受け取った母親から責めるような視線を受ける。


「あーはいはい、みい部屋に行くぞー。」

「ちょ、羽瑠ちゃん。綾ちゃんのことシカトしちゃダメでしょー?」


彼女の声が聞こえたけれど、そのままリビングを後にした。







「ほら、みいはやればできるんだから。ゆっくり考えろっていつも言うだろ?」

「だって自分で何十分も考えるより、羽瑠ちゃんに聞いた方が早いんだもん。」

「そうやって言っていられるのも今のうちだぞー。みいに勉強を教える暇なんて無くなるかもしれないしな。」


頭にポンと手を置くと、彼女はうつむいた。彼女は妹扱いされるのは嫌だと言うが、きっとこれもその妹扱いのうちの1つなんだろう。

そうだとは分かっていても、彼女の頭を撫でることは癖になっているし、ふわふわした髪の毛がなんとも心地良いのだからやめられない。


「羽瑠ちゃんのいじわる。せっかく頑張って同じ高校に入ったのに。」

「あはは、冗談だって。どんなに忙しくても、みいに頼まれたらどんなことでもやってあげたくなるんだよ、お兄さんは。」

「私は羽瑠ちゃんの妹じゃないもん!」



もう何度も聞いた台詞だ。しかし、彼女は彼女で俺のことを兄妹きょうだいとしか思っていないんだから、たちが悪い。

きっと昔から妹扱いされてきたから、それが嫌なのだろう。学年は同じで一緒に成長してきたから、妹扱いされるのは気持ちの良いものでは無いのだろう。

俺には彼女の本当の気持ちが分からないから、そう解釈していた。

でも中学3年生になってから、俺は彼女のことが好きだと気付いてしまった。それ以来、彼女が言う「妹扱い」というのは、俺にとっての一種の予防線のようなものになっている。

自分のことを兄のように慕ってくれている彼女は、妹だと言い聞かせて自己を抑える。そうしていないと、無理矢理にでも彼女が嫌がることをしてしまいそうだからだ。

なによりも恐いのは、そのあと彼女の笑顔を失うことだ。



「羽瑠ちゃん。」


椅子から立ち上がり、俺を見上げる。

無意識だと分かっていても、抱きしめたくなる可愛さ‥‥あぁ、上目遣いはやめてくれないか。

なんて言えない臆病者の俺は、「ん?なに?」と平静を装い答える。


「私‥‥‥‥。」


言葉に詰まる彼女。


「どうした、みい?」

「ううん、なんでもない。いつもありがとう、羽瑠ちゃん大好き。自慢のお兄ちゃんだよ!」

「俺はお前のお兄ちゃんじゃないぞ。さっき妹じゃないもん!って怒ったのは誰だよ。」

「ふふ、いいのいいのー。羽瑠ちゃん愛してるよー、おやすみ。」

「ちょ、みい!」


そのまま部屋を出ようとした彼女を呼び止めると、「ん?なぁに?」と振り返る。そんな彼女に近付き、パーカーのファスナーを上げた。


「お前‥もう少し気を付けろよ。女の子なんだから。」


そう言って顔を近付けると、見えてた?羽瑠ちゃんのえっちー。と言いながら頬を染める。

‥‥‥‥‥‥‥可愛い。

俺の語彙力ではそれ以外の形容詞が見当たらない。


「はーいはい、俺じゃなかったら襲われてるぞ?」


ポンと頭に手を置き顔を覗き込もうとしたら


「過保護すぎなんだよ、羽瑠ちゃんのバカ。おやすみ。」


そう言って、目も合わせずに部屋を出て行ってしまった。


バカってなんだよ、バカって。昔はただのチビだったのに今ではでるとこでやがって‥女になりやがって。目の毒なんだよ。少しは俺の気持ちも考えてくれよー。と苦笑しつつ、ベッドに倒れ込む。



彼女は昔から背が低く、茶色がかった色素の薄い髪は緩いパーマをかけたようにふわふわしていて、人見知りだけど俺に対してはいつもにこにこしていた。普段はくりっとしている目元は笑うとくしゃっとなり、俺は昔から彼女の笑顔が好きだった。



そんな彼女は、中学3年生になっても可愛いくて綺麗な(純粋な)ままだった。しかし彼女は、そのころから俺を避けるようになった。おそらく好きな男でもできたのだろう。俺という存在は彼女の中で必要性が薄くなったのだと思う。



そして俺はそのとき初めて、彼女が居ない日常を知った。それと同時に、彼女が自分にとっていかに大切な存在であったかを痛感し、自分の気持ちに気付いたのだ。



人間は失ってからじゃないと気付かないって言葉の意味を初めて理解できたような気がした。



彼女を恋愛的な意味で好きだという気持ちを胸に秘めたまま、俺たちは明日から高校生になる。




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