彗星
彗星
「――はこの宇宙の星の数ほどあるのよ。だから私にとってここは宇宙なの」
「それって――が星ってこと?」
「じゃあ俺は一番最初にアカリさんが創った星を見つける!」
「ありがとう。慧斗君は優しい子だね」
「アカリさん。俺にとってアカリさんは…
真っ白な天井が目に飛び込んでくる。毎朝見慣れた光景、俺の部屋の天井だ。
「なんだ、あの夢……」
その問いに対する返答は当然のことながらなく、部屋に虚しく転がって消えた。
慧斗は決してきれいとは言い難い部屋を見回す。部屋には本が本棚から溢れて床に散らばり、机の上には教科書がうず高く積まれている。そして椅子にはYシャツと学生服が、今にも落ちそうになりながら掛かっていた。
「あれ?」
雪崩を起こしている本を見て、不意に中学生の頃のある思い出が浮かび上がってきた。あれは確か中学二年生の夏休み。
その夏、俺は図書館に入り浸っていた。そこで仲良くなったバイトの若い女の人がいた。毎日セミの鳴き声が降りしきる中、俺はその人にいろいろな本を教えてもらった。森鴎外の『高瀬舟』、泉鏡花の『外科室』、オルコットルイーザ・メイの『若草物語』。
そして、いつも口ぐせのように言っていた言葉。
「ここは私にとって、宇宙なのだ」
と。
宇宙は図書館。
星は本。
つまり、アカリさんは、俺の初恋の人。
閉め切った窓の外からはミンミンと、セミの鳴き声が聞こえる。これがあの夢を見た原因だろうか。
「アカリさん、今どうしているんだろう…」
俺はベッドに寝ころがりながらつぶやく。今はアカリさんに連絡はつかない。なぜなら夏休みが終わってから、とんと姿が見えなくなってしまったからだ。
アカリさんに会ったら聞きたいことがたくさんある。なぜ急にいなくなってしまったのか。今はどうしているのか。そして星を創ったのか。つまり本を書いたのか。
考えれば考えるほど、彼女に対する不思議な感情が湧き上がってくる。けれどもそれは、決して不快ではなく、むしろ心地よい感情であった。
「そうだ。図書館ならアカリさんの本探せるじゃん!」
ついでにアカリさんの知り合いがいれば、アカリさんがいなくなった理由も聞けるし、運が良ければ連絡先だって聞けるかもしれない。まさに一石二鳥。
俺は手早く服を着替え、昼食に近い朝食をとると、真夏の炎天下の中、自転車を図書館へと走らせた。
軽く息を荒くしながら図書館の入り口をくぐる。すると懐かしい図書館独特の匂いが鼻をつく。本屋さんとも古本屋さんとも違うこの香りは、なぜか俺を落ち着かせた。
そんな香りを胸いっぱいにすいこんでから、近くの検索用のパソコンへ向かう。まだ朝早いためか俺の他に人影はほとんど見えず、遠くに司書の人が本をもって歩いているだけだった。そんな見慣れていた光景を尻目にして、検索画面にアカリさんの名前を入力する。いや、入力しようとした。
そして気づく。
俺はアカリさんの名字を知らない。さらに漢字だって知らない。
「なにやってんだよ、俺…。」
口に出してつぶやくと俺はさらに打ちのめされた。
とりあえず、カタカナで『アカリ』と検索する。ヒットは五十四件。そんな簡単にいくわけないと落胆しひとつひとつ丁寧に見ていく。その中に新刊の児童文学があった。
作者は…
「慧斗くん?」
不意に無性に懐かしい声がした。昔、毎日聞いていた声。俺にいろいろな物語を教えてくれた声。語ってくれた声。
おもむろに振り返ると花のようにキレイに微笑んだ彼女がいた。
作者は柿本星。彼女は………
「星さん!」
俺の声が静かな図書館に響き渡った。
彗星が地球に接近するのは一瞬。だがいつか必ず、再び地球に近づく時があるのだ。
ぎこちない文章ですがご一読ありがとうございました。
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