幼馴染のさきにあるものは
「やっぱりさ、距離感って大事じゃない?」
「え? どうしたのさ、突然」
この幼馴染の唐突な言動は日常茶飯事とすら言えるものだったが、今回はまた一段と凄い話の方向転換だ。
何せ、たった今までカレーライスとハヤシライスの違いについて熱い議論を交わしていたのだ。ハヤシライスは香辛料を使わないんだよ、というぼくの理論的な主張に対し、辛ければカレーで甘ければハヤシライスだ、という味覚的な根拠――とすら言えないような子どもじみた駄々を彼女はこね回していたのである。
そこからどうやって距離感などという話に結び付くのだろうか。あれか、カレーとハヤシライスって似てるから距離もなんとなく近そうだよね、とか、そういう発想なのか。うん、意味不明だ。
「だからさー、距離感よ、距離感」
ぼくの内心なんて気にもかけず、話を続ける彼女。座布団に腰を下ろしながら無意味に胸を張っている。
しかし、同じ言葉を繰り返されても何の話かわかるはずもない。とは言え、彼女の話が要領を得ないのも今に始まったことではないので、ぼくはいつも通りに『解読』を試みる。
「距離感って言うと、人との付き合い方とか、そういう話?」
「そうそう、それそれ!」
偉そうにふんぞり返っていた身体が急に前のめりになって、対面の座布団に座るぼくに急接近してきた。反射的に、シーソーのようにぼくの体は仰け反ってしまう。
適当に思い付いたことを言ってみたのだが、珍しく一発で言い当てることができたらしい。が、なぜ彼女がその思考に至ったのかは依然として謎のままだ。
まあ、発想の起源なんて別にどうでもいいか。気にしてたら日が暮れちゃうし。いや、もうとっくに日は暮れてるけどさ。
「なんでそう思ったかってゆうとねー」
お、珍しくも彼女の方から起源を話してくれるらしいね。これは静聴せねば。
彼女は座布団に座り直し、また無意味に人差し指を立てながら、さも世紀の大発見をしたかのように宣う。
「昨日さー、雨降ったでしょ」
ああ、降ったね。しかも、天気予報では降水確率十パーセントってなってたから、ほとんどの人が傘持ってなくて、学校内で立ち往生してたね。結局、夕方になっても降り止まなかったから、濡れて帰った人が多いだろうけど。ちなみにぼくもその内の一人だったりする。今のところ風邪の症状は出ていないので、不幸中の幸いと言っていいのだろう。
「でさ、当然私も傘持ってないでしょ?」
いや、訊かれても。へえ、そうだったんだ、としか言えないし。その無意味に語尾を上げる癖は直した方がいいと、ぼくは思う。
ただ、朝、学校へ行くときに手に持っていなかったのは目撃していたが。彼女とぼくは通っている高校は違うが、朝は同じ時間に家を出て、同じ電車に乗り、違う駅に降りるのが日課と化している。
「そんなときに救世主様が現れたの!」
「はあ?」
しまった。静聴するつもりが、思わず声を出してしまった。
だって、仕方がないだろう。なぜ傘を持っていないという話から『救世主様』などという言葉が生まれ出ずるのか、ぼくには理解不能だったのだ。彼女の発想が理解不能なんていつものことだけど。
「王子様って言い変えてもいいわ!」
興奮して捲し立てる彼女。
いや、あまり変わってないと思うよ? どっちにしろ意味不明だし。
でもまあ、状況から推察するに、
「傘を貸してくれた人がいたってことだね?」
これしかないだろう。と、半ば以上確信していたのだが、どうやら少しだけ違ったらしい。
彼女はぼくの顔前で「ちっちっち」と言いながら指を振り、こう訂正を加えた。
「貸してくれたんじゃなくて、入れてくれたの」
入れてくれた。
傘に。
つまり、所謂、相合傘。
彼女はその相手を王子様とも言っていた。
つまり、相合傘をしたのは、男。
「ふうん? それで?」
まだ、『距離感』という言葉の起源までは分からない。
それを知りたいがために今は彼女の話を聞いてるんだ。
だから、それを知るためにぼくは話を促した。
「その相手はねー、なんと! 今をときめくス~パ~スタ~、サッカー部のエースの人だよ! 超絶イケメンなんだよ! 女子のあこがれの的な存在ですよ!?」
別に相手が誰かなんて訊いてない。そいつがイケメンでモテモテだなんてどうでもいい情報だ。
だから、その言葉にツッコむ気にもなれない。
ただひたすらに話の続きを促したい気分だった。
「それで?」
「んん? なんか怒ってる?」
「そう? たぶんいつも通りだと思うけど」
「そう? まあいいけどね」
彼女は自分の前髪を指でいじりながら、話を再開する。
「それでねー、今日のことなんだけどねー」
「いや、待って」
「ん、何?」
なんでいきなり今日に飛ぶの!? その男とはその後どうなったのさ!
「…………いや、なんでもない。続けて」
まあ、別に、わざわざそんなことを聞く必要もないだろう。知ったところでどうなるわけでもないしね。
「ふうん?」
また彼女は前髪を弄びながら、続けた。
「でねー、今日学校に行ったでしょ?」
だから、訊かれても。無意味に語尾を上げないで。平日なんだから学校に行くのは当たり前だし。
「で、靴箱開けるでしょ。そしたら、ななな、なんと! そこには!」
そんな無意味なタメは要らない。さっさと話してほしい。
「ラブレターが入っていたのでしたー!」
…………。
そりゃまた、古風なことで。
「それで、誰からの?」
淡々としたぼくの応答に、彼女はぷくっ、と頬を膨らませる。
「も~、反応薄いなあ。そこは『♯×▼@*=$%&!?』とか狂った反応すべきだよ」
いや、そんな人外言語、ぼくには扱えないよ。というか、本当にどうやって発音したの? 聞き取ることすらできなかったんだけど……。
そんな訊いても無意味そうな疑問はさて置き、彼女の話を促すことにする。
「誰から、って言うか、話の流れからすると……」
「そう! 昨日傘に入れてもらったサッカー部のエースの人だったの!」
満面の笑みで頷く彼女。どうしてそんなに嬉しそうなんだろう。
「……そりゃ他の女子に妬まれそうな話だね。気を付けた方がいいんじゃない?」
どこかずれたことを言うぼく。本当に何を言ってるんだろう?
「んー? 大丈夫じゃないかなあ? ラブレター受け取ったことは誰にもバレてないしね」
気楽に言うが、実際に付き合ったとしたら周囲に露見するのは時間の問題で……。
……………………。
付き、合うのだろうか?
「…………」
「…………」
なぜか、沈黙がその場に横たわった。
口を動かさなければ死んでしまうかのように喋り続ける彼女が黙っているのは、非常に希少価値が高い。
しかも、前髪をいじくりまわしながら、心なしか深刻そうな表情までしている。
はっきり言って、あり得ない。常時子どものように表情をころころと変える彼女が、そんな顔をするなんて、空から槍と札束とギャルのパンティーが同時に降ってくるくらいにあり得ない。
変なものでも大量に食べたのだろうか。それとも何か心境の変化でも……。
心境の変化? うん、それでしょ。考えるまでもないじゃん?
心の中で無意味に語尾を上げるぼく。
ラブレターを受け取ったということは、つまり、そういうことなんだろう。
「あー、なるほど……」
なるほどなるほど。ようやく話の全貌が見えてきた。発想の起源は不明のままだけど、言いたいこと自体は分かった。
つまり――
「つまり、幼馴染であるぼくと距離を置きたいって、そういう話?」
それしか、ないだろう。
彼女の心境の変化が起き得る原因なんて。より正確には、彼女がぼくに対して今までにない反応を返すことになった原因は。
きっと、彼氏ができたからだ。
幼馴染であるぼくが邪魔……とまではいかないだろう(そうであってほしい)が、今までのように、たった今までしていたように、どうでもいい話題に話を咲かせるようなことはもうないのかもしれない。
幼馴染。恋人でもない、家族でもない、姉弟でもない、親友でもない、友達でもない、幼馴染としか言えない関係。
まどろみの中にいるような、曖昧で居心地の良い空間。
朝、一緒に家を出て。学校は違うけど、途中まで同じ電車に乗って。帰ってきたら、その日の出来事とか教師への愚痴なんかをぼくの部屋でゲームしながら語り合って。夕食は同じ食卓について食べ、また雑談する。
それも、今日までということなのだろうか。明日からは一人の友達として、普通に遊び、普通に話し、恋愛相談し、それぞれ別の恋人と過ごすのだろうか。
いや。
そんなこと、わかりきっていたはず。人間関係が絶対不変だと信じるほど、残念なことにぼくは子どもではなかった。
それでも幼馴染でいたいと思ったのは、他ならぬぼくだ。
ずっと一緒にいるには、それが一番都合がいいと思ったのは、ぼくだ。
――彼女の意志を確かめもせずに。勝手に彼女も同じなんだと思い込んで。
「んっふっふー」
と、ぼくを思考の海から引き揚げるように、唐突に彼女のくぐもった笑い声が耳に届いた。
いつの間にか俯いていたぼくは、顔を上げて彼女の顔を見詰める。
……というか、なに、その気持ち悪い笑い方。
口元だけ歪めるという奇妙な表情を彼女はしていたが、不気味というより滑稽だという印象を与えられるのは、彼女の性格によるものだろうか。
「なに、どうしたの?」
「いやー、嫉妬に満ちた男の表情はおもしろいなー、と」
――…………。
「たぶん無表情だったと思うんだけど?」
「うん、無表情だったね。だからだよ」
彼女が何が言いたいのか、よくわからない。
「それがわかるのは私くらいだろうけど。幼馴染特権ってやつ?」
訊かれても、そんなの知らないし。
「ま、それはともかく」
と、彼女が唐突にスカートのポケットの中に手を差し入れ、何か紙片のようなものを取り出した。適当に突っ込んでいたのか、ぐしゃぐしゃになっている。なにかにつけて大雑把な彼女らしい、ぞんざいな扱いである。
「なにそれ?」
反射的にぼくがそう訊くと、端的に、なんでもないことのように彼女は答える。
「ラブレター」
あれ、らぶれたあってなんだっけ? と脳が一瞬だけ混乱をきたす。どうやら、目の前に差し出された『紙くず』が恋文だという認識を、脳みその中枢辺りが拒否したらしい。
それも致し方がないことだろう。どこの世に、自分に宛てられた大事な手紙をそんなにぞんざいに扱う者がいるだろうか。ましてや、その中身には、自分に対する想いが詰まっているはずなのだ。
「……一応訊くけど、誰から誰に宛てたラブレターなの、それ?」
「もちろんあたし宛てに、…………ええっと……」
と、顎に手を当て、眉を寄せてなにやら考え始める彼女。
あれ? なんで悩むの? そんなに言い難いことなの? さっきから話題に上がってる、サッカー部の人じゃないの? 不思議に思うぼくを余所に、彼女は考え続ける。
やがて結論が出たのか、ぽん、と握り拳で手の平を叩き、こう言った。
「エースの人から」
考えて出した結論がそれ!? 名前くらい覚えててあげなよ! と思わずその『エースの人』に同情してしまった。
「で、読んで」
「はい? ……このラブレターを?」
こくり、と笑顔で頷く彼女。
全く以て、彼女は唐突だ。なぜ人のラブレターを読まなければならないのだろう。というか、人に見せるようなものなのか、ラブレターって。女子高生の間ではそういう回し読みが流行っているのだろうか。だとしたら、そうと知らずに出す男が憐れ過ぎるが。
「いーから、読んで」
こんなもの、ぼくが読む気になれるはずがない。
しかし、強引な彼女は、強制的に手紙をぼくの手に握らせた。そして目で、絶対に読めよ、と思念を飛ばしてきた。
こうなっては彼女は一歩も引かない。ぼくはしかたなく、丸まったそれを丁寧に伸ばしながら、破らないように慎重に開く。
「几帳面だねえ」
大雑把よりは遥かにいいとぼくは思うのだが、どうだろうか。それに人の手紙を破いちゃダメだろう。内容が何であれ。
ともかく、なぜか面白そうな表情をしている彼女に見守られながら、ぼくは手紙を読み始めた。
そこには、綺麗とは言い難いが丁寧に心を込めて書いたであろうことが窺える字で、こう書いてあった。
『突然のお手紙、ごめんなさい。
あまりこういうことを書く事には慣れていないので、単刀直入に書きます。
僕は、あなたのことがずっと好きでした。でもサッカーに集中したかったので、その気持ちを抑えていたのです。でも、昨日一緒に帰ったとき、あんなことがあって・・・それで、その気持ちが一層強くなってしまい、もう抑えきれそうにないと思ったんです。だから、こうしてあなたに気持ちを伝えることにしました。
僕と付き合ってください。
もしお返事をもらえるなら、今日午後六時に校舎裏で待っててください。
P.S.よければ、練習も見に来てください。』
技巧もへったくれもないような短く下手くそな文章だったが、だからこそ、本気なんだろうな、ということが読み手に伝わってくる。下手に言葉を並べ立てるよりはよっぽど効果的だろう。
そんな文面を見る限り、『エースの人』は誠実そうな人柄のように思える。
イケメンで、運動ができ、性格も良さそう。うん、何の文句も付けられないね。
良かったじゃないか、いい人を見つけられて、と彼女に言おうとしたそのとき、
…………あれ?
ふと、手紙の内容に奇妙なことを発見した。してしまった。
「……六時に、校舎裏で?」
何度も見直すが、その手紙に書かれているその言葉に間違いはない。
次いで、壁の掛け時計を見る。八時過ぎだ。既に夕食であるハヤシライスを食べ終えているので、妥当な時間だろう。
そして、六時ごろに自分は何をしていたかを考える。
確か、この部屋……つまりはぼくの自室で、ゲームをしていたはずだ。
――――目の前にいる彼女と共に。
「……ねえ?」
「んー? なにかな?」
悪戯が成功したクソガキみたいな笑顔で、彼女は問い返してくる。
「や、何かな、じゃなくて」
えーと、つまり、
「すっぽかしたの?」
訊ねると、
「うん」
あっけらかんとして彼女は頷いた。
いやいやいや。待とうよ。うん、待って。ちょっと色々と処理しきれないから、待って。
心中で無意味な言葉を無意味に並べ立て、無意味に何かを制止しようとしてしまうほど、ぼくの頭は混乱しているらしい。
……とりあえず、状況整理しよう。
まず、昨日、彼女はエースの人の傘に入れてもらった。
そして今日、その人からラブレターを貰った。
しかし、彼女はそれをあろうことかぐしゃぐしゃに丸めてポケットに放り込み、約束までもすっぽかした。
…………ってことは?
「え、なに。そのエースの人をフったってこと?」
「いえす」
満足気に微笑んで、彼女は肯定する。
うん、まあ、なんていうか……色々とツッコみたいことはあるけど、とりあえず。
「どうして?」
「フった理由? だって、別に好きじゃないし」
平然と言ってのける彼女。何を当たり前なことを、と言いたげな目でこちらを見てくる。
そりゃそうだ。好きじゃないから付き合わない。至極当たり前だ。でもぼくが聞きたいのはそこではなく。
「イケメンで、スポーツ万能……かどうかは知らないけど、少なくともサッカーではエースと呼ばれるほど上手くて、手紙から判断する限りじゃ性格も悪くないように思える。女の子にもモテてるくらいだし。……フる要素がぼくには見当たらないんだけど」
それとも、実際に話してみたら、ものすごく嫌な奴だったりするのだろうか。
「でも、付き合う要素もないでしょ?」
「……そう?」
イケメンだとかスポーツマンだとか、いくらでも付き合う要素はある気がする。
「ってゆうかね、昨日傘に入れてもらったときだけどさー?」
え、ここでその話に戻るんだ? 本当に自由な人だね。
「距離感がね、おかしかったの」
あ、ここで距離感の話も出てくるんだ。本当に順番が意味分かんないよ。
しかし、彼女の説明が支離滅裂なのは今に始まったことではないし、それをぼくが上手く軌道修正してやるのが、いつものパターンのはずだった。今日に限ってそれをせずに彼女が話すままにさせたのは、まあ、ぼくが色々と余裕がなかったからだろう。余裕がなくなった理由は……なんでだろうね。
「たとえば、誰か見知らぬ人……はそもそも入れないか。ええっと、ちょっとだけ親しい、かつ可愛い女の子を傘に入れてあげるとき、どうする? どんな風に傘を持つ?」
「どんな風にって……」
いまいち何を聞きたいのかが分からないけど、とりあえずその場面を想像してみる。
水滴を大地に叩きつける黒雲を、玄関で見上げている可愛い女の子。特に親しいと言えるほどではないが、世間話程度はする仲の子だ。どうやら、その子は傘を持っていないらしい。
そしてぼくが手に持つは、一本の大きめの傘。これはもう、神のお告げだろう。幸い、その子とぼくは家が近いし。
お告げに従い、その子に声をかける。傘に入れてあげようかと言うと、最初は遠慮されたが、じゃあ貸してあげる、と申し出ると、それは悪いと言われる。押し問答の末、結局は一緒に帰ることを申し訳なさそうにしながらも承諾してくれた。その眉を下げた表情が、また可愛いんだよね。
そして傘を差し、歩き始めるぼくたち。しかし、その傘は大きめとはいえ、二人が入るには些か小さいので、できるだけその子が濡れないようにそっちの方へと傾ける。ぼくの肩が少し濡れてしまうけど、女の子が濡れるよりはましだろう。限界まで肩を寄せ合えばぎりぎり濡れないかもしれないが、そんなに身体をくっつけ合えるほど、まだ親しくはない。
そんなことを考えていると、ぼくの肩が雨に濡れていることに気付いた女の子が、もっと近づいていいよ、と言ってきた。今度はぼくが遠慮する番だったが、女の子の方からぼくに身を寄せてくる。
肩が触れ合う感触。
そして、思わず顔を見合わせ、なんとなく見つめ合い。どちらからともなく顔を近づけ――――
ごすっ
「ひゃげっ!?」
口から変な声が飛び出した。そりゃあ、考え事に集中しているところにいきなり脳天に衝撃が走れば、誰でも奇声を上げるだろう。……上げるよね?
頭頂部を押さえながら顔を元の位置に戻すと、そこにはなぜかそっぽを向いている彼女の姿があった。
「なんで殴るのさ」
「や、なんかムカついたから」
ホントに自由だね。そんなわけの分かんない理由で殴られたくはないんだけど。
「ってゆうか顔、にやけてたんだけどー。変な想像してなかったかなー、と」
…………。
確かに、余計なことまで妄想していた感は否めない。そして、なにかで読んだシチュエーションそっくりな想像をしていたことも内緒だ。
でも、一言だけ言わせてもらうと――ギャルゲーは日本の文化だよね、うん。
「それに、また見慣れないパッケージが増えてるよね」
と、ゲームソフト(コンシューマー機用、PC用問わず)が並べられている棚を指して彼女が言う。どうしてそう、彼女は鋭いのだろう。女の勘というやつなのか、幼馴染の年季からか。
でも、一言だけ言わせてもらうと――趣味は人それぞれだよね、うん。
「で?」
ぶすっ、とした顔で彼女が一音だけ発する。ぼくの答えを促しているのだ。
……で、何の話だっけ? ああ、そうそう。どんな風に傘を差すのか、だった。確か、ぼくの想像(妄想)によると、
「女の子が濡れないように、そっち側に傾ける?」
「ん」
まだ機嫌が直らないのか、非常に素っ気ない返事だ。
「じゃあさ、あまり親しくない女の子じゃなくて、あたしが相手だったらどうするの?」
「二人とも濡れないように、できるだけくっつく」
って、あれ? 想像すらすることなく即答しちゃった。でも、それは真実だ。というか、今までにも何度かそういうことがあったしね。
だって、彼女、ぼくだけが濡れてると不公平だとか、わけのわからないこと言って怒るからねえ。
ぼくの答えは満足のいくものだったのか、彼女はご機嫌を取り戻したようだ。
「だよねー。うん、それがあたしたちの距離なんだよ。距離ってゆうか、領域とか境界線とかゆってもいいかも?」
……ようやく、彼女の言わんとしていることの輪郭が見えてきた。
「じゃあ、エースの人との距離は?」
より明瞭に見るために質問すると、彼女は眉を顰める。
「エース君はねー、それはそれは男らしかったよ」
嫌そうな表情と矛盾したことを彼女は言った。
どうでもいいけど、『エース君』って。その人の本名みたいに言わないであげなよ。手紙には本名が書かれてあったんだし。まあ、ぼくももう覚えてないから人のことは言えないけど。
「具体的にどう男らしかったの?」
「あたしが学校の玄関先で雨降ってる空見上げてたらねー? 声かけて来てさー」
うん。
「それが、まあ、エース君だったわけだけど? あ、ちなみに、エース君とは去年クラスメイトで、まあ、普通に世間話する程度の仲だったんだけど」
うん。
「一緒に傘入らないか、って。あたしが断ったら、じゃあ貸す、って言われて」
うん?
「でまあ、それは悪いから、とか色々ともめてる内に、結局傘に入れてもらって一緒に帰ることになってさー」
…………。
「でも、傘そんなに大きくなかったから、自分の肩が濡れるにも関わらず、あたしを濡らさないように必死になってたのよね、エース君。そこがまあ、男らしいっちゃあ男らしいところ」
エース君。キミ、どこぞのギャルゲーから抜け出してきたの? まさにぼくの妄想通りのシチュエーションと行動じゃないか。まさか、リアルギャルゲー主人公が実在していたなんて。
あれ? ってことは、この後……。
「で、あたしが、もっと傘をエース君側に寄せるか、あたしに近付いてもいいよって言ったの。まあ、不自然なくらいに近づくのを遠慮してたからねー?」
この後、女の子の方から近づいて……。
「それでもエース君、遠慮したから、あたしの方から近づいてって」
肩が触れ合って、そして見詰め合って……。
「で、まあ、肩が触れ合って……なんとなく顔を見合わせて」
そして…………。
「そしたら、思わず殴ってたの。エース君を」
そう、殴られ――――って、ええええぇぇぇ!?
まさか、ギャルゲー内の展開ではなく、現実のぼくと同じく殴られるとは思わなかったよ! なんというフェイント! 同情を超えて共感しちゃうよエース君! ……じゃなくて!
「なんで殴ったの!?」
いくら突拍子の無い言動が信条の彼女でも、無意味に人を殴ったりするようなことはしない。そんな人がいたら、それは単なる犯罪者だろう。
問い詰めると、彼女は前髪をいじりながら言い訳するように呟く。
「だってさ、あんた相手にするのと同じ感覚で近づいたらさー? なんか……違ったのよ。距離感が?」
訊かれても。
「その違和感を感じた瞬間、なんか嫌な気分になって。それで気づいたら手が出ちゃって、わけわかんなくなって、謝りながら逃げちゃった」
逃げちゃった、じゃないよ……。
でも言われてみれば、昨日は彼女の様子がほんの少し変だったかもしれない。彼女はいつも変だからわかりにくいけど。
っていうか、エース君。理不尽にも殴られたのに、その次の日に告白するとか、キミ、勇者か何かですか? ……いや、待てよ。確か手紙には、『昨日一緒に帰ったとき、あんなことがあって……それで、その気持ちが一層強くなって』とか書いてあったね。あんなこと、ってのはたぶん、殴られたことで。それで彼女を想う気持ちが強くなって。とすると、つまり、彼は…………。
一言だけ言わせてもらうと――趣味は人それぞれだよね、うん!
これ以上掘り下げたら色々とまずいことになる気がするので、エース君自身の話は置いておこう。
「要するに、エース君相手とぼく相手とでは、適正な距離が違っていることに気がついた、と」
「ってことかなあ?」
ってことだと思うよ。というか、相手によって居心地の良い距離が違うのは当たり前じゃないの?
これは何も、物理的な距離だけを言うんじゃない。精神的、人間関係的なことでもそうだ。
他人の領域にどこまで踏み込むか、踏み込ませるか。自分と他人の共有している領域の、どこに境界線を引くか。どこまでの侵入や線引きを許すのか。
誰もが半ば無意識に行っていることだ。
彼女は、それを今まで知らなかったんだろう。もしくは、今まで気にしなかったか。
本当に、子どもみたいな人だ。
そんなぼくの思考を余所に、彼女は首を傾げながら話を続ける。
「うーん、まあ、とにかくね。あたしは、あんたとの距離が一番いいの。気に入ってるの」
…………。この言葉、どう解釈すべきなんだろう。
「だから、距離感は大事って話。以上!」
首をひねるぼくに、彼女は話はお終いとばかりに手の平を打ち合わせた。
え、あれ、ここで結論出しちゃうんだ? 話は終わり? 色々中途半端だし、疑問も多々残ってるんだけど……。
「ちょっと、訊いてもいい?」
「ん? 何だね、少年?」
なんでそんなに偉そうなの、って訊きたくなったけど、きりがなくなるのでやめておいた。
「えーと、まず、本当にエース君との約束すっぽかしたの?」
だとしたら、それはちょっと失礼だろうと思い、言及してみる。
下手したらエース君、今もまだ校舎裏で待ってるんじゃないの?
「え? だって、『返事をしてもらえるなら』ってことは、別に返事しなくてもいいってことじゃないの?」
いやいや、違うでしょ! 普通、断るにしても返事するって! 完全にシカトとか、人間としてどうかと思うよ!?
「――ってのは、冗談で」
えー……。
「なに、その目? あたしがそんなにヒドいことする奴だと思ってたの?」
「いや別に」
うん、嘘です。正直、あり得るかもしれないと思ったよ。だって、彼女がどこかズレているのは、十何年も付き合っているぼくにはよくわかってるし。子どもっぽいし。たぶん、それが酷いことだという認識すらなく、素でそんな態度を取ったんじゃないか、って思えたんだよ。まあ、口に出しては言わないけど。
「まあいいケド。でね、放課後まで待つの嫌だったから、手紙見てすぐにエース君の教室に行ったの」
……嫌な予感がするんだけど。
戦慄するぼくに気付かず、彼女は話を続ける。
「で、彼の前でちゃんと断ったよ。付き合えません、って」
嫌な予感的中! 十分酷いことしてるよ、キミ!?
思い立ったら即行動。悪いことではないが、時と場合を選ぶべきではないだろうか。
クラスメイト達のいる前でフられるとか、エース君、憐れすぎるよ……。ぼくの中ではエース君が可哀想なキャラクターに確定されてしまった。
まあ、エース君はどうでもいいとして、それよりも、ラブレターを受け取ったことは誰にもバレてない、って言ってなかった? 確かにラブレターはバレなかったかもしれないね。けど、それが問題にならないくらいのレベルで他の女子に恨まれそうなんだけど、本当に大丈夫?
「だいたいさー、呼び出し時間が六時とか、おかしくない?」
ぼくが心中で割と本気で心配していると、いつの間にか彼女の愚痴大会が開催されてしまっていた。
「普通、昼休みとか放課後になった直後とかでしょ? それをわざわざ部活が終わる時間に指定するとか、『P.S.よければ練習見にきて』とか書いてあったけど、絶対に見に来いよ、ってことだよね、時間的に。もし返事を迷っているようなら、それでカッコイイところを見せて、OK貰おうって寸法? バレバレだっちゅーの。確かに昨日は男らしいってほんのちょっとだけ思ったけど、そんな小細工するとか、失望っすよ、失望。女の鋭さなめんじゃねーっちゅーの。ちょっと女子にモテるからって調子に乗んなっちゅーの」
やさぐれてるねえ……。初めにエース君を紹介したときと言っていることと態度が正反対である。おそらくはこっちが本音なんだろう。
にしても、彼女の言が真実かどうかは知らないけど、随分とぼろくそに言われちゃってるよ、エース君……。主人公は主人公でも、不幸体質の主人公だったんだね。もはやキミはぼくの中で、憐れなキャラナンバーワンだよ、ダントツ首位独走中だよ。
「まあ、うん。エース君のことはもういいや……」
「うん。あたしもそいつのことなんて、もうどうでもいいわ」
それ以上彼を虐めないでやって、という念を送って言ったのだが、さらに酷いことを言われるエース君。憐れなんて言葉ではもはや表しきれない憐れさだ。
まあどうでもいいか。会ったことのない人のことを考えるなんて、それこそ無意味なことだ。
――本題に入ろう。
「じゃあ、どうして、わざわざ誤解させるように言ったの?」
「ん? なんのこと?」
「男と相合傘したこと。ラブレターを受け取ったこと。そしてそれらを嬉しそうに語ったこと。……ぼくにナニカを誤解させようとしたとしか思えないんだけど?」
意味ある語尾の上げ方をするぼくに、彼女は楽しげに答える。
「どんな反応するのかなー、って思って」
「……どうして、どんな反応するのかが気になったの?」
「どんな反応をするのか気になったからだよ」
答えになっていないが、それが彼女の答え――真実なのだろう。
何も考えていないかと思えば、ぼくを騙すような『駆け引き』じみたこともする。そして、その駆け引きの理由が、なんとなく、という感情論一点のみ。
コドモなのか、オトナなのか、オンナなのか。
本当に、彼女は、よくわからない。
そして彼女がよくわからない人だということを、ぼくはよくわかっているのだ。
「ううん」
また唐突に、彼女が首を振った。
「やっぱり、あるかも」
「……何が?」
思考に気を取られていたぼくは話が見えず、訊き返した。
「反応が気になった理由」
「…………」
「言わないつもりだったけど、うん、決めた」
そう言う彼女の顔は、ごく真剣なものだった。
ぼくも茶化したりせず、真剣に聞き入る。
常にない、緊迫した空気がその場に訪れる。それはさっきのエース君の話のときのような、彼女の演技が作り出したものではない。
正真正銘、重大な話が始まろうとしていた。
「たぶん、気にしてほしかったんだよ」
主語や目的語が抜けているが、これはきっと、『あたしのことをぼくに気にしてほしい』ということだ。ぼくはそう判断した。
……それは、なぜ?
「もっと言えば、嫉妬してほしかったってゆうか?」
…………どうして?
「あたしたちってさ、カレーとハヤシライスみたいなものなんだと思うの」
「はい?」
また、突飛なことを言う。話が変わったのか、そうでないのか、判断できずに咄嗟に訊き返してしまった。
「あたしがハヤシライスで」
「ぼくがカレーライス?」
言葉を継ぐと、彼女は嬉しそうに頷いた。いや、説明してよ。
「ハヤシライスってさー、甘いじゃん?」
いや、その基準は違うと何度言えば。カレーも甘いのあるし。
よっぽど言いたくなったが、今、水を差すのはまずいと思い、黙って聞く。
「甘々だからさ、なんか……色々と甘いのよ。言うこととか、することとか、考え方とか、人との距離感の測り方とか、そういうの」
……なんとなく、言わんとしていることはわかる。
つまりは、自分が子どもっぽい思考や行動を取っているということを、彼女は自覚しているんだ。
そしてその上で、ぼくに何かを伝えようとしている。おそらくは、子どもであることを卒業するために。
「でも、カレーは辛くてさ……。色んなこと知ってて、色々考えてるし、それこそ結構辛口なこと言うときがあるし、なにかにつけて無意味とか言うし、変なゲーム好きだし」
いや、うん。それは正直すまんかった。っていうか、今関係ないでしょ、最後の二つ。
「で、まあ、きっと、ハヤシライスよりはずっと大人な意見や考えを持ってるんだよね」
そうだね。全体的に見て、ハヤシライスよりカレーの方がきっと辛いんだろう。
でも。でもね?
人との関係性についての考え方においては、ぼくもきっと、甘口カレーなんだと思うよ。
それを、さっきのキミの『駆け引き』で思い知らされた。
大成功だったんだよ? キミの『駆け引き』は。まさにキミの言う通り、ぼくはエース君に嫉妬してた。キミとの関係性について、色々と考えさせられた。
ぼくのその反応は、キミの満足のいくものだったかい?
彼女の話は続く。
「カレーとハヤシライスは似てて、距離はかなり近いんだけど、でもやっぱり別モノで」
それにしても、どちらかというと直截的な物言いをする彼女にしては、先程からえらく抽象的な表現だ。
もしかしたら、カレーに近づこうとしているのかもしれない。必死に辛口になろうとしているのかもしれない。
「それじゃあダメかなー、とか思って。ダメっていうか、あたしが納得いかないだけなんだけど」
つまりは、彼女の我儘ということか。
でも、それはきっと我儘なんかじゃない。誰もが当たり前に持ってるモノではないだろうか。
「ダメだけど、でも、ハヤシライスに唐辛子入れても結局カレーにはなんないだろうし。じゃあどうしたらいいだろうなー、ってさっきから考えてて。なら、いっそのこと、その二つを混ぜちゃえばいいんじゃね? とか思ってさ?」
いや、混ぜちゃダメでしょ。おいしいの、それ?
ツッコみたかったが、耐える。ここは、静聴するところだ。
「えーと、だから、さ。混ぜちゃおうかな、って」
うん? ハヤシライスとカレーを混ぜる? ハヤシライスが彼女で、カレーがぼくで、それを混ぜる。……これはどういう比喩?
「まだわかんないかなー?」
少し困ったような表情で彼女が訊いてくる。心なしか頬も赤く染まっているような気がする。何か恥ずかしがるようなことなのだろうか。
しかし、なんのことか、ぼくにはさっぱりわからない。
やがて耐えかねたらしい彼女が、やけ気味に言う。
「だからさぁ!」
「うん」
「結婚しない?」
「…………」
あれ? 今、なんか、宇宙語が聞こえた気がするよ? おかしいなあ、ラブレター見せられたときといい、ぼくの脳は言語障害にでも陥ってるのかもしれないなあ。
「聞こえなかったみたいだからもう一回言おうか?」
「お願いしま――」
「あたしと結婚して」
ぼくの言葉を遮る勢いでの即答だった。それも、他のどんな意味にも捉えられないような明言っぷりだ。むしろ、迷言と言ってもいい。あるいは名言? 確かに、ぼくの人生歴には一生残る一言には違いない。
……ふざけるのもこのくらいにしておこう。
つまり、カレー(であるぼく)とハヤシライス(である彼女)が混ざるというのは、そういうことだったということで。
「まあ、もちろん、今すぐにってわけじゃないケド?」
「……じゃあどうして、突然そんなことを? 一応確認しておくけど、ぼくたち、そもそも付き合ってすらないよね?」
彼女の中ではいつの間にか幼馴染という一線を越えていたのだろうか。さすがにそんな妄想癖を持ってはいないだろう。……持ってないよね?
表面上は冷静に訊ねるぼくに、彼女は前髪を弄びながらも、落ち着いて返してくる。頬が赤く染まったままなのはご愛嬌だ。
「うん、知ってる。それにいまさら恋人になろうって言われても、たぶん、絶対困るし。想像もつかないでしょ?」
まあ……そうだね。たとえ心の底ではそういう願望があったとしても、その光景を想像する事なんて、全くできない。できなかった。
「でも、夫婦になった光景なら想像できなくない?」
また一段と飛躍した思考ですね。
指に前髪を巻きつけながら、彼女は捲し立てるように早口で言う。
「ほら、朝、一緒に家出てさ。会社は違うけど、同じ電車に乗って。帰ってきたら、その日のこととか上司への愚痴とか喋くりながらゲームでもして。一緒にご飯食べて。また、喋って。そんな風に過ごすの。どう?」
…………あれ?
おお、すごい。確かに、想像が容易すぎる。というか、最近のぼくらの状況と全く同じじゃないかな?
――でも、なんだか、すごいことに気がついちゃったかもしれない。ああ、うん、なるほど。これが真理か。
幼馴染の延長上にあるのは、恋人ではなく、夫婦なんだ。
「ぷっ、あっはは……!」
思わず、笑いが込み上げてきた。
「ええ? なに笑ってるのよ?」
「いや、ね。自分の思考の馬鹿さ加減がおかしくなってさ」
話を聞いていて、まあ、なんというか、馬鹿らしかった。
どうやら、都合のいい関係を求めていたのは、彼女も同様らしいのだ。
恋人というある種刺激のある関係ではなく、この日常がずっと続けばいいと願うような、そんな関係をお互いに欲していた。
それを、彼女の言葉に色々と振りまわされて。彼女も、きっとぼくの態度に振りまわされて。
結局行き着くところは、二人の望んだ先だったというわけだ。
彼女の言うような、今までと全く同じような生活が続くとは限らない。しかし、そうなるように努力はできるはずだ。なんせ、二人とも同じ望みを持ってるんだ。
きっと、実現できるはず。
「それで、どうなの?」
おっと、返事がまだだったね。
彼女はぼくを上目遣いに見上げながら、まだ前髪を弄んでいた。
……ああ。なんで忘れてたんだろう。そんなことすら忘れてしまうほど、ぼくは彼女の言葉に混乱し、視野狭窄していたらしい。
彼女のその前髪をいじる癖は、不安になったときにする所作だ。
それでさっきまでの会話を思い返してみると、確か、ぼくがつっけんどんな態度を取ったときには、そうしていた。沈黙していたときもそうだ。
ぼくの態度を窺っていたんだ。自分は嫌われていないか、逆に好かれているのだろうか、と。このまま、幼馴染の関係でいた方がいいのではないかと、迷っていた。
彼女は、コドモでもなく、オトナでもなく、オンナでもなく。
やっぱり――彼女は子どもで、大人で、女なんだ。
そんなわけのわからない彼女のこと、ぼくは前から知っていたんだよ。考えるだけ、無意味だったんだ。
だから、まあ、返事なんて決まってる。
これが、ぼくらの関係の行き着く先なんだ。
「今度、カレーとハヤシライスを混ぜたもの、食べてみようか? おいしいかどうかは、食べてみないとわからないけどね」
そんなスパイスの利いたぼくの言葉に彼女は目を瞬かせ、そして満面の笑顔で言った。
「それ、絶対おいしいと思わない?」
それは、まったく無意味な語尾の上げ方だった。
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